【2】閉ざされた記憶

































来栖 康青

ふむ。ここにいるのはこれで全員のようだね

全員を見回して、
オッサンがそう言った。

キリオ=ブラウン

なにもわからない場所で、「応接間に集え」と言われれば、そう動くのが人間の心理だろう

キリオが紙切れを
ひらひらと振ってみせる。






杏子が俺の袖を引っ張って

小鳥遊 杏子

……持ってる

と、小さく呟いた。







他の面々も
同じものを持っているらしい。
素振りがそれっぽい。

剣持 朱梨

どうしたんだよ、それ

小鳥遊 杏子

わからない、けど……これを受け取ったからここに来たんでしょ?

杏子は
その小さな紙片に目を落とす。

小鳥遊 杏子

朱梨は? 持ってないの?

剣持 朱梨

……

ここに来た
経緯も憶えていないのに
知りたいことだけ憶えているような
都合のいい脳味噌を
俺は持っていない。




ポケットを探ったら出てくるかと
思ったけれど、

どのポケットからも
その紙切れは見つからなかった。















そんな中、
放置されていたうさぎが声を荒げる。

綺羅星 うさぎ

ねぇ! だからさぁ、なんでここにいるわけ!? あたし忙しいんだけど!

立花 虎次郎

僕はうさぎちゃんがいるから、

愚痴るうさぎの隣で
虎次郎は鼻の下を伸ばしている。




憧れのアイドルと
同じ部屋で喋れるというだけで
彼にとっては天国なのだろう。


全く空気を読んでないけれど
ひとりだけ幸せそうで
羨ましい。
















その虎次郎は
思い出したかのように手を叩いた。


あ、そう言えば見た?
ここの隣にシアタールームがあってね。うさぎちゃんのお宝DVDが山になってたよ

立花 虎次郎

僕、もうここに住んじゃいたい!!

綺羅星 うさぎ

黙れキモ男!!

立花 虎次郎

ああ~うさぎちゃんの生蹴り~

剣持 朱梨

駄目だこりゃ






なんだか中世の城みたいな
内装だけれども

シアタールームにDVDと、
現代的な機器も完備されているらしい
ということに
驚きが隠せない。





てっきり城だと思っていたが
この建物の外観は
どうなっているのだろう。
























来栖 康青

虎次郎くんは熱心なファンだなぁ

来栖 康青

よっぽど素敵なエピソードでもあるのかい?




そしてもうひとり。

……このオッサンも
空気が読めない奴かもしれない。





だってそうだろ?

なんか変な紙切れを
みんな持ってました、とか
ミステリー展開になりかかってる時に

オタクがアイドルを
追っかけるようになったわけとか
誰も聞きたくない。




なんかさっきからやたらと
このふたりに絡んでいく気が
するんだけど、
都合よく解釈した
キモい逸話とか出て来たら
どう責任取るんだよ!












そんな俺の心配もむなしく、

立花 虎次郎

よくぞ聞いてくれました!
実はねぇ

虎次郎は喜々として喋りだした。




溜息をついたのは
多分、俺だけじゃない。






立花 虎次郎

うさぎちゃんの本名は「多智花 さくら」って言ってね。
ほら、僕と同じ苗字なんですよ、漢字は違うけど

剣持 朱梨

そうだったのか


マニアらしい情報に
思わず俺は
素直に虎次郎を見直してしまった。




アイドルの本名なんて
本人にしてみたら
バラされたくない個人情報かもしれないけど

キモい逸話よりずっとためになる。
(かもしれない)









案の定、うさぎは
苦虫を噛み潰したみたいな顔を
しているけれど














しかし虎次郎の次の一言で
俺は自分の認識が
いかに甘かったかを知った。

立花 虎次郎

もう運命だと思いません?
苗字一緒なんですよ。苗字!
これって……うふふふふふ

剣持 朱梨

……

これはキモい。






剣持 朱梨

そう言やあ「苗字が一緒だから結婚してるんだろー」とかってアホな冷やかしを小学生の頃にやったなぁ

剣持 朱梨

すまん、田中、鈴木、加藤


虎次郎の言い分に
己の幼少期の所業を思い出し、
冷やかした同級生に心の中で謝罪する。




剣持 朱梨

しかし、

「綺羅星うさぎ」がツンデレだってことは
俺だって知っているけれど

でも相手がこいつで
この論理を日々展開して来られたら
杏子でも同じ態度かもしれない。


小鳥遊 杏子

なに?

剣持 朱梨

なんでもねぇよ




すまん、「綺羅星うさぎ」。






















虎次郎のオタク談義が終わった頃、
キリオがだるそうに口を開いた。

キリオ=ブラウン

話題を戻そう。
とにかく、我々は誰もここに来た目的を知らない

それにオッサンが同調する。

来栖 康青

目的どころかどうやってここに来たのかも知らない

もとを正せば
オッサンのせいで脱線したのだが――

剣持 朱梨

え?




キリオとオッサンの言葉に
俺は耳を疑った。














全員で記憶喪失!?

そんなオカルトなことが
あってたまるか。





嘘だよな、と杏子を見ると

小鳥遊 杏子

……

ただ、困ったように首を振った。
































剣持 朱梨

……嘘だろ?

俺だけじゃなくって
全員の記憶がない。

全員が
ここに集まった理由を知らない。







手がかりは「応接間に集え」という
1枚の紙切れ。




それをどうやって
受け取ったのかもわからないまま、
誰もが応接間に来れば
わかると思って……




それで……






綺羅星 うさぎ

やだ、気味悪いっ!!

立花 虎次郎

あ、うさぎちゃん!
勝手に出歩くと危ないよ~!!


限界だったのだろう。
部屋を飛び出していったうさぎの後を
虎次郎が追うように出て行った。








後に残った俺たちも、

来栖 康青

あ~あ、知らない場所での単独行動がヤバいのはミステリーの常識だってのに

そんなこと言ってる暇があるなら私たちも追わなきゃ駄目じゃない!

そんなこんなで後を追う。















小鳥遊 杏子

ねぇ……どうなっちゃうのかな、あたしたち

剣持 朱梨

……さあな

歪みがひとつ見つかると
なんだか全てが気味悪く見えてくる。

キリオ=ブラウン

応接間に集えという指示はどうなる?

ひとり佇んだままのキリオが

オッサンたちの後を追って
出て行こうとした俺たちに
咎めるような鋭い声を浴びせた。











剣持 朱梨

だったらあんたは残んなよ

俺は杏子の背を押して
廊下に促した。



オッサンの言うことが
正しいってわけじゃないけれど

こういう場合、数が少ないほうが
生存率が低くなるのは
ミステリーではよくあることだ。






キリオは軍人だし剣も持ってるから
ひとりだけ生存率高そうだけど、
俺や杏子じゃそうはいかない。








うん?
そうさ、俺はうさぎや虎次郎より
自分や杏子のほうが大事だよ。

それって普通じゃね?












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