【38】時計の精霊
……ここは?
杏子を連れて扉を抜けた先は
巨大な機械が
据えられた部屋だった。
時計?
杏子が指さした先には
俺の背丈よりも大きい文字盤が
壁に埋め込まれるようにしてあった。
それが四方。
歯車が重そうに
ガチャン、ガチャン、と動く。
その歯車が
さらに他の歯車を動かし、
文字盤に伸びた鉄の棒を
回している。
時計……精霊の時計、か?
ご明察
俺の声に呼応するように
皺がれた声が響いた。
ここに人が来るのは久しぶりじゃ
機械のかげから出てきたその人は
足下まで引き摺る黒いローブで
全身を覆っていた。
顔は見えない。
くぐもった声からは
性別も年齢も
推し量ることができなかった。
ふたりで……さすがはイレギュラーと言うべきか……
誰、だ?
……そうさな。
精霊の時計とでも呼ぶといい
下の者は皆そう呼んでいるようだからの
時計の、精霊さん?
……いや、それは微妙に間違ってる
「精霊の時計」であって
「時計の精霊」ではない。
ひっくり返っただけで
随分と可愛く聞こえるが
実際、
こんな不気味な精霊がいてたまるか。
……とは、さすがに
本人を前にしては言いづらい。
言えなかったのに
その黒ローブは
心の声が聞こえたかのように
笑い声をあげた。
時に、そなたらはこんなところに何の用で来た
まさか「時計の精霊」と
呼ばれたのが気にいったのでは
ないと思うのだが、
久しぶりの来客に
興味津々といった様子で
黒ローブは俺たちに問いかけてきた。
外に出ようとしてやっとここまで来たんだよ。扉とか知らない?
見たところこの機械部屋には
扉も窓もない。
以前、映画で
文字盤に小さな出入り口があって
そこから外に出るシーンがあったから
四方を取り囲んでいる文字盤の
どこかからは出ることが
できるんじゃないだろうか
と、踏んだのだが。
外
黒ローブは首を横に振った。
外には出られない。
それがこの螺旋の城のさだめ
いや、さだめはどうでもいいから。
俺らもともと外から来たんだし、この城の人間とかじゃないし
面白いことを言う
面白いと言うわりには
笑っている様子はない。
が、
……あのさ、
黒ローブの久しぶりの雑談相手に
なるために
俺たちはこんなところまで
来たわけじゃない。
外に出る手がかりにすら
ならないのなら
戻って別の道を探さないと。
そう思った時、黒ローブは
正しき道を無理矢理押し通ってきたお前さんに称賛を込めて、最後の問いかけをしよう
と、呟いた。
「最後の問いかけ」
と言うことは
今までの暗号が全て
こいつが出していたのか?
俺たちが警戒の色を見せる中、
正しい答えは正しい道を導く
黒ローブはそう言いながら
懐から黄色い薔薇を取り出し、
そしてそれを
差し出して来た。
……ちょっと待て
今まで暗号を出してきたのが
こいつなら。
俺たちを閉じ込めているのも
こいつなのか?
虎次郎ではなく?
便乗して話を掻き回した狸のことなど我の知ったところではない
だとしたら。
目の前の黒ローブは
俺たちの敵、かもしれない。
そんな懸念を
黒ローブは察する様子もなく
話を続ける。
最初の問いに答えよ。
全ての答えは歩んできた道のりに現れる
最初の……問い、って?
ひとつめは紙の名を、
ふたつめは塊を、
みっつめは数を示すもの
「最後の問いかけ」が「最初の問い」?
理解しかねるまま俺は
黒ローブがさらに何か
言ってくれるのを待っていたのだが
質問に答えることなく、
黒ローブはそのまま
透けるように姿を消してしまった。