【45】思惑
……って、あれ?
杏子はいない。
おかしい。
扉を通る時は一緒だったはずだ。
前に俺だけを先に行かせようとした
前科があるから
今度もしっかりと腕を掴んで
通ったのに。
杏子!!
どこに行った?
俺はいつ手を離した?
俺は、
おや? まさか出られるとは思っていなかったのだが
目の前の空気がボウッっと歪んで
黒ローブが姿を現した。
ああ……あの紙片を持っていたのか。
他の参加者から貰ったのだね、運のいいことだ
お前さんはここから出す予定ではなかったのに
なに言ってんだ?
あの紙片がなければ暗号は解けない。
つまり、こいつの頭の中じゃ
端っからおれに解かせるつもりなど
無かったということだ。
そして、
杏子はどこにいる!
杏子はいない。
これもこの黒ローブのせいだろうか。
この黒ローブは
やはり敵だったのだろうか。
精霊の時計の元に行けるのはひとりだけ
それがどうした!
その前に俺たちはふたりでお前の前に行っただろう!?
なあ、「精霊の時計」さんよぉ!!
そう。
お前が「精霊の時計」と名乗るなら。
俺と杏子の前に
この黒ローブが現れた時、
こいつは
「人が来るのは久しぶり」と言った。
と言うことは
その前に通っていった
虎次郎とうさぎは
辿り着けなかったと言うことだ。
「時計の元に行けるのはひとりだけ」
という言い分なら
あのふたりも辿り着いたはず。
ここで杏子がいなくなる
理由にはならない。
あの物語の最後を知っておるかね、若いの
俺を無視するように
黒ローブは言葉を紡ぐ。
あの……物語?
考えるまでもない。
物語もなにもひとつしかない。
途中から白紙の、
いつの間にか俺たちの話に変わっていた
あの本の……
持っているなら読んでみるといい。
もう終章まで書かれているはずだ
読めって、こんな時に
俺は本を開いた。
え!?
本の中身は
元のファンタジーに戻っていた。
精霊の姫と
その騎士たちと
主人公と
俺はページをめくった。
最後……
今まで白紙だったページに
確かに文字が浮かび上がっている。
「さあ、行こう」
僕は姫に手を差し伸べた。
「ここから外へ出よう。僕と一緒に」
姫は笑う。
「その前に、その薔薇を私に下さる?」
僕の手の黄色い薔薇を。
手折ったものの、あげる機会のないまま
ずっと握り締めていたそれを。
「これは、」
「私のために手折って下さったのでしょう?」
「……ええ」
僕は薔薇を差し出した。
姫は笑う。
今までに見たこともないような
優しい笑みで。
「あなたに、精霊の加護のあらんことを」
これ……杏子が言った台詞だ
俺はページをめくる。
扉を抜けた。
まばゆい光に目が慣れてくる。
頬に、
今まで感じなかった風を感じる。
「姫」
僕は後ろを振り返った。
しかし、そこには誰もいない。
ちゃんと手をつないでいたはずの
彼女の姿はどこにもない。
「姫!?」
嗚呼。
僕は気がついた。
精霊の時計に魅入られた者たちは
この城から出られない。
出ることができるとすれば
それは正しい答えを言い当てた
ひとりだけ。
ひとりだけ、なんだ。
彼女はそれをわかっていた上で
時計の呪縛にとらわれていた僕を
解き放ってくれたのだ。
もとから
ふたりで行くつもりなど
なかったのだ。
杏子……
どういうことだ?
さあ、行こう。
姫と同じ時を刻むか。
僕の世界に帰るのか。
僕は――
文章はそこで途切れている。
どういうことだ?
これじゃあまるで「杏子」が
「精霊の姫」だと
言っているみたいじゃないか。
そんな馬鹿な。
あいつは俺の幼馴染で
精霊なんかではなくて
高校でも
中学でも
小学校でも
幼稚園でも
……あれ?
小さい時のあいつの顔が
全く思い浮かばない。
あいつは本当に
俺の幼馴染だったっけ……?