高校2年の秋、
進級は出来ないと
家に訪れた教師に
告げられました。

母の顔は
みるみる青ざめ、
言葉を失っているようでした。

父は私が産まれる前から
海外に単身赴任中。

年に1度程度しか
帰ってはきません。

そして
私の母は外国人。

銀行のATMで
1円も降ろせない程の母に
難しい手続きは勿論
出来ませんし

教師が話す中で
解らない言葉も
沢山あった事でしょう。

色んなショックが合わさって
どれだけ絶望を
増幅させたのか
私には解りません。

夢と現実の狭間で
フワフワしたままの私は
ただ黙って
話が終わるまで
テーブルの木目を数えていました。

ヘビイチゴ?大丈夫?

ん・・・?うん。

ちゃんと寝てんの?

ん~~~・・・(苦笑)

そっか・・・お父さんには、、、

私が話すから、大丈夫。
学校に電話かけて貰うように言うよ

ごめんな。中々繋がらなくて・・・

いいよ、これは母には無理だと思う

そっか・・・さっきも話したけど留年って方法もあるから

うん、

体を大事にと言い残して
当時の担任は
帰って行きました。

留年の選択は
きっとしない。

選択肢は
1つだけ。

家の中では
きっとまた母が
キッチンで
泣きながら
料理をしているだろう

歳の離れた妹は
また暗い顔で
うつむいているだろう

父はなんて言うのかな

わん!

遅くなってごめんね、ルゥ・・・
お散歩行こ

わん!!

学校の事は
別に良かったのです。

元々殆ど行っていないから
こうなった訳で。

何も考えていない
自分の事だから

もし進級できて
なんとか卒業したとしても
きっと何も変わらない。

でも母は
それでも高校くらい
卒業して欲しかったんだろうなぁ

多くの子みたいに
学校に行って
たまに家で勉強して
学校帰りに
一緒に買い物に行って
将来の話をして

大学にしろ
就職にしろ
一緒に祝ったり?

解らないけど
とにかく普通の、
こんなんじゃない何か、

もっと
こう・・・

幸せな・・・

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