荒い呼吸のままに体育館へと走り込んだ。
 
 涼太は無事だろうか。



 涼太とは幼い頃からの付き合いで、涼太が一度このちを離れ、先月、涼太がこちらへ戻って来てからは高校へ通う都合上、同じ家で暮らしている間柄だ。


 うちの父親は幼い頃に両親を亡くし、近所に済んでいたという涼太の祖父母に育てられたのだという。
 そのため、少しばかり疲れた様子で戻って来た涼太を家に住まわせる事になったのだ。

 丁度、兄が大学進学で家を出たばかりであり、その部屋を使う形で、涼太は高校生活を再スタートさせた。



 いろいろあったのだ。



 この片田舎の学校でゆっくりと過ごす事も悪くないだろう、そんな風に語っていた両親や、祖父母の会話が蘇る。



 ゆっくり過ごす。




 本人もそう願っていたはずなのに、この状況は何なんだ。




 あの化物は誰かがいたずらをしているという訳ではないのだろうか。いや、きっとそうに違いない。
 そう思う一方で、傘立ての直撃をくらって腕がもげたのは、どう説明したら良いのだろうか。



 作り物にしてはやけにリアルだった。




 カメラ越しにならば騙される物でも、実際に目にするとその細部の違和感はどうしても残る。つまるところ、作り物で肉眼を騙す事は結構難しい。
 金をかけたアトラクションならともかく、こんな風に学校でいきなり仕掛けるいたずらとしては、やけに手が込んでいる。
 

やっぱり、なにか……その

 俺は首を振って、オカルトめいた考えを頭から追い出そうとした。

 きっといたずら。でも、こんな事をしでかす人がまともとは思えない。
 かかわり合いにならないほうがいいだろう。


 涼太と合流して、そっと校舎を抜けだそう。



 昇降口はしまっていたが、校舎二階と体育館を繋ぐ廊下に窓は無い。
 幸い、すぐ横には部室棟があるし、その二階廊下には簡単に渡る事ができるのだ。

 運動部の連中が怒られても怒られても、そのショートカットをやめない事からも、その通路の近接っぷりは感じられる。

 校舎から出てしまえば良い。




 俺は、万が一後ろからアイツが来た時の事を考え、体育館の大きな扉を閉めてしまう事にした。


 扉に向き直り、施錠の為に扉に手を出した時だった。





 体育館の入り口扉は外側に向かって大きく開く作りになっている。その扉の取っ手をつかもうとした俺の手が空を切った。



 そのまま扉が外側に開いていく。

ま、さか

 追いつかれたかと一瞬背筋が冷えた。

 しかし、扉から飛び込むように入って来たのは、小柄な制服姿の男だ。

 受け止めきれずに尻餅をつく。

ご、ごめん!
焦ってて、つい。

い、って。
ああ……まあ、良いけど。
それより、扉

 無様に上に乗られたまま、俺は扉を指差した。

そか。そうだよね。
とりあえず、アイツはいなかったけど
っていうか、二階に上がっていった隙にこっちに来たんだけど

 そう言いながら男は慌てた様子で立ち上がり、扉に取りついた。
 ガチン、と固い音をたてて鍵が閉まる。

やっぱり、二階に行ったのか……

 涼太たち、いや、おそらくはあの派手な男を追って行ったのだろう。
 攻撃されたのなら、むかついて追いかけるってのも何となく想像できる。

とりあえず、一安心だよ。
何なんだろ、あの
お化け? 化物?

そうだな。訳がわからない。

 ため息とともに吐かれた台詞に、軽く相づちを打つ。
 そしてふと二階への通路を見た。

 相手もその意図が分かった用で、頷いてこちらを見る。

二階のドアも確認しないとね。
ええと、
あ、俺は……加賀。加賀祥平。2年だよ。

……?
2年? 俺も2年だけど、見ない顔だな。
俺は中嶋佑二。

 俺がそう言うと、加賀はちょっと困った様子で笑った。

俺、あんまり学校来てないからなー。
幽霊学生なんだ

 加賀はそんな肩書きを自分につけながら、歩き出した。
 俺もそれについていく。

 いずれ二階のドアからは出ようとは思っているが、そのタイミングはこちらで決めたい。
 だとすれば二階のドアも施錠して、この空間の安全を確保する事は必要だろう。


 俺たちは、自然と駆け出して体育館の舞台脇の部分から二階へと向かった。







pagetop