極寒の冬。大抵の者は我が家に閉じこもっているものだが、爺さんには今日も仕事がある。今日も行ってくるよと商売道具の笠を持つと、婆さんに送られて爺さんは吹雪に負けじと歩き出した。
極寒の冬。大抵の者は我が家に閉じこもっているものだが、爺さんには今日も仕事がある。今日も行ってくるよと商売道具の笠を持つと、婆さんに送られて爺さんは吹雪に負けじと歩き出した。
今日の売り上げはまずまず。とりあえず、今日と明日は安心してご飯を食べられるだろう。残った五つの笠を持ちながら、爺さんは来た道を戻っていた。
すると、帰りの道中で六つの地蔵を見つけた。
この吹雪の中、薄い布だけで寒かろうに。同情した爺さんは、地蔵達に売れ残った笠を被せてやった。
しかし、これでは一つ足りない。爺さんは自分の被っていた笠を取ると、最後の地蔵に被せてやった。
これで寒く無かろう。爺さんは良いことをしたので、意気揚々と帰って行きました。あの様子では、明日は風邪を引くことでしょう。
そんな爺さんの姿を、ジッと見つめている一体がいた。
……何で、つっこまないの。地蔵が一つ人だって
一度そう思うと、いてもたってもいられなかった。降り積もった雪道を、笠を被った少女は裸足で走りだした。
あ、あの! すみません!!
やっとのことで爺さんに追いついた少女。少女は息を荒くしながら、爺さんに話しかけた。
爺さんが振り返ると、少女は男の手を即座に掴んだ。爺さんは目を丸くして少女を見る。
私を見て、何かおかしいと思いませんか!?
はてと首を傾げる爺さん。明らかにおかしいことが幾つかあるはずなのに。少女はいてもたってもいられず、つい真相を口にした。
そもそも何でお爺さんがイケメンなんですか!!
はて? そうかい?
茶色く長い髪と、可愛らしいたれ目。鎖骨のラインがセクシーな、魅惑的なこの男の、どこをどう見たらイケメンじゃないと言えるのだ。第一、これのどこに爺さんの要素があると言う。
イケメンなんですよ! 爺さんなんて大体白髪で七、八十歳の人のこと言うでしょ!!
そうなの? お婆さんと結婚したらお爺さんになるわけじゃないんだ?
そんな決まり誰が決めた
この物言いでは、どうやら婆さんと結婚しているらしい。とは言え、精々五十代くらいだろう。
真相が気になってしまった少女は、爺さんの家にお邪魔することにした。
あら、可愛いお客さんじゃないか
婆さんを見た瞬間、扉を閉めた。首を横に振り、あれは夢だったのだと、少女は確認の為に扉を開いた。
おや。どうかしたかい? こっちへおいでなさいな
婆さんだ。確実に七、八十の婆さんだ。何故このイケメンの妻が本物の婆さんなのだ。下手をすれば、孫と祖母くらいの年の差があるだろう。
何故だ。何がどうなったら結婚にこぎつけられるのだ。
とにもかくにも、婆さんに手招きされている。少女は渋々中に入ると、婆さんが茶を注ぎに移動した間に爺さんに聞いてみた。
何故本物の婆さんと結婚したのです
実は俺、おばあちゃんが好きなんだ
……
あまりのことに、少女は絶句した。容姿端麗で若者風の服を着た男性が、熟女好きなんて。それも、熟しに熟した婆さんを。
そんなことは無いだろうと言い返そうとした所へ、丁度婆さんが茶と菓子を持って戻って来た。モヤモヤした感情を抱えながらも、少女は有難く茶を頂いた。謎の多い男ではあるが、あの吹雪の中、自らの笠を渡してくれたのは事実。婆さんも温かい茶をくれたことだし、何かお礼をせねば。少女は温かい茶を喉に通し、身も心も温まったのであった。
爺さんと婆さんの家から去ると、少女は地蔵達の元へと戻った。五体揃って仏の如く穏やかな顔つきをした地蔵。少女は屈み、地蔵達に言った。
さぁお前達、出かけるぞ
少女の声を合図に、地蔵達は埋もれていた足を引っこ抜いた。可愛らしい顔とは裏腹に、筋肉質でモデルのように長い足。見慣れない人間が見るととても気持ち悪い。
少女は先頭を歩いて地蔵達を誘導した。始めに向かったのは爺さんが笠を売りに行っていた小さな町だ。そこで米などの食材を買ったが、町にあったのは米と豆と野菜程度。肉や魚は見つからなかった。
地蔵達は次に森や川へ行って動物を狩り、植物を刈った。食料を確保すると、向かうのは爺さんと婆さんの家。人気のない真っ暗な静寂の中、少女は地蔵を引きつれて二人の待つ家へと移動した。
爺さ…
少女がノックをしようと手を伸ばしかけた時、家の中の異変に気付いた。妙な物音が数回したかと思えば、家の奥から爺さんの叫び声が聞こえてきた。
爺さん、どうした!!
持っていた米を投げ捨て、少女は鍵の付いていた扉を強引に押しあけた。
囲炉裏のある部屋へと入ると少女の目に映ったのは、腰を抜かした爺さんと、爺さんを追い詰める婆さん……では無く、金髪の美女であった。
爺さんが少女の存在に気付くと、何とか体を持ち上げ、救いを求めるかのように少女に抱きついた。
お、お嬢ちゃん! あの通り、妻が若くなってしまったのだよ!!
違う。婆さんが私になったんじゃない。私は元々この姿だったのよ
全然意味が分からんよ……つまりは、婆さんが本当は美女だったってことか?
ああそうさ。そこのかっこいい男をほかほかの状態で食べる為に結婚をしたの。だからお嬢さん、その男をよこしなさい
食べるって……。その様子じゃ、夫婦としてはじゃ無さそうだな
地蔵の前を通る旅人達が、時折話していた。
人の姿をした化け物が、同じ形をした人を主食にするという噂を。
そんな夢見話があるものかと思っていたが、まさか本当にいようとは。信用し難い話ではあるが、美女からはまがまがしいオーラを感じる。甘ったるい香水の臭いがするものの、その奥からは、どこか血なまぐささを感じる。
お嬢ちゃん、俺こんなお姉さんに食べられたくないよ。食べられるなら年頃のおばあちゃんが良い!! だからお願い、助けて!!!
爺さんは食べるの意味を勘違いしているようだが、その方が恐らく幸せだろう。爺さんを自身の背後にやると、少女の周りにいた地蔵に命を下す。
変われ、お前達!
少女の命より、地蔵達はその姿を変え、少女の体にまとわりついた。その様子を、爺さんも美女も茫然と見つめていた。
まとわりついた地蔵はその原型を無くし、地蔵のうち三つは石の甲冑に変わった。残り二つの地蔵は、右手と左手に石の剣となって収まっている。重たそうなその格好をものともせず、少女は剣を振った。
かっけー!
これはこれは。面白い、受けて立とう
美女は、タンスの上に置いてあったナイフを持ち、少女に向き合った。
二人の刃が何度もぶつかると、互いに睨みあう。狭い家の中では飽き足らなくなり、二人は何を言うでもなく外へと出た。もはや爺さんは置いてきぼりだ。
二人がぶつかる度に、雪の粒が舞った。燦々と降り注ぐ太陽に照らされ、舞った雪は宝石のように輝く。二人の女の戦いは美しい背景と、爺さんの緊張感の無い応援によって、煽りに煽られた。
三日後、途中家の中で休憩を挟みながらも、二人の戦いは決着がついた。
少女の振った剣によって、美女は五メートル先に飛ばされた。
……やるじゃない。アンタも、そして爺さん。アンタの作った茶漬けもね
実は俺、料理作るの好きなんだ!
私の負けよ、地蔵
そう。それなら、爺さんを食べることはよすのね。爺さんは私や地蔵に笠を被せてくれた恩人。そして貴方は、私に熱い茶をくれた恩人。無用な争いは避けたいのよ
地蔵……
かっこいい言葉を残して去って行く。主人公の鉄則だ。地蔵を引きつれて帰ろうとすると、美女に手を引かれた。
……私もついて行かせて、地蔵
ついて行く? 彼女は地蔵になるつもりなのか? 振り返って美女の顔を見てみる。真剣な顔つきを見ると、冗談のつもりはないらしい。
私と貴方の力があれば、きっとあのマッドサイエンティストも倒すことが出来るわ!!
まっど、さいえん、てぃすと……!?
ええ。私を人喰いの体にしたのも、あの不潔女。……人間だった私を
いや、意味分かんない。そう言おうとした地蔵の前に、爺さんがやって来る。
マッドサイエンティストって、もしかして聡美(さとみ)おばあちゃんのことかな。確か、人体実験とかもしてるって聞いたことがあるなぁ
それよそれ! って言うか知り合いだったのっ!?
元カノだからね! 昔は僕も色々されたもんだよ。一時、体に花が咲く薬をかけられて年中虫だらけになったことがあって。大変だったなぁ
……
確か、ここは平凡な雪の降る国だったはずでは? 私の知らぬ間に世界は一体どうなっているのだ? 地蔵には理解出来ないことばかり。
私、ただの地蔵なので
あの戦闘力を持って何もしないなんて罪だわ! あの悪党にやられた人間は幾千といるの。私を恩人と言うのなら、せめて恩を返してから石地蔵に戻るのね!!
いや……それはちょっと……
だったら俺も行くよ! 料理当番とおばあちゃんのナンパなら任せて!!
さ、行くわよ
そ、そんなの……いやだ! 誰か助けてーっ!!
美女と爺さんが少女の手を引くと、三人はマッドサイエンティスト聡美のいる、大国を目指して歩きだした。