鈴石茜

すごい……

合図と共に一瞬にして地を蹴り、トラックを駆け抜けてゆく選手たち

今までまともに眺めてみたことはなかったが、その力強さと迫力には圧倒させられるところがあった

鈴石茜

たかが200メートルなのに……

教師

たかが、かよ

鈴石茜

先生!?

教師

鈴石よぉ……お前、俺が陸上部顧問であることを忘れた訳じゃないだろうな

鈴石茜

忘れてました

鈴石茜

っていうか、突然隣に立たないでください

教師

お前が一人寂しくトラックを眺めていたから声をかけてやったんだろう

教師

調子はどうだ? 生徒会長

鈴石茜

まあ……そこそこって感じです

教師

そうそう、200の話だが

教師

陸上選手はお前の言う「たかが200」のために毎日どれほどの距離を走っているのかしっているか?

教師

陸上競技は野球やサッカーやバスケのように目立ったプレーのないスポーツだ
ルールは単純明快で誰だって参加することができる

教師

でもその走るという単純な動きをどこまで高められるか……それは日々の鍛錬と精神力が大きく影響するんだ

鈴石茜

はぁ……

教師

なんだ? 興味なさげだな

鈴石茜

そ、そんなことはないですよ……

鈴石茜

先生にも、こんな熱い一面があったんだなあ

教師

お、次は佐島の出番じゃねーか

鈴石茜

あ……

鈴石茜

な、なんというかこうコースに立つと……

鈴石茜

腕とか、足の筋肉とかが意外に引き締まってて……

鈴石茜

やっぱり男の子だなあって……

鈴石茜

な、何考えているんだ私

いつも通りの不愛想で気だるげな表情なのに……
様になってるのが憎い

鈴石茜

体育会系じゃなくてオタク系のはずだよね……?

眩しい……眩しすぎる!!!

教師

さあ、お手並み拝見か。2レーンとはなかなか面白い位置だな

鈴石茜

そうなんですか?

教師

ほら、スタート時は内側のレーンの人間が後ろに下がっているだろう?

鈴石茜

確かに。これって距離を合わせるためですよね?

教師

そうだ。ただ、結果的に距離は同じだが精神的には大きく差がある

教師

外側のレーンの人間は常に追いかけられている感を持って走らなければならない

鈴石茜

その点内側の人間は常に追いかける側でいる……

鈴石茜

そう考えると私は内側が好きですね

教師

ああ、俺もそうだ

教師

さあて、この勝負、佐島はどう走る?

鈴石茜

き、期待はしない方がいいとは思いますよ……?

鈴石茜

…………

そして、合図が鳴った__

200メートルはグラウンド一周。
走り出す佐島くんの背中を目で追ってしまう

教師

なかなか粘っているな

鈴石茜

え……な、なんか……

コーナーを曲がる佐島くんの表情が見える

鈴石茜

そんな表情見たことがないんですけどー!?

鼓動が速まるのがおさまらない

鈴石茜

私も重症だが……でも普段は気だるげにしている人が急に真剣な顔になれば否が応でも意識せざるを得ないというか……

反則、だ。

教師

ほう……佐島は3位か

教師

可もなく、不可もない

鈴石茜

ま、まあ所詮帰宅部ですからね

にしては速いと思う!

教師

じゃ、俺は仕事の方戻るわ

鈴石茜

仕事あるなら早く行ってください!

教師

あーはいはい。生徒会長さんは厳しいなあ

鈴石茜

まったく……

鈴石茜

三位かあ……

鈴石茜

どうからかいに行こうかな

山吹真琴

あ、生徒会長さん

鈴石茜

あ、百合っ子……じゃなくて真琴ちゃん

山吹真琴

どうでしたか? 私のアナウンス

鈴石茜

ああ……

鈴石茜

やばい、何も聞いていなかった

鈴石茜

えっと……アスナちゃんは?

山吹真琴

王子様は……

伊納アスナ

いやあ、もう大興奮でした!

鈴石茜

あ、アスナちゃん!?

伊納アスナ

マイクの前って楽しいものですね! 思わず『実況のアスナ』をやってしまいました

鈴石茜

え?

山吹真琴

今の選手の走り、どうでしたか? 実況のアスナさん

伊納アスナ

ふむ……なかなかいい走りでしたが、前年度よりもいい記録は出ていません。お互いが譲歩しあっているといった感じでしょうか

鈴石茜

そんなやり取りやってたんだ……

いいのか? それ……行事的に。

伊納アスナ

そういえば、さっき佐島殿が走っていましたね

鈴石茜

あ、うん……

伊納アスナ

おお、噂をすれば……

佐島亮

ああ、鈴石先輩

鈴石茜

あ、さ、佐島くん……

鈴石茜

お疲れさま

佐島亮

見てたんですか?

鈴石茜

うん、もうばっちり

佐島亮

では記憶から消してください

鈴石茜

なんで?

佐島亮

恥ずかしいからです

鈴石茜

そんなことないよ。走ってる姿もかっこよかったし……

鈴石茜

あ…………

佐島亮

お世辞は止めてください

鈴石茜

思わず「かっこいい」って言っちゃったけどスルーされたー!!

鈴石茜

せっかく褒めてあげたのに

佐島亮

はいはい、ありがとうございます

鈴石茜

もっと先輩に感謝しろー

佐島亮

いやですー

鈴石茜

まあ、そうやって照れちゃってるところも……

鈴石茜

可愛いんだけどね

そんなこんなで、体育祭は幕を閉じる。

ことはなく……

佐島亮

う……っ

鈴石茜

佐島くん!?

佐島亮

なんか、熱く……て……

鈴石茜

え……あ……

伊納アスナ

佐島殿……?

鈴石茜

アスナちゃん、保健の先生呼んで!

伊納アスナ

了解です!!

鈴石茜

佐島くん、とりあえず座って。今先生くるからね……

佐島亮

はい……

鈴石茜

熱中症……? いずれにしても、はやく処置をしないと……

鈴石茜

に、しても……

近い!!

鈴石茜

いや、照れている場合ではないんだけど、こんな触れるとこにいたのは初めてだし……

これが一番ピンチかもしれない!!

鈴石さんの恋は、今、最大のピンチに陥る

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