冬馬(とうま)にとっての1日は長い。
彼の生活は、不理解への怒りと繰り返しへの嫌気に
満ちている。

冬馬、携帯忘れていってるわよ。
もう、大事なもの置いていっちゃ
ダメでしょう。

冬馬

忘れてるんじゃないって・・・
壊れてるから置いてくって
言っただろ。

なんで置いて行くんだ。
持っていればいいだろう?

冬馬

壊れた携帯なんて持ってても
仕方ないだろ・・・

そんなこと無いだろう。
壊れていても使えることは
使えるぞ。捨てたものじゃない。

それに壊れたから忘れられちゃうなんて
なんだか悲しいわ。
お母さん、どんな冬馬でも味方だもの。

冬馬

何がどうなってそういう話になるんだ・・・

母さんに恵まれたなあ、冬馬!
お前も父さんも幸せ者だ!

あらぁ、褒められちゃった。
でも残念、早く支度して。
ほら冬馬、携帯。
もう忘れちゃダメよ?

冬馬

だから、壊れたから
置いていくんだって・・・

なんで置いて行くんだ。
持っていればいいだろう?

冬馬

ああ、苛々する。

相変わらず話の通じない家族だ。
今朝だけで同じ説明を何度しただろう。
壊れた携帯電話1つ置いていくのにこれだ。

携帯を持って行かないことを説明したって。
風呂に入る順を説明したって。
テレビ録画の使い方を説明したって。

ずっとこんな調子の家族だ。
まだ上と下に1人居るが、家族が揃う夜がいちばん
億劫だ。

何度繰り返してものれんに腕押し。
だいたいは俺が折れるか、かろうじて伝わるか。
正直、だいぶ飽きた。

晴樹

で、携帯どうしたの?

冬馬

・・・・・・・・・・・・

冬馬の懐から1台の携帯電話が出される。
よく見るとヒビが入っている。
それは、誰が見ても、故障している逸品だった。

晴樹

結局持ってきたんだね。

冬馬

時間を見る程度だ。
・・・この携帯、ポカして壊したんだ。
だから持ち歩きたくなかったのに・・・

晴樹

壊れた携帯に充電持ってかれるのも
切ないよな。ドンマイ!

友達の晴樹(はるき)は、俺にとって好ましい。
簡単な口調、ころころ変わる表情。
何にも悩まされず楽しめる会話は宝だ。

だから俺はいつもどおり、軽口を叩いた。
何気ない、些細な会話だったと思う。

だからこそ、喧嘩しても大丈夫だと。
心のどこかで、そう期待していたんだ。

晴樹

・・・・・・だからさ、大丈夫だって。
おれだってボケっとしてるわけじゃないんだから

冬馬

危なかったのは確かだろう。
どう見ても轢かれそうだったから
気をつけろって話だ。

実際、危なかった。
この道にしては珍しく、凄まじい速さで
車が通っていったんだ。

後ろから音に気付いて咄嗟に手を引いた。
そうしなかったらと思うとヒヤヒヤする。

晴樹

おれを何だと思ってるのさ・・・
大丈夫だって、避けれるよ

冬馬

俺が引っ張らなきゃ危なかっただろ!お前はもっと気を張ってろ。
何回言えばわかるんだ・・・!

だから「気をつけろ」と言っているのに
今日の晴樹はやけに意固地で、
互いにだんだん引っ込みがつかなくなっていた。

そのときだ。

晴樹

繰り返してるのは
冬馬の方だろ!?

冬馬

!?

――悪寒がした。
自分の知らない自分を俯瞰されているような、
奇妙な怖気を腹の内側に感じて、蹲る。

「繰り返しているのは俺の方?」
何を言ってるんだ。
俺はいつだって繰り返しに付き合わされるほうだ。

ずっとそんなだから、俺も繰り返して・・・

・・・・・・あれ?

「ずっと」って、いつからだ?

#1:ずれ、軋み

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