【46】変則(イレギュラー)
















































































剣持 朱梨

よし! 出られた!!

ガッツポーズを取る俺の隣で
杏子は呆然とあたりを見回している。

小鳥遊 杏子

……ここは?



風が頬をかすめていく。
建物の中では
感じることのできなかった風が。

その風が
杏子の髪を揺らす。

小鳥遊 杏子

薔薇園……?

応接間の窓から
見下ろすしかできなかった黄色い薔薇が

あたり一面に咲いている。





キリオが
「外に出たら見てみたい」
と言っていた薔薇園が
今、俺たちの前にある。

小鳥遊 杏子

どうして?
出られないはずだったのに

剣持 朱梨

な~んで「出られない」んだ?

小鳥遊 杏子

え、だって、……あの

剣持 朱梨

俺が紙片持ってなかったからか?
精霊の時計の呪縛のせいか?

剣持 朱梨

お前、ふたりじゃ出られないと思ってただろ?
だから俺だけ出そうと思っただろ。
お見通しなんだよ、ば~か

小鳥遊 杏子

え、ええっと


黒ローブの言った場所から
俺は本当の扉を見つけた。


何度も繰り返す過去の中で
それだけは絶対に忘れないようにして。

剣持 朱梨

さ、行くぞ

小鳥遊 杏子

え? い、行くってどこへ?

剣持 朱梨

帰るに決まってるだろうが。
俺の世界にさ

剣持 朱梨

来るだろ?
「俺の幼馴染の杏子」さんよぉ

こいつは「精霊の姫」じゃない。
俺の幼馴染だ。

小鳥遊 杏子

……知ってた?

剣持 朱梨

何回目かの過去で教えてもらったぜ。
黒ローブのオッサンに




俺はイレギュラーだからな。
あの本の主人公のようにはならない。

女ひとり残して
自分だけ帰るようなこと、
俺はしない。




精霊の時計の呪縛なんか
くそくらえだ!



剣持 朱梨

あ、ああっと忘れてた

俺はまわりを見回して
黄色い薔薇を1本手折った。

剣持 朱梨

痛て

小鳥遊 杏子

だ、大丈夫!?

薔薇に棘があるなんて
小学生でも知ってることだぞ。

なんで忘れてるんだ、俺。







って、
そこは我慢して。


小鳥遊 杏子

薔薇だったらさっき貰ったよ?



差し出された1本の花に
杏子は困ったような顔をする。





違うだろ?

そこは「ありがとう」って
受け取るところだろ!?

剣持 朱梨

……なんでそういうこと言うかなお前は

剣持 朱梨

さっきのは黒ローブが寄越したやつで俺んじゃない



黒ローブがどうしてあの花を
寄越してきたのかは
今となっては知る由もない。



物語の中で
花を受け取った後
姫は主人公をひとりで出した。

それを忠実になぞらえたかった
だけかもしれない。


だからあの時、杏子も
あの花を欲しがったのかもしれない。

さだめられたストーリーどおりに
俺ひとり外に出すために。








だけどな、

剣持 朱梨

来るだろ?



主人公的には違うと思うんだ。
この花は「一緒に出よう」って気持ちで
渡してるんだ。


そこんとこ
蔑ろにしたら主人公が泣くぜ?

小鳥遊 杏子

……

小鳥遊 杏子

いい……のかな。
あたし、ここからいなくなっても


もうやめたいと思ったんだろ?
この輪廻を。

剣持 朱梨

いいんじゃねぇの?
ここから出たいから俺を呼んだんだろ?


「イレギュラー」の俺を。

「精霊の時計」が選んだ参加者とは別に。

剣持 朱梨

お前にも、
「精霊の加護のあらんことを」







くっそう。

こっ恥ずかしいこと
言わせんじゃねえよ! ……ったく!



































「さあ行こう」

僕は姫の手を取った。

いや、彼女はもう姫じゃない。
精霊の姫はもういない。








遠くで時計の鐘が鳴る。

長い呪縛の時から放たれるように。























剣持 朱梨

まず、購買部のパンの買い方から教えてやるからなー!

小鳥遊 杏子

ははは

















遠くで、鐘の音が聞こえた。





俺たちの物語は
これから始まる――。













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