ポーチに温泉の鍵があります。それで扉は開きます

 姉が言った。

 サクラさんがポーチから鍵を取り出した。

 それを私に持たせると、サクラさんはふたりの手錠を外した。

 それから私にこう言った。



ふたりは私が見張っている。貴様が自らの手で開くのだ

えっ、うん

もし気乗りしないのであれば、引き返してもいい

………………

それも自分で決めろ

はあ

私たちは貴様にゆだねたのだ

 サクラさんはそう言って、みんなをぐるりと見た。

 私も見た。



まかせたよ

智子がんばれっ

うんっ

うむ

ええ

キッ!

 妹だけが、にらんできた。

 だけど彼女はすぐに、ぷいっと顔を背け、視線をそらしたままでうなずいた。

 それからぼそりと、『信じてる』と、たしかにそう言った。

 私はおだやかな笑みでうなずいた。

 そして鍵をさして扉を開けたのだ。



 扉の向こう側は、体育館ほどの広さだった。

 そこに、ずらっと日焼けサロンのカプセルのような物体が並んでいる。



これはっ

 私は言葉を失った。

 いつきと小夜が私の後ろから中をのぞきみた。

 そして絶句した。

 サクラさんも沈黙したままである。

 そんななか、セシリアちゃんたちのざわめきだけが、この無機質なフロアに響きわたっていた。





冷凍睡眠装置ですよ

100人分、いや、もっとある……

 私はあっけにとられた。

 目に映った物をそのまま口にするので精一杯。

 考えることなどできない。

 それは、いつきや小夜も、そしてサクラさんも同様だ。



ヤマイダレ氏は、貴女を『イロ・イッカイ・ズツ』の暗号でこの扉に導きました。『温泉から南へ4歩』の暗号で、扉を開く鍵を授けました。そして――

そして?

そして、ヤマイダレ氏の最後の暗号『ちじょ うま』を解くと、アレがありました。注射器の入ったスーツケースです

注射?

100人以上にうつことができます。ちょっと重かったので、ここに置かせてもらいました

はあ

貴女たちに命を託すことになるか、それとも自分たちで決断するのか――いずれにせよ、またここに来ることになりますので

 そう言って彼女は、ため息をついた。


正直に言うとですね、ほんとうは自分たちで決断できなかったんです。すがる思いで貴女たちにからんでいたのですよ

 しかしその瞳は覚悟を決めた者がもつ、独特の輝きをおびていた。

 妹も同じ目をしている。

 私はそんな彼女たちの真剣味に、ちょっとついていけないんだけど、といった距離感のある笑みをした。

 それから質問をした。


注射ってどんな注射ですか?



 すると。

 彼女はよく響く低い声で言った。


痴女になるウィルスです



 そしてこの言葉を聞いたサクラさんは、


ああっ

 と嗚咽をもらし、しかしこらえきれずにその場に泣きくずれた。

 私には、サクラさんがなぜ泣いたのか、しばらく理解できなかった。

 だけど段々と自分たちのおかれた状況が分かってきた。


つまり……それって……

ヤマイダレ氏は、貴女たちを駐屯地に残し、ひとまず韓国に飛びました。トルコにあるという国連的な組織に向かったのです。そうでしたよね?

うん

ヤマイダレ氏は、その道程で世界が絶望的な状況にあることを知ったのです

だからポケベルで暗号を……

貴女たちに『注射器』か『冷凍睡眠装置』、どちらかを選べと

注射器と冷凍睡眠装置

すなわち痴女になるか、永遠の眠りにつき救出を待つか

 彼女は言い終わると天井を見上げ、歯を食いしばった。

 妹が悲痛なうめきをもらした。

 そんなふたりの顔を見て、私はこのシビアな現実を正しく理解した。

 そして数十分にも数時間にも感じられる沈黙が流れた――。







立花智子さん、貴女が選んでください。私たち姉妹はそれに従います

うん……

 しばらく、私は空調の音ばかり聞いていた。

 やがて首をねじむけ、みんなを見た。


智子ォ

智子!

 いつきと小夜が私をまっすぐに見て、それからゆっくりうなずいた。

 私はツバをのみこんだ。


お姉さん

 セシリアちゃんは笑った。

 それは幼いながらも人生の辛苦をすべて知りつくしたような、それでいて私を包みこむような、あたたかな笑顔だった。


うん

 私がうなずくと、セシリアちゃんは大きくうなずいた。

 孤児たちも満面の笑みでうなずいた。

 その愛らしさに、私は笑みをこぼした。

 サクラさんを見た。


あはは

 ははははは――と彼女は笑っていた。

 放心状態で、天井のどこか一点を見つめ笑っていた。

 私は母性に満ちたため息をつくと、大きく息を吸った。そして吐いた。


みんな……

 それから私は、ゆっくりひとりひとりと目をあわせ、かたくうなずきあうと、万感の思いをこめてこう言った。







きっと、また逢えるよね

 20XX年11月10日。

 ストリエのサービスが終了した日から、奇しくもちょうどX年後のことである。



■女子中学生・オブ・ザ・チジョ 完■

ネバーセイ・ネバーアゲイン【完】

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