私は何に起こされるわけでもなく、自然と目を覚ました。いつもならやかましい目覚まし時計にたたき起こされているのだが。
んん……
私は何に起こされるわけでもなく、自然と目を覚ました。いつもならやかましい目覚まし時計にたたき起こされているのだが。
そういえば目覚めたての景色も少し違う。
ぼーっとする頭で仰向けのまま考えること十秒。私はやっと自分がベッドではなく、ソファに寝ているのだと気づいた。ソファで身体を丸めていたせいで腰あたりが少し痛い。どうりで自然と目が覚めるわけだ。
なんで私、ソファなんかに……。
よう。起きたか。
聞き覚えのある男の声に私はソファの上で飛び上がった。
ひゃあ!
ソファが揺れてクッションが床に落ちる。
いきなり大きな声出してんじゃねぇよ。
少年はイラついた口調で言った。
そこでやっと私は思い出した。昨夜再会した彼をこの部屋で手当てしたあと寝てしまったのだ。
どうやら彼は洗濯機にいれておいた赤いジャケットを自力で見つけたらしい。
ご、ごめんなさい。少し寝ぼけてて。
私は大きく伸びをするとソファにクッションを戻し、台所へ向かう。
おい、何してんだ。
何って、朝ごはんを作ろうと思って。
朝ごはん? あんた本気で言っているのか?
本気も何も。朝ごはん食べないとおなか減っちゃうでしょ?
そういうことじゃあない。見ず知らずの僕に朝ごはんを作ってやる義理なんてないと言っているんだ。
うーん、それはそうだけど……。
一晩過ぎてみても、私は未だに自分の行動理由が分からない。彼の神々しくも禍々しい姿に抱いていた畏れも、今はあまり感じない。
それは最後に見た彼の寝顔がやけに"普通"だったからかもしれない。"吸血鬼"ではなくて"人間"の寝顔だったのだ。
だから私が彼に何かをしようと思うのは畏れだけではないのだろう。
恩返し……というわけでもない。確かに彼には助けてもらった恩があるけれど、こんなことで返せるようなことでもない気がする。むしろこれを恩返しと言うのはおこがましいとさえ思えてしまう。
そんな風に思いを巡らせながら私の手は勝手に動いていて、目玉焼きが二つできていた。
まぁなんにしても、どうせ作っちゃったんだから食べてよ。私一人で目玉焼き二つも食べれないもの。
……。
彼は何も言い返さない。観念したのだろうか。それとも呆れたのだろうか。
よし、できた。
私は目玉焼きを皿に移して、切った野菜を一緒に盛り付ける。トーストもちょうど焼けたので、それも皿に載せる。
そういえば、彼の名前をまだ聞いていなかった。せっかく一緒に朝食をとるのだから名前ぐらい聞いておこう。
そういえば、ずっと聞いてなかったけどあなたの名前って――
それは一瞬の出来事で、数秒間状況が掴めなかった。
えっと……。
気づけば、私の両手首は彼の右手によって壁に押さえつけられており、そして彼の左手は私の顎に添えられていた。
無防備すぎる。もし僕が犯罪者だったらあんたは殺されてるか、辱められるか、だよ。
彼はそっと手を放して私を開放する。
あ、あの……。
忠告だよ。あるいはアドバイス。あんたは他人を簡単に信用しすぎる。
確かに否定はできない。
まぁ。実際はあんたがどうなろうと僕の知るところじゃないから、構わないけどね。僕も食べ物にありつけるならそれに越したことはないしね。
そう言って彼は皿をテーブルまでもっていったかと思うとフォークを使って目玉焼きを食べ始めた。
でも、そういう割に心配してくれてるよね。
私も自分の皿をもってテーブルに着きながら言った。すると彼は食べ物が気管に入ったらしく激しくせき込んだ。
ゲホゲホッ!! だ、誰が心配してるって?
いや、本当にどうでもいいなら忠告もアドバイスもしないでしょ? それにもともとあなたが私を助けてくれたんだし。
別に。ただ目障りだったんだよ。
ぶっきらぼうに言った彼は再び目玉焼きを食べ始めた。
彼は、本当はとても優しい人間なのかもしれない、と彼を眺めながら私は思う。
と、同時に彼の本当の姿を少しだけ見れた気がして嬉しくなるのだった。
そう。彼のさらにその奥の真実を知るまでは。