高ぇ階段だな。
どこまで続いてんだ？
俺の目の前には階段がある。
ぐるぐると
カタツムリの殻みたいに
回りながら上に行く、
いわゆる
「螺旋階段」
というやつだ。
上のほうは薄暗く、
何処まで続いているかは
俺が立っているここからでは
見ることができない。
ちょっくら上ってみっか？
冗談交じりに
そんなことを呟くと
背後から
駄目よ。
先に応接間に行かないと
と、言う声が聞こえた。
……杏子（あんず）
そこに立っていたのは
幼馴染の小鳥遊杏子（たかなし あんず）。
幼馴染だ。
彼女ではない。
……たぶん。
杏子は眉を寄せて
俺の袖を引っ張った。
みんな待ってるわ、きっと
はいはい
「上んねーよ」
そう言おうとして、
……
口が止まった。
なんだろう。
こんなやりとりを
前にもしたような気がする。
なぁ、俺ら
なんでここにいるんだっけ？
そうだ。
俺はどうして
こんなところにいるんだろう。
記憶がない。
ここに来た記憶が。
なに言ってるの？
呼ばれたからに決まってるじゃない
誰に？
杏子は呆れたように
目を見開いた。
この言い方からすると
彼女は知っているんだろう。
だとするとアレか？
記憶が吹っ飛んでるのは俺だけか？
……
ヤバい。
これは痴呆を心配してる顔か！？
それか、俺が担いでると思ってる？
やだ、ボケる歳じゃないでしょ
俺の問いに黙り込んだ杏子は
ふいに破顔した。
朱梨（しゅり）ってば青魚嫌いだもんねー。
ＤＨＡが不足してるから脳が動かないんだよー
う、うるせー！！
どうやら冗談だと思ったらしい。
まぁいいか。
こいつ妙に
真面目なところがあるから
マジで若年性アルツハイマーとか
心配しかねないし。
俺も、
青魚のせいで
忘れてるだけかもしれないし。
でも、
前にここに来たことがあるのは
憶えてる。
靄の向こうにあるみたいに
うすぼんやりとした記憶だけど、
憶えていることには間違いない。
ってことは。
そのうち思い出すでしょ
「あんたは楽観的すぎる」って
母親から言われ続けて
１７年の人生だけど、
ここで思い出せないって暴れたって
どうなるもんでもなし。
なんせ、
なに？
なんでもねぇよ
女の前で醜態さらすのは
俺の美学が許さねぇ。
ほれ、行くぞ杏子
え？ あ、ちょっと！
先行かないでよー！！
それが、はじまりだったなんて
その時の俺は
気づきもしなかった――。
【１】螺旋の城
俺たちがその部屋に入ると
そこにいた５人の男女が振り返った。
ねぇ、あたしたち何時までこんなところにいなきゃいけないの！？
明らかに機嫌と性格の悪そうな
ツインテール。
まぁまぁ
おちついて、うさぎちゃん
それをなだめている
オタクっぽい青年。
馴れ馴れしいのよキモ男！
ああ、そんなツンデレなうさぎちゃんが大好きだ―！！
……マジ勘弁
着いて早々
トラブル勃発か！？
ツインテールが気の毒にも
思えるけれど
こういう輩は妙に盾突くと
攻撃してくるから
……ツインテールには悪いが
今は見守らせていただくことにする。
まあ、落ち着くのは悪いことじゃないからね
そんなふたりを
果敢にも仲裁しようとしているのは
メガネのオッサン。
大人の威厳か
安っぽい正義感かは知らないが、
ふたりから無視されているから
あんまり意味はない。
だけど
ああいう面倒そうな連中と
関わり合いにならなくて済んで
逆にラッキーだったんじゃないか？
とも思う。
喧嘩弱そうだしな。
そんな正義の味方なオッサンは
ヨレたコートのせいで貧相に見える。
が。
あら！
その時計、オメガじゃない！？
持ってる腕時計からいくと
貧乏ではなさそうだ。
ね、ここで会ったのも何かの縁よ。
自己紹介でもしてみない？
腕時計のブランドを当てた
そのお姉さんは
にこやかにそんなことを言い出した。
今のままじゃ、なんて呼べばいいのかもわからないんですもの
べっつに名前なんかどうだっていいじゃない
即座にツインテールが口を挟む。
あら、でもみんなから「うさぎちゃん」って呼ばれるのに自分は呼び方を知らないって、結構面倒じゃない？
……勝手にしたら！
だが、お姉さんのほうが
上手（うわて）だったようだ。
でも仕切るのが上手い奴が
ひとりいると助かる。
全員が全員
ツインテールみたいにわめいてたって
事態は悪くなる一方だ。
じゃ、言い出しっぺの私から
このお姉さん、
胸元のあいたワンピースといい
ゴツいネックレスといい、
なまじ美人なだけに
お水系じゃないかと
疑ってしまいがちになるけれど、
他人に指示し慣れてるあたり
大企業の重役って線もあり得る。
ドラマに出てくる
女社長（元デザイナー）とか
こんな感じだよな。
私の名前は深見 美登里（ふかみ みどり）。
よろしくね
職業を言わないのは
やっぱ極秘なんだろうか。
言わなくたっていいんだけど。
美登里に続くように
今度はオッサンが口を開いた。
じゃあ俺も。
来栖 康青（くりす こうせい）と言います
こっちも職業は不明。
まぁ、自己紹介ってやつは
最初の奴にフォーム合わせるから
仕方ないとも言えるし、
俺もオッサンの仕事に興味はない。
次に出て来たのは
「うさぎちゃん」連呼マシン。
立花 虎次郎（たちばな こじろう）です。
動物のトラに次郎と書いて虎次郎です
あはははは、変だよね。こんな貧弱なのに虎だなんてさ。
でも死んだ爺ちゃんが虎みたいに強くなれってつけた名前なんだよ
……いるよな。
こういう、聞かれもしないのに
自分のこと喋る奴。
虎次郎は妙にウキウキと
ツインテールのほうを見た。
はい、次はうさぎちゃんの番
どうしてあたしが名乗んなくちゃいけないの！？
だいたい、日本に住んでるなら知ってて当然でしょ！！
なに！？ あんた外人！？
あ～そうだったね、うさぎちゃぁぁん
いちいち下手に出るのが
キモがられる要因だってことに
こいつは一生気がつかないんだろうな
……なんて思う。
まぁこれも愛ゆえと言うか、
彼女に嫌われないが為の
涙ぐましい努力だということは
認めよう。
だが
……典型的なオタクだな
もう少し堂々と
いや、普通にしていたほうが
好感度は上がると思うのだが。
そんなことを思っていると
足音が近づいてきた。
あいにくと存じ上げないな。
私は「外人」だから
む
こりゃまたスゲェのが出て来た。
眼帯だよ、軍服だよ
腰に剣差しちゃってるよ。
あら軍人さん、読書は終わったの？
そんなキワモノに
美登里はにこやかに声をかける。
やはりこのお姉さんは只者じゃない。
軍人は手にしていた本に
ちらりと視線を向けた。
うむ。なかなか興味深いことが書かれていた
表紙に金の装丁で魔法陣が描かれた
古びた本だ。
多分、魔法使いが活躍するんだろう。
どんな？
精霊の時計の話だ。
愚かな人間たちが間違った答えを示すと
精霊の呪いによって時間を巻き戻されてしまうらしい
この時計が螺旋階段の上にある、というのがまるでこの城のようだと、興味深く読ませていただいた
そう言えばここにも大きな螺旋階段があったものね
美登里は興味があるような無いような
微妙な相槌を打っている。
きっと他人に話を合わせるのが上手い人
なんだろう。
処世術に長けているというか。
そんな美登里から視線を外し、
軍人はツインテールに顔を向けた。
話が途中だったな。失礼
レディに名を問うのならば私も名乗るのが筋と言うものだ。
私はキリオ＝ブラウン。
見ての通り軍属だが、ここでは一般人として扱ってくれたまえ
いやいやいや無理でしょ！？
だったらなんで軍服着て来たんだよ！
なんで帯剣してるんだよ！
……と、小一時間、問い詰めたい。
きっと問い詰める前に
切られるだろうけど。
……
き、綺羅星 うさぎ（きらぼし うさぎ）。アイドルよ
キリオの自己紹介を聞き、
ツインテールも
しぶしぶといった様子で名乗った。
デレた！
デレたくなる気持ちはわかる。
背高いし、イケメンだし、軍服だし、
ちょっとキャラは濃いけど
態度が紳士だ。
ちらちらとキリオのほうを
見ているのは
「自分を知らない外人」に
興味があるのか……
自分のファン（かもしれない）
キモオタな言動の男よりは
断然ましに映っているのは間違いない。
で、新たなおふたりさんは？
あ、小鳥遊 杏子（たかなし あんず）です
剣持 朱梨（けんもち しゅり）っす。
よろー
話を振ってきたオッサンに乗って
俺と杏子も名乗る。
……
このやりとり、
前にもやった気がする――。
