霊深度

-8の、

ホントキミ

CridAgeT

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ああ、塩辛いな

待て、いま何した?

味噌汁に少々カレー粉を落としただけだ

信じられないという顔のカリヤスの前で、カガミは首をかしげた。

多少不協和音ではあるが……味噌に塩気が強いから、これでまろやかにはなるだろう

カガミは表面に油の浮いた味噌汁をかき回してみせる。

絶対飲まない

苦い青菜もベーコンと炒めれば油のおかげで食べやすくなるようなものだ。知らないのか?

そういう問題じゃない……

カリヤスは味噌汁を除いて、すべての料理を腹に収めた。

アジサイのゼリーが出たときは、

これ、アジサイ使ってないよな? 青酸ゼリーなんてごめんだぞ

青酸配糖体とアルカロイドの心配はいらない

いや、成分とかまで詳しくはないけど

なんてやり取りをしたけれど。

ごちそうさま

ああ

……

……

静かだな

ああ

……

……

ノシメから預かった資料だ

この前の『調査報告』みたいなものだ

ああ

預かる

……

……

あー……

……

……

カリヤスは言葉を飲み込んだ。
言い出せない。

ったく、飯のあとにこんなもんまで腹に溜めさせんなよ

数日前、カリヤスは路地でカゲツとたまたま出会った。








正直なところ何が起きたのかは分からなかった。

ただ、カリヤスはそのときひどく気が立っていて、カゲツに構う余裕すらなかった。

そのせいで、カゲツが倒れてしまうのを防げなかったのは自分の責任だと思っている。

カリヤスは幽体に触れられない。ひとまずカガミに連絡したは良いものの、

ふつー、用事があって出かけてたくせに、5分で駆けつけられるかね?

……しかも、あんな顔しやがって

何か言ったか?

……いや……

……

……

……

なんとなく髪をかき除けると、毛先がピアスに引っかかる。カリヤスは乱暴にそれを引き抜いた。











チリ。








痛ってえな

痛ぇ、よ

なんでお前、俺があそこで何してたのか聞かないんだよ


なんで俺は駄目なんだよ

カリヤスは子供ではない。


少なくとも、そう思っていた。



そりゃ、何十年生きてるか分からないようなカガミと比べりゃガキかもしれねぇけど

少なくとも、そこまで理性がきかないわけじゃねぇ

例えば、殺人犯を目の前にしたとして。


激情のままにそれを斬るほど愚かではない。―――ちゃんと急所は外す。




たとえそれが自分の大切な肉親を狙った輩だったとしても。

と、思ってたんだけどな?

あの日、あの時、あの後。

カリヤスは手にはめていた黒手袋を外し、内ポケットにしまい込んだ。

一見ただのファッションや実用性を考えたもの、あるいは日焼け対策とも見えるそれを完全に隠すと、カリヤスは通りを再び見た。



もう、何もいない。



ったく、こんなもの準備する時点で相当俺も頭に血が上ってたな



向き直れば、地面の上には足の透けた少女が倒れている。



さらに奥には、人気どころかネズミの一匹もいない路地が細く続いているだけ。

こっち側にも、誰もいないな?

カリヤスはようやく警戒を解いた。



今見つかっていないのなら、ここにいれば、カゲツもカリヤスも見とがめられることもないはずだ。



もともとカリヤスは、『そういう場所』を選んだのだから。

でも、毒気、抜かれちまったな

カリヤスは少女の霊を見下ろす。



まるで最初から分かっていたかのように現れた。

自分の考えていることを見抜き、止めようとした。


そう、奇跡のような確率で。







カガミが以前言っていたことは、本当かもしれない。そんなことを、思わされる。

ホント、カゲツちゃんはさ……

―――って俺、
なに、考えて

……

……っ

「          」

そのときの感情は、口にすることができない。






カリヤスは目を細めて、カゲツに触れた。


触れようとした。


触れるために、カゲツの輪郭ぎりぎりにまで手を、指を伸ばした。









触り心地の良さそうな滑らかに見える前髪は、カリヤスの手を押し返さなかった。カリヤスの指に屈することもなかった。髪の毛の一本さえも、1ミリ1ミクロン1ナノ1ピコさえも、カリヤスの影響を受けることはなかった。カリヤスの指も、その感触を感じることはできなかった。

垂直抗力ゼロ

柑橘系の香りが、ほのかに広がった。


指が、ひたいに入り込む。





カリヤスは幽体に触れられない。

せんせ、い―――

っ!

――――――――――っ

なにやってんだ、俺

あー くそ、
カガミ、早く来いよ……

……帰る

……ああ

カリヤスはすべてを聞かれぬままにしまい込んで立ち上がった。






玄関口で、思い出したように振り返る。

そういえば今日の料理、みんな薄味だったな。塩気がなかったぞ。舌調子悪いのか?

ねえノシメ、涙をのみこんじゃう不器用な泣き虫さんは口の中がしょっぱいかもね

え? どういう意味?

なんでもないよ

それよりも……目の下に、隈が……

プラス ―――
マイナス ―――

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小計 プラスマイナス0


合計 プラスマイナス0
積算 推定プラス5


霊深度 現在???

霊深度≠-8の  「ホントキミ」

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