【44】いつか
なにぼーっとしてんだ？ 朱梨
声をかけられて俺は顔を上げた。
いつもの通学路。
横を自転車を押して歩いているのは
幼稚園からの腐れ縁。
え？
また夜遅くまでゲームでもしてたんだろー？
そして腐れ縁もうひとり。
小さい頃から一緒だったから
お互いの隠しスキルやら
ステータスやらも
把握済みの仲だ。
ほら、俺が貸してやった「ライトン教授」、面白かったろ？
俺はこいつから
ゲームソフトを借りているらしい。
記憶にない。
ヤバいな。
こいつらに知れたら
若年性アルツハイマーを疑われる。
……？
……あれ？
前にも疑われそうになったことが
あった気がするんだが。
そうこうしている間にも
腐れ縁どもは話を続けている。
あーあの謎解きゲーム？
俺にも貸せって言ってたのにー
朱梨は頭単純だから推理もの苦手なんだぞ？
返って来ねぇじゃん
……あのな
そりゃあ確かに俺は
推理ものは苦手だよ。
前にも
意気揚々と答えた答えが間違ってた、
なんてことはざらで、
んなわけねーだろ。俺だってやるときゃあやるんだよ
でも、正解だってそれなりに
出してきたんだ。
な、杏子
俺の口は
まるでそれが
口癖になってしまっているかのように
さらりとひとつの名前を呼んだ。
……アンズ？ 誰？
腐れ縁その２が首を傾げる。
その声に
俺も、はた、と我に返った。
え？
……
杏子。
誰の名前だ？
どこか懐かしい気がするけれど
思い出せない。
ゲームの女の子の名前かぁ？
「ライトン教授」のヒロイン、朱梨好みのロングヘアーだもんな
朱梨……貸しておいてなんだが、ゲームと現実の世界が混同するほどハマるのはどうかと思うぞ？
腐れ縁どもが
気の毒そうな目で俺を見る。
そんなんじゃねぇって！！
第一、「ライトン教授」はまだやってな、
貸したの１週間前なんだが
……墓穴を掘った。
いや、今は「ライトン教授」は
どうでもいい。
それより
さっきからやたらと引っかかる、
ほらぁ、だから朱梨に貸しちゃ返って来ないって言ったんだよ。
やってないなら俺に先に貸せ
「杏子」
とは、誰のことだろう。
ゲームの女の子の名前
なんかじゃないのは確かだ。
もっと
もっと、なんて言うか
死地をかいくぐって来た仲間というか
もっと……
そう言えばさ、今度「リアルライトン教授」ってあるの知ってる？
そんな俺を無視して
腐れ縁２が
どこからか仕入れてきたネタを
振ってきた。
どっかの城を貸し切ってリアル謎解き。
楽しそうだよなー
推理好きのこいつが
飛びつきそうなイベントだ。
きっとこいつの頭の中じゃ
俺たちも強制参加させるシナリオが
出来上がっているに違いない。
そうなる前に
逃げる口実を考えないとな。
部活が忙しいとか
塾の夏期講習があるとか
お互いのスケジュールまで把握済の
こいつらに
そんな嘘がどこまで通用するか
わからないけれど。
おいおい。言った端からゲームと現実がごっちゃになってるぞー
だってさあ、最後まで勝ちぬいた参加者は精霊の姫に会えるんだってよ？
どっぷり世界観に浸かれるぜ？
あー？ だってライトン教授は銃ぶっ放したりできるから最後まで残れたんだろ？
一般ピープルの俺らじゃ無理じゃねぇ？
……精霊の、姫？
逃げ出す方法を考えていた俺の耳に
聞き慣れた単語が飛びこんできた。
「精霊の姫」
もう耳にタコができて
そのタコでたこ焼きが作れるくらい
聞かされた。
……どこで？
朱梨に貸しただろ？ 返って来るまでに１年かかったけどさ
幼馴染はそう言うと
鞄の中から
なにやら取り出した。
じゃーん！ 俺のバイブル、ライトン教授～
あー、俺は第２弾の美女と軍人が出てくるやつが好きだな
うんうん、３弾のアイドルの話もいいぞ！
でもその中でもダントツは１弾のコレだ！
俺的にはな！
出口のない城の中で次々に起きる謎。
現れる暗号を解いていく中で、仲間の数が減っていく。
で、最後に現実世界に帰る主人公に精霊の姫が言うんだよ。
あなたに
精霊の加護がありますように。
……って？
あれ？ なんだ知ってんじゃん。
そんな隠れファンな朱梨くんは行くこと決定だ！
なんだろう。
俺はどこかで
それを言われた気がするんだ。
どこかで。
そんなことより学校！
早く行かねぇと遅刻だぞ
遅刻の罰は４限後に掃除だからな。
購買のパン買いに行けなくなっちまう
ヤバヤバ！ 早く行こうぜー！！
……
どこかで
わかる日が来るだろうか。
あの台詞を言われた意味を。
あの台詞を言った誰かを。
朱梨！ 早く――！！
おう！
わかればいい。
いつか、どこかで。
その時は会えるかな。
な、「杏子」――
もう１度読む？
