2.邂逅

・・・あ

それを見て私は――

――安堵した。

なぜなら、
姿を現したそれが、女の子だったからである。

女の子

・・・・・・

どこかの学校の制服を着た女の子。

私よりも色々と大きくて、ちょっと大人っぽい。

そして感情を感じさせないその表情が、
少しだけ気になった。

けれど声を掛けないわけにもいかず、

私は意を決して声を掛けた。

あ、あの・・・!

女の子

・・・・・・

・・・・・・?

しかし女の子の反応は薄かった。

私の声に反応して立ち止まりはしたが、

それ以上の動きが見られない。

んー・・・

聞こえていないのかな・・・

女の子

・・・・・・

すみません、少しお話、大丈夫ですか?

女の子

・・・・・・

ダメ、綺麗に聞き流されてるっぽい

ここまで無反応であることに戸惑い、

声を掛け続けるか否か逡巡し、

もうちょっとだけ頑張ってみることにした。

これを逃したら、
またしばらく人に会えなさそうだもんね

女の子に近付いて、顔を覗き込んだ。

女の子

・・・・・・

そこまでして、ようやく女の子が私を見た。

凝視、した。

・・・・・・!

間近で見ると分かったことがある。

女の子の瞳が、妙に濁っていて、
まるで何も映していないみたいだった。

その瞳に射抜かれた私は、
思わず全身が硬直した。

女の子

・・・・・・

あ、や、その・・・私は・・・

どんな言葉を発すればいいのか、
分からなくなってしまった。

うぅ・・・この人なんか怖い

というか、
なんで何にも喋ってくれないの!?

と、とりあえず・・・
自己紹介でもしよう・・・かな

きっとこの人は私が誰かわからなくて、
怪しんでいるに違いない!

女の子

・・・・・・

尚も向けられる視線に、
後退りしそうになってしまう。

えっと、私は、私の名前は――

そこまで言葉を紡いで、
私の唇は制止した。

わ、私の・・・名前は・・・

目が覚めてから、
一度だって考えたことはなかった。

考える必要がないと、
勝手に思い込んでいた。

私は・・・

けれど、そんなことはなく、
考えるべきだった。

自分が何者であるかを。

自分が自分であると、
きちんと確認するべきだったのだ。

私は・・・誰?

私は、

私が、

分からなかった。

・・・・・・

唐突な気付きに、
身体と思考が停止する。

けれどそんな私に
考える隙を与えないかのように、
眼前の女の子が、急に動き出した。

女の子

・・・・・・

がしっ、と両肩を掴まれた。

ひゃっ!

唐突に肩を掴まれたのもそうだけれど、
それ以上に肩を掴む力の強さに驚いた。

ちょっ!

いっ、痛いっ・・・!

けれど私の訴えは、
女の子には届いていないようだった。

尚も強くなる力に、
いよいよこいつはヤバイと思い至る。

女の子

・・・・・・

最初はなんとか振りほどこうとした。

しかし女の子の力が強くて、振り払えなかった。

痛い痛い痛いっ!

ああ、もう!

流石に女の子のことを考える余裕がなくなり、

私は躊躇うことなく女の子を蹴飛ばした。

女の子

・・・・・・っ

勢いよく地面に尻餅をつく女の子。

そこで初めて、
呻き声のような短い声が発せられた。

なんなのよ、もう!

私は私で色々とパニックなのに!

肩を強く掴まれたからだろうか、
蹴り飛ばしたことに罪悪感は覚えなかった。

誰かと会話するのも大事だけど、
今は自分のことを、
しっかりと確認することが大事よね

それに、この人はなんかヤバイ・・・

会話が成立しないのもそうだけど、
目がヤバイ

思い返してみても、
あの目の色は普通じゃない

この場から逃げようかと考え始めていると、
女の子がゆっくりと立ち上がった。

女の子

・・・・・・

そして――

女の子

わたしを――

今まで一向に動く気配のなかった唇が滑り始め、
小さな言葉を紡ぎ出した。

女の子

――殺してくれませんか?

へ・・・?

ぷりっとした形の良い唇によって紡がれた、
その言葉が私の頭に浸透するまでに、
数秒の間が必要だった。

あ、これダメなやつだ

瞬間、
私は踵を返して、
女の子から逃げるべく駆け出した。

やばい、やばいよ!

おかしいおかしい!

あの人、絶対頭おかしい!

しかし耳に自分以外の足音があることに、
すぐ気付いた。

はぁはぁ・・・

あ、足音・・・

そんな、まさか・・・

だから思わず振り返り――――絶句した。

嘘ォっ!?

なんで追って来るの!?

女の子

・・・・・・

背後からは、
あの無表情を貼り付けたままの女の子が、
私を追いかけてくる姿が見えてしまった。

うぅ・・・
なんで私が、
こんな目に遭わなきゃいけないの!

愚痴しか出てこない現状に嘆きながら、
私は静まり返った夜の街を、
全力で走る羽目になるのだった。

pagetop