【7】手がかりの断片
そう言えばお前たちが出かけている間、私も調べてみたのだが
応接間を?
「集え」と言う以上、あの手紙の主はあの場所でなにか指示を出すつもりだったのでは? と思ってね
キリオは折りたたんだ紙片を
ポケットから取り出し、
ためつがめつ眺めている。
俺が持っていない紙片。
俺以外の皆が
持っている紙片。
本棚の裏だの暖炉の奥だのまで探したから大事な剣が汚れてしまった
キリオは不満げに腰の剣に手をやる。
見れば鞘の先が黒く汚れているようだ。
その大事な剣で掻き回したのかい?
細い隙間や炭の中では手が入らないからな
大事なのに? と呟くオッサンに
キリオは至極当然のような顔で答える。
この剣は私の命。いわば私の分身だ。
手の代わりに使ってもなんら問題はない
いや、そう言うならもうちょっと大事に扱ったほうがいいんじゃないかな?
何故だ? これは武器であり道具。
使い方は間違っていないと思うが
ああ……そうだね
……
キリオが応接間に残った時、
俺は彼のことを
「指示されなければ動けない男」
「安全なところにいるだけの臆病者」
と、ちょっとだけ思った。
それが、案外考えて行動している。
レンガの謎のことだって
たまたま
うさぎが飛び出して行った先に
あったからよかったものの、
本来なら見落としてもおかしくないし、
何の成果もないまま
時間だけ過ぎていく、
なんて事態になることのほうが
高かったわけで。
まぁとにかく俺も
さすが軍人。着目点が違うぜ
と、認識を改めたことだけは
間違いない。
だが、わからないことが増えただけだった
キリオの言葉に
オッサンは興味深そうに
メガネをかけ直した。
インテリが「ほう?」と
呟きながらする仕草に似ている。
これでメガネがキラリン! と光ったら
まさにそんな感じだろう。
例えば? なにかわかったことがあるなら情報は共有しておいたほうがいい
複数いれば誰かひとりはわかる奴がいるかもしれないしな
そうだな……
オッサンの言葉に
考え込んでいたキリオだったが
しばらくすると口を開いた。
鍵のかかっている小箱を見つけた
有力な情報じゃないか
いかにも曰くありげな
新たなアイテムの存在に
オッサンだけでなく
美登里とうさぎまでもが
目を輝かせた。
鍵がかかっているし叩き切ることも不可能だったから中身はわからないが……
そう思って暖炉の上に置いてある
あとで調べる価値ありだな
あとで、なんて言ってないで先に調べたほうがいいんじゃない?
戻ったらなくなってた、ってこともあるかも
廊下の彼方になってしまった
応接間のほうを振り返りつつ、
うさぎが戻りたそうな顔をする。
ホールに行ったところで
なにがあるかわかってもいないのだから、
見つかっているアイテムを
先に調べたいのだろう。
いや
そんな彼女に
オッサンは首を横に振った。
放っといても大丈夫だろう
本物かダミーかはわからんが、ここにある以上それは暗号を出している奴が用意したもんに間違いない
奴は俺たちが問題を解くのを楽しんでいる。正解を引き当てるだけじゃなくてダミーに引っかかるところまで含めてな。
そんな奴が隠したりはしないだろうよ
それ以外の誰かがいたら?
虎次郎が消えたのだって、
うん、それはそうだが。
だがそれなら他のアイテムや暗号そのものだって隠されるおそれがある
むしろ次の暗号に、と用意されているであろう「ホールで待ち構えている謎」を先に手に入れるべきじゃないかな
……
オッサンの言い分はわかるが
うさぎは納得しかねる様子だ。
でもやっぱり心配だわ。
あたしが取ってくる
箱を取って戻ってくるだけなら
そんなに時間もかからない
と、そう考えているのかもしれないし
そんな簡単な仕事だけれども
キリオにいいところを見せるのには
うってつけだ
と、そう思ったのかもしれない。
だが
オッサンに続いて美登里までもが
異を唱える。
単独行動は避けたほうがいいわ
虎次郎くんの二の舞にはなりたくないでしょう?
む
最初の頃からやたらと
キリオにちょっかいをかけている
美登里に言われると
反発心も倍増するのだろう。
あからさまな敵対心を見せたうさぎは
今度はキリオを振り返った。
ね、ねぇキリオ、
しかし
私も美登里と同意見だ。
非力な女性がひとりでうろつくのはおすすめしない
そのキリオにまで諫められると
取りに戻るのは諦めたらしい。
小さく舌打ちをする。
……
もし後で箱がなくなっていたら
美登里のせいにするんだろうな、と
邪推してしまいそうな顔で
彼女を睨んだまま。
他には?
あとは……
キリオが見つけたことは以下の通り。
・彼が読んでいた本は、途中から白紙になっているということ。
・その本は個人で製本したものであること。
・物語の舞台はこの建物のようであること。
あの話がこの建物をなぞらえているのだとすると、どうやら最上階には「精霊の時計」と呼ばれる時計があるらしい
私たち、その時計の音を聞いたわ
階段が途中で壊れているから行けないけれど、時計は動いているみたいね
美登里がここぞとばかりに口を挟む。
美登里に軽く頷き、
キリオは続けた。
その時計は呪いがかかっていて、
精霊が出す問いを間違えると、その問いを見つける以前の時間に戻されてしまう。
つまり、問いに答えられない限り、この城に閉じ込められた者は永遠の時を彷徨う……
そう言えば
俺たちがキリオと初めて会った時にも
同じようなことを言っていたな、
なんて思い出す。
ただ単に本好きなのか、
あの頃から既に
情報を収集していたのかは
わからないけれど。
そのへんはフィクションだろ?
時間を戻るなんて、最新の現代科学を持ってしても成し得ないことだ
あの本自体が童話の形態をとっているからな。どこまでが創作かは私にもわからない
だが意味のないことだと一蹴するより、頭の片隅にでもあれば後々なにかの役に立つかもしれない
なにもない時なら
「頭ン中メルヘンなんじゃじゃねーの?」
って言ってしまいそうな発想だけど
情報は共有すべきなのだろう?
……まぁ、ね
今はそんなことも
知っておいたほうがいいのかもしれない。
なんせ
そんじょそこらの市販品じゃない
いわくありげな本だ。
後々あの本を
読み返す日が来ることだって
無いとは言い切れない。
粗筋をまとめておいてくれるのなら
それはそれで助かる。
……
気になる。
あの本に書かれていることは
本当にただの創作なんだろうか。
記憶がいろいろと消えていることや
以前にも同じことがあった、
なんて錯覚は
もしかしたら
もう何度も同じことを繰り返している
名残なんじゃないのか?
もしそうなら……
フィクションかもしれないが、あの本の世界をこの建物で誰かが再現しようとしてるのは確かだ
なぞらえている、と思われるものが多すぎる。
例えばこの紙も
ひらり、と手にしていた紙片を振る。
その紙切れは
キリオの手を離れてふわりと舞い、
くるくると回るようにして
俺の足元に落ちた。
落ちたぞ
拾い上げようと身を屈めた俺に
キリオが苦笑した。
ああ、これはただの創作だったかもしれないな
は?
どういうことだい?
本の中ではあの手紙は精霊の姫の足元に落ちて、そこから恋が始まることになっていた
……
……
ちょっと! それ寄越しなさい!!
うわ! やめぃ!!
破れるだろうがっっ!!
途端に紙を奪いに来たうさぎを
飛び退いてかわす。
キリオォォォォォォオ!!
その間にも、キリオはさっさと
歩いて行ってしまっている。
……ていよく
うさぎを押しつけられただけのような
気がしてならない。
創作ついでにもうひとつ。
主人公が城に住む精霊の姫に薔薇を手折るシーンがあるのだが、同じような薔薇園が窓の外にあったぞ
かなり遠くなってしまった廊下の先から
そんな声が聞こえてくる。
黄色の薔薇が見事だった。外に出たらきちんと見に行きたい
そうね! あたしも!!
紙を奪っても意味がないことを
察したのだろうか。
遠ざかっていくキリオたちの
後ろ姿を
うさぎが慌てて追いかけて行く。
黄色ねぇ。
黄色の薔薇っていうと、プロポーズのときに黄色い薔薇の花束を持っていって笑われたって話を思い出すなぁ
あら、体験談?
いや、それは小説の話さ。
社畜の俺にはプロポーズどころか出会う機会すらない
黄色の薔薇の花言葉は「嫉妬」だったな
プロポーズの時には赤い薔薇を108本贈るといい
108? 煩悩の数かい?
いや、そのまま「結婚してください」という意味だ。
相手がこのことを知らなかったとしても、108本もの花束を贈られて嫌な気分になる女性などいないだろう?
そんな日が来るといいねぇ
大人たちの雑談が聞こえてくる。
キリオのおかげで
随分と気が紛れて来たのだろう。
緊張感がないと思えるような
笑い声まで飛び出している。
ふふ、キリオと運命の恋人?
……やめてくれ
俺は
たった今の騒動を引き起こしてくれた
憎き紙片を
無造作にポケットに突っ込むと
彼らの後を追った。