国王

なるほどな


魔法書から顔をあげていうと、王は顎をさすりながら思案顔で息を吐いた。

サラ

この材料は、すぐに集まるのですか?


王女は同じく思案顔の兄に向かって問いかけた。

レイウェル

うん。がんばれば、なんとかなる

サラ

がんばれば?


妹にはその言い分が引っかかった。兄は、少し言いにくそうにして、

レイウェル

実はリリーの、つまり時の番人の〝時のお告げ〟には、期限があって…

サラ

!? どういう意味ですの?


驚いた王女は兄につめ寄る。

レイウェル

だから、リリーが新たな主導者を告げるまであと二日あるんだ。けど、その材料を集めるのもどんなに急いでも二日はかかるんだ

サラ

じゃあ、

レイウェル

間に合うかは、五分五分だ


いつも自信に満ち溢れた兄や父の顔に陰りがさすのを、王女は初めて見た。

サラ

……

自分の体内からガラスの靴が取り出せなければ、父親は死ぬことになる。
そして自分にはどうすることもできない。
手立てがないわけではないが、望みは限りなく乏しかった。
真っ暗闇に、置いて行かれたような、そんな孤独感が王女を襲う。
王女は音も、色も、匂いもない世界で、たった一人になったような気がした。
その時ふいに、窓から吹き込んだ風が頬を撫ぜた。

サラ

それは森にワープしたときと同じ、柔らかい風だった。
そして王女は思い出していた。
森の中、水を求めて歩いたこと、やっと見つけた水のおいしさ。
怪しい物音、暗くなっていく森の恐ろしさ。
小さくてカワイイ家。トマトスープ。
ハンガー。
大きな木の家。長い長い髪。
そして、大好きな家族のこと。

サラ

できるわ!

レイウェル


次の瞬間、王女は力強く言い放っていた。

サラ

できるに決まってるわ! だって、神様は乗り越えられる試練しかお与えにならないのよ!

二日後、城にはワンダリア国の名だたる高等魔法師たちが集められた。

ヴォルフガング

おい、まだ集まらんのか! 期限は日没だぞ!


広間の隅のテーブルに浅く腰掛けた魔法学校長ヴォルフガングは、感情を抑えきれず声を荒げた。

国王

まあ落ち着け。お前の番だぞ


向かいに座る国王は涼しい顔でチェスの続きを促すが、ヴォルフガングはイライラとして椅子を立ち上がると窓辺に手をつき、青空の高みから太陽に照らされる城下を睨んだ。
ヴォルフガングは重々しく言った。

ヴォルフガング

…もう時間がないぞ…

国王

……


国王の顔には静寂が張り付いていた。

二日前、獣耳二十四牙(けもみみにじゅうよんき)のうちの五人が広間に集められた。
分離魔法の材料を集めるという使命を負った彼らは、その夜のうちに城を出発した。

五人が出発してから六時間ほどで一人目が任務を終えた。
最初に戻ったのは五人のうちで最も、否、二十四牙のうちで最も冷静で聡明なアオガラだった。
アオガラは大広間の中央に傅いた姿で出現し、

アオガラ

アオガラ、ただいま戻りました


といって持ち帰った竜の鱗を玉座に差し出した。

それからさらに六時間の後、広間に姿を現したのはアオガラを兄と慕う、アカガラだった。自分がアオガラよりも遅れたことを知るや

アカガラ

なんだ、兄者よりおそかったか


と、生け捕りにした魔物を振り回しながら悔しがった。

任務開始初日の最後に戻ったのはクロホだった。飛翔の速さに定評のあるクロホは、こともなげに持ち帰った星屑をバラバラと懐から出してみせた。
流星にかすったせいで焦げた服を手で払いながら、

クロホ

フン。こんなのa piece of cake(朝飯前)だよ


と口の端を上げて笑ってみせた。

ハクヒ

同族に手をかけるのは気が引けました~


かわいらしく両手をひらひらと振りながら体中に鮮血をべっとりと付けて現れたのは、人喰い狼の牙を持ち帰ったハクヒだ。
ハクヒは華奢な容姿と女、子供受けする顔立ちをしてはいるが二十四牙の中でも一、二を争うほどの戦闘能力をもつ。

これで材料は四つ集まった。残るは、一つ。

陽はすでに高く上がっている。
ヴォルフガングはまるで何事もないかのように静かにチェスに興じる古い友人を睨みつけた。
もしも五人目が戻らなければ、目の前の友人はこの世から消える。跡形もなく。

ヴォルフガング

ドリー

国王

……


呼ばれた国王アドルファスは、盤上を見たまま答えなかった。

王女は魔術書の材料の書かれたページを開いていた。
頭の中で集まったものと比較する。
竜の鱗、魔物の生き血、人喰い狼の牙、星屑

サラ

あと一つは…魔力を秘めた髪の毛、ね


髪の毛、という単語に王女は浅い記憶を辿っていた。わりと最近、すさまじい長さの髪の毛に出会ったばかりだ。

サラ

…まさかね


残念ながら現実とはいささか残酷で、王女の予感は的中することになる。

紅一

お、おそくなりましたー


期限の日没が迫る中、最後に戻ったのは魔力を秘めた髪の毛、つまりラプンツェルの髪の毛を手にした紅一だった。
紅一はやつれた感を醸しつつも明らかに口の周りにはケーキの食べかすがついている。

アカガラ

オイいちこ、お前遅ぇーぞ


アカガラは不快感を露わにして言い寄った。

アカガラ

お前が一番近かっただろぅが

アオガラ

おいアカガラ、王の御前だぞ

アカガラ

だって兄者~、こいつぜってぇ遊んできたぞ


アカガラは兄貴分のアオガラにすがって自分が代わりに行けば良かったと言わんばかりに悔しがった。

紅一

オ、オレだっていろいろ大変だったんです


紅一は周りを気にしながら声を落として同胞に反論した。

紅一

それにオレは『いちこ』じゃなくて『こういち』です

アカガラ

うるせぇ! お前なんかいちこで十分だ!

パイ先に差し入れくらい持って来いよ!と甘党のアカガラは不機嫌極まりない。それをなだめるアオガラはじめ他の二十四牙の面々はまたかと言わぬばかりの呆れ顔で見て見ぬふりを決めこんだ。

レイウェル

これで材料はそろったな

サラ

にいさま!


着替えをして戻ったレイウェルは見違えるようにキラキラしている。

レイウェル

ひっさびさに風呂入ってもうつるっつる!!


その姿を認めた二十四牙たちは片膝をついて主であるレイウェル王子に忠誠の意を示した。

ヴォルフガング

……


式神たちの空気を読まない発言は、親(上司)譲りなのだなとヴォルフガングは感心していた。

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