悪いな

空気が変わった。

おそらく、かぐや姫の運命もまた。

気付けば彼の貫かれた腹の穴は、完全に塞がっていた。

これが本領。

血を吸う鬼の、吸血鬼の本来の力。

自らの支配する空間で彼は静かに告げる。

一瞬だ

何を馬鹿な……!?

本当に一瞬だった。

もはや、音を置き去りにして彼は飛ぶ。

何が起きて……

青年の姿を見失ったキキは、状況を飲み込めないままに呟いた。

何処を見ている。一瞬だと俺様は言ったぞ

後ろだと!?

背後からの声に、キキは驚き振り返る。

だから。

驚き、振り返って、

キキの耳に、そんな音が遅れて届いた。

あ……?

見れば、腰から下が切り落とされ、ポトリと地面に転がっている。

そんな、馬鹿な

今さらのように、力を失った上半身が地面に落ちて三回跳ねた。

腕一本分くらいなら再生もできるだろうが、完全ではないお前に、その状態からの再生は無理だ

つまり、再生できないのになまじ中途半端に不死なせいで、腰から上と下に切り分けられても死ぬ事ができないという生き地獄。

それにしても、何とも無様な姿だな。そうやって一生地べたを這い蹲っていろよ。地球を舞台に選んだのが運のつきだ。月の意志でもあればその力で復活もできただろうに

かぐや姫が気を失っていたのは、この場合においては良かったのかもしれない。

青年は危機から意識は外し、ライトの元へ向かう。

こいつはもらっておくぞ。どうせもうお前の指図など受けないんだ。お前にはもう関係ないだろう

けれどもキキは、それでも何も言わなかった。

悔しそうに地面だけを見つめ、両の手で砂をかくだけだった。

折れた剣を拾う。

それを片手に、青年はライトを背負った。

まさにその瞬間。

馬鹿めー! 油断したな! 『不死の薬』は私が頂く!!

何故か体が再生していたキキが、青年の隙をつきかぐやの元へ飛ぶ。

!?

気付いた青年がそのままかぐや姫の元に向かう。

そして。

ほんの一瞬。

タッチの差。

ほんの一ミリの差で、青年がかぐや姫の体を掴んだ。

そのままキキとの距離を十分にとる。

だけど。

だけど!!

かかか……

彼女は笑っていた。

かかかかかかかかかかかかか!!

どこまでも笑って、叫んでいた。

これで目的は果たせたぞ

言って、青年の方へと向けたものは。

『不死の薬』が入った、小さな壺だった。

これで私は完全になる。完全な不死を手に入れるっ!!

やめておけ、不死の体なんて、いいことだらけでもねえぞ

そんなことを言っても無駄だ。もう誰にも私は止められない。いいのか? 止めるなら今だぞ

キキの問いかけに、青年は答えた。

止めないさ。すでに勝負は着いているからな。それは俺様の仕事ではないようだ

では遠慮なく飲ませてもらおう。幸運だぞ。儂の覚醒を直で見物できるのだからな

そしてキキは……

壺に入った薬を飲んだ。

分かる。分かるぞ! 全身の血が煮えたぎっている。この感覚は……

そして、その時は訪れた。

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