行ける。
きっと行けるから。

命綱なしの、ロッククライミング。
普通のもやったことないのに……。

こんなことになるなんて、思ってみたこともない。

高さは7~8mくらい。
足場もつかむところもたくさんある岩場。

90度よりもなだらかな感じ。
登り易そうな気はする。

運動はそこそこできる。
江の島の岩場には毎年行っている。

小さい頃は何でも登るのが好きで、校庭も元気に走り回っていたはずだ……。

でも、最近、
大した運動してないな……。

そんなことを思っている場合ではない。
登るしかないのだ。

いくぞ!

と、登った。

今、ここで手を滑らせたら、
落ちて下の岩に頭ぶつけて死ぬかもしれない。

半分くらい登って、そんなことを思ってしまった。
ちらっと下を見た。

落下する感じと、岩に頭をぶつけて血を流す自分の姿を想像してしまった。

弱気になるな!

慌てるな。落ち着いていけ。
私ならできる!

生きて帰る。
日本に帰るんだ!

と、声を出した。

もちろん、そういう緊迫した未開の地とかではない。
ロッククライミングの名所でもなんでもない。

ただ、言葉も通じない異国で、初めて来る場所で、この先に何があるかもわからない状況で不安を感じていた。

それに、落ちたらどんな安全な場所でも、危険なのである。

「不用意に、自ら危険な場所に行くのはやめよう。」

と、何度自分に言い聞かせたかわからない。

しばらく行くと、上の遊歩道が見えてきて、人が歩いていた。

人だ!
助かった!

そう思った。

ハーイ!

「ハイ」は、日本人にも英語圏の人にも伝わる言葉だった。

とっさだと、それしか出てこなかった。

後になって、「HELP ME」と言えばよかったと思ったが、そう言わないでよかったとも思った。

とにかく、必死に手を振った。

表情で必死さが伝わるはず!

異国で身振り手振りは大事だ。

その時の私は、他にできることが思いつかなかった。

た~す~け~てぇええ~!!!

と念じながら、必死な思いで手を振った。

HI

二人連れの女性たちは、満面の笑みで手を振り返してくれた。

私が外国人だということを、まったく気にしていない、とても素敵な笑顔だった……。

は……ハイ。

その歓迎ムードを喜ばなくてはいけない。

そんな気持ちになり、作り笑顔でさらに手を振った……。

そして、お姉さんたちは、去って行った……。

この反応が正しい場所なんだ。
ここはお気楽ご気楽な遊歩道。
危険なんかどこにもないばずなんだ

でも、落ちたら危ない。
登れば登るだけ、落ちたときのリスクも上がる……。

あともう少しで登り切るということは、落ちたらとっても危ないということで、今、岩を持っている手が滑ったり、足場にしている岩が崩れたら……、と考えるだけでも気が遠くなりそうだった。

どんなに安全な場所でも、その人の行動次第で危険な場所に変わる。

さっきのおばさん、この状況が見えてたんじゃないかな?私の不幸がわかっていて、それで親切で教えてくれたのかも……。

と、本気で思った……。

負けるな自分。
それなら、予言破りの自由で行く。

こうであるという未来を、
人は変える自由があるんだ。

私は無事に上までたどり着いて見せよう。それが私の選ぶ道。

というような、意味不明なことを思っていなければ、登る勇気が得られなかった。

頼れるのは、自分だけだった。
というか、恥ずかしくて頼れなかった。

あと少し、あとちょっと登るだけでいい。そうしたら私は安全に天使のお城が見れるんだ。

そうやって自分を鼓舞し、なんとか崖を登り切った。

ようやく遊歩道に出た。
崖を登っていたのが信じられないくらい、のどかな道だった。

自分では、何時間も格闘していた気分になっていたが、時間にしたら30分くらい。

まだ日も高く、予想よりも早く移動できた。

急がば回れしてたら、
もっと時間かかったな。

結果オーライだった。

それに、手を振ってくれたお姉さんたちに、ちょっと感謝した。

あそこで騒ぎにならなくてよかった……。

ありがとう、お姉さんたち。
そして注意を促してくれたであろうおばさん。

思ったより時間短縮できたし、
おやつでも食べてから行こうっと。

お昼も食べていなくて、午後のお茶に丁度良い時間になっていた。

あ、お店みっけ♡

のど元過ぎればというのは、こういう時のための言葉なのかもしれない。

何事もなかったことを
本当に感謝した……。

pagetop