朝礼が終わり、署内のざわつきに混じって流れてくる無線の声に、真夏はコーヒーを淹れる手を止めた。
だが当直の刑事が立ち上がるのを見て、慌ててコーヒーを矢代のデスクに置く。
本部から北3
北3です、どうぞ
××町三番地で人が倒れているとの110番入電中。緊急走行で現場出向せよ、どうぞ
朝礼が終わり、署内のざわつきに混じって流れてくる無線の声に、真夏はコーヒーを淹れる手を止めた。
だが当直の刑事が立ち上がるのを見て、慌ててコーヒーを矢代のデスクに置く。
あ、僕たちも行きます
えぇ~、俺も?
真夏が『僕たち』と言った途端、日野があからさまに面倒くさいという表情をする。
何言ってんですか、先輩。早く行きますよ
待てよ、仕事は他にも沢山あんだよ。ねぇ、係長
呼ばれて、コーヒーを啜っていた矢代がのろりと日野に顔を向ける。そしてにべもなく一言告げた。
早く行け
……
日野が黙って立ち上がり、真夏は小さくため息をつくと、上着を羽織った。
現場に到着すると、地域課の警官が黄色いテープを張っているところだった。
締めだされる野次馬たち。
その中に、真夏はふと知った顔を見つけた。
あ、あれリコチャンじゃね?
日野も真夏と同じ人物に目を留め、声を上げる。
彼女――ラーメン店の娘莉子は、野次馬達の一番前にいて、救急車に乗せられていく人物を食い入るように見ていた。
真夏が近づいても、気付く様子はない。
タバコ……
え?
真夏が声をかけようとしたとき、彼女はそう呟いた。
なんのことかと真夏は彼女の視線を追ったが、現場に煙草が落ちているわけでも、立ち並ぶ店の中に煙草屋があるわけでも、通りに灰皿があるわけでもない。
思わず真夏が聞き返すと、莉子はそこで初めて彼に気付いた。
あ、佐藤さんに日野さん。
おはようございます
軽く莉子が会釈をして、その頭でぴょこんと尻尾が跳ねる。真夏は、さっき何と呟いたのかを聞こうとして口を開いたが、その前に日野が彼女に声を掛けていた。
リコチャン、学校の時間じゃないの~。補導しちゃうよ?
あ、いけなーい
莉子は携帯で時間を確認し、慌てた顔をした。
日野さんに補導されるとヤラシイことされそうだから、学校行きます~
そんなことを言いながら、莉子は少し離れたところに置いてあった自転車まで駆けていき、そのまま去って行った。
ひっでぇ……
日頃の行いですよ
心ない台詞を浴びせられて嘆く日野に、真夏がここぞとばかりに止めの一言を叩きこむ。
真夏は日野のことを先輩として尊敬はしているが、悪ふざけがすぎるのが玉に瑕と思っているのである。
打ちひしがれる日野を置き去りに、真夏はテープを貼っていた警官に声を掛けた。
お疲れ様です。どういう状況か教えて頂けますか?
ん、ああお疲れさん。そこの喫茶店から出てきて倒れたみたいだね。息はあって今救急車で搬送されてったよ
ちょうどテープを貼り終えた警官が、野次馬達を散らしながら答える。
真夏は軽く頭を下げて礼を述べ、日野に伝えようと振り返った。だが、さっき立ちつくしていた場所にもう彼はいない。
日野を探して視線を走らせると、野次馬の一部と話をしているのを見つけられた。どうやら聞きこみをしているようだ。
真夏は表情を引き締めると、カメラを取り出して現場の撮影を開始した。