体育館の二階部分は片側がギャラリー席になっており、反対側は細い通路になっている。


 舞台の上の部分は照明やらなんやらで通行することはできず、入り口側の上の部分には本校舎の二階に繋がる短い階段が設置されていた。



 この階段を下りると大きなドアがあり、本校舎と体育館を繋ぐ扉があるのだ。




 本来ならば試合の観戦等のギャラリー入口となるのだが、あいにく体育館競技でそれほどのギャラリーが入ったところを見たことは無い。




 このギャラリー席が活用されているのは、卒入学式と学園祭の出し物の時くらいだろう。







 俺達は固定椅子の並ぶギャラリー側を避け、細い通路を選んで二階の出入り口へと向かった。

 幸い鍵はかかっており、そのことを確認してから音を立てないように再びその場を離れる。



 体育館の二つの入り口をどちらも監視するため、舞台の上に座り込んでようやく長く息を吐いた。

……とりあえずは、なんとかなったのかな

閉じこもっただけだけどな

 加賀の言葉に、苦笑とともにそう返す。


 少しばかり落ちついたらここを出て涼太と合流しなければ。その思いは特に口に出すでもなく心にしまって置いた。


 加賀には関係のないことなのだ。俺がここから出るにしても、加賀はそのまま体育館にこもっていてもかまわない。

……6時……40分

 これからのことを考えようとしていると、加賀が茫然とそうつぶやいた。


 視線の先を追えば、確かに壁にかかった時計がその時間をさしている。


 この学校には不思議な校則がある。午後6時以降、誰も校舎に居残ってはいけないというものだ。



何の理由なのか、破るとどうなるのか等はあまり気にしたことがなかったが。

6時を過ぎると、こうなる、ってことなのかな

 加賀はぼそりと告げる。

こうなるって……あの、ふざけたゾンビのことか

うん

 素直に頷く姿はどことなく涼太に似ている。


 普通の男子高校生にも関わらず、どことなく危うい素直さ。

あれは……誰かのいたずらだろ。思わず逃げちまったけど、何かタネがあるにきまってる。さもなけりゃ変質者

違う!

 加賀は大きく首を振った。

違う! 違う!

 耳を塞ぐようにしてなおも首を振って

違う

と言い続ける。

おい、どうした。違うって、何が

 思わず加賀の両手を掴んで、首を振るのをやめさせる。


 それでも加賀は、震えながら小さく髪を揺らして

違う

と呟いた。
 俯いた髪の間から、パタパタとしずくが落ちる。

お、い……大丈夫か?

 泣いているのだ。震えながら涙を流す姿は、まるで小さな動物のようだった。


 庇護心なんてものがあるのなら、ダイレクトに揺さぶられている気がする。

うん……ごめんね。俺、こういうの苦手でさ。ホラーとかお化け屋敷とか、ほんとダメ。おなかの中から震えてきちゃって、むしろ笑ってるみたいな声が出ちゃう

 そう言って加賀は制服の袖で乱暴に目元をぬぐった。


 赤くなった目のままに、無理やりに笑みを作っているのがよくわかる。

だからさ、変なこと言ってごめん。そうだよね、普通に考えたらいたずらか変質者だよね。俺、何言ってんだろ

 はは、と笑う声にも力は無かった。


 加賀はぼんやりと視線を落とした。


 舞台に腰かける形の俺達の足は、ぶらぶらと揺れている。



 本当は体制を立て直したらすぐに涼太と合流しようと思っていた。だが、加賀を一人で置いていっても良いのだろうか。


 小さな、それこそ風の音にも敏感に肩を揺らすこいつを、ひとりで。

 そう言えば、加賀が体育館に飛び込んできて、目があった時に浮かべたのは、明らかに安堵の表情だった。


 それが今は再び恐怖に顔をこわばらせている。



 そんな加賀にこう提案するのは酷だろうか。
 そう思いながらも、俺は口を開いた。

なあ……俺と一緒に、涼太と

 だが、全てを言いきる前に加賀はゆっくりと顔をあげた。



 視線はぼんやりと時計の方へと向けられている。

ああ……7時に、なっちゃうね

 思わず時計を見ると、まさに長針が一二の位置につこうというところだった。

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