【ブシリス北方の村 ペル・ヘベット】
【ブシリス北方の村 ペル・ヘベット】
ルシファーは村の前まで女を担いで連れていった。
イシス!?
村の入り口にいた女性が駆け寄ってくる。
どうやらこの混血女の知り合いらしい。
そうか、こいつはイシスという名なのか。
ひどい怪我・・・誰がこんな惨いことを
わからないが、道端で倒れていた。
ヨクモマァイケシャアシャアト嘘ヲツケルナ
犯人はこいつですよ。
と、ダーインスレイブは教えてやりたかった。
貴方は?
通りすがりの旅人だ。それよりこの女を下ろしたいのだが、重くてかなわん
わ、わかった。とりあえず家に
ルシファーはこの女の家に向かった
一軒の家に着き。家の中に入るとすぐにイシスをベッドに寝かせた。
ありがとう。えーと…
ルシファーだ
私はネフティス。イシスをここまで運んでくれてありがとう
君は彼女の家族なのか?
ええ。とは言っても血の繋がりはないけど私たちは姉妹みたいなものかな
意外だった。
このネフティスという女性は普通の人間だ。
混血種は人間、天使両方からの迫害の対象になりやすい、彼女を見ていると混血種であるイシスを大事そうにしているように見えた。きっと慈しみのある人間なのだろう。
う……うーん
起きたイシス?
ハッ!?
イシスはベッドから飛び起きた。
ここは!? あいつは!!!
落ち着いてここ私達の家よ
ネフティス? えっ、え? どういうこと? なんでだって私はさっきまで生贄の祭壇に・・・
この旅の方が運んでくれたのよ
お目覚めか?
あーーー!? あんたは!
落ち着け
えっなに? なんで頭の中にコイツの声が聞こえるわけ!?
テレパシーだ。お前の頭の中に直接話しかけてる。彼女に聞かれては話もできないだろう
一体どういうつもり?
全く、敵意むき出しだな。わざわざここまで運んできてやったのに、あのままあそこで放置しておいた方がよかったか?
うっさい!一体何を企んでる!
勘違いするな別に何も企んじゃいない。
嘘!何を企んでるのかは知らないけど、さっきは油断しただけだから!今度こそ引導を渡してあげる!!!
待て待て、ここでお前が暴れれば、お前の知り合いにも迷惑がかかるんじゃないのか?
ぐっ、人質ってわけ、この卑怯者!
酷い言いようだな、元はお前から先に仕掛けてきたんだろに
黙れ、天使なんか信用できるか!
二人ともどうしたの? さっきから黙りながら見つめあって
テレパシーに集中していてネフティスのことを忘れていた。
な、なんでもないよネフティス。
はっは~ん♪
ネフティスはルシファーとイシスをまじまじ見ながらニヤける。
ルシファーさんって中々の男前よね。イシスがこうも異性の男性を見とれるだなんて今までなかったわ。つまりイシスはこの旅の人に・・・
イシスにもようやく春がきたか
ハァ?
ネフティスは何か勘違いをしていた。
そうだ!せっかくだからルシファーさん今夜うちに泊まっていきません?
ええっー!?
ありがたい、お言葉に甘えさせてもらおう
ええっ―――!?
ルシファーはイシスを介抱したお礼にネフティスから一晩泊まらせてもらうことになった。
夕飯時・・・
イシスの大反対をネフティスに押し切られ、結局一緒に食事することになった。
イシスは黙々と飯を頬張るルシファーを睨み付けながらチビチビとブドウ酒を飲んでいた。やけ酒したい気分なんだろう。当のルシファー本人はそれを気にすることもなくガツガツ飯を食べていた。
しっかし・・・・・・
おかわり頼む
はいは~い♪
おかわり頼む
こいつどんだけ食うのよ・・・
おかわり頼む
少しは遠慮しなさいよ
いいのよイシス。むしろこれだけ美味しそうに食べてくれたら私も作り甲斐があるわ。
それよりもあんた、お酒ばかりじゃなくてご飯もしっかり食べなさい。
今はちょっと食べる気分じゃないの
なんだ、酒ばかりで全然食べてないな
こ、こいつ・・・あんたが私の顔面ぶっ飛ばしてくれたおかげで、歯が折れて食べられないんだっちゅうの!
うるさい関係ないでしょ
さっきまで俺と散々やりあってクタクタだろう。食ってスタミナつけとけ
散々ヤッた!?
言っとくけどあれぐらいじゃ全然疲れてないから。なんならこの後さっきの続きする?今度は私があんたの上ってこと教えてあげる。
さっきの続き!? う、上になる!?
あなたたち、いつの間にそんなに進んでたの・・・
?
?
でもイシスが無事でよかった、私の代わりに行って、もしも天使様の怒りに触れてしまうのではないかって心配で...
天使とは話がついたよ。もう生け贄を捧げる必要はないって
話がついただと? 嘘をつけ、バラバラにぶっ殺してたのはどこのどいつだ?
うっさいな! 黙っとけよ!
ルシファーとイシスの間にテレパシーが飛び交っているのはネフティスには当然聞こえない。
しかし、天使相手に挑もうとするのは勇気があるのか無謀なのか
彼女にも色々事情があるのよ
......
イシスは黙っている。
そう、私には父親はいない。
母だけがいた。
だけど、
その母は10年前に教会の魔女狩りに捕まり処刑された。
そのとき村長から私の父親が天使だということを聞かされた。
若き日の母を複数の天使たちが無理矢理強姦したそうだ。
その時、母は私を身籠ったという。
私は母を強姦した憎い連中のうちの一人の血を引いている。
父親は誰なのかはわからない。
ひとつわかっているのは、私の血には屑の血が流れていることだけ。
だから私は・・・
天使が許せない!
なるほど、そういうことか
ぬぁ!?
頭の中でいきなり話しかけられてビックリするイシス。
ああああああ、あんた……まさか……!!!
盗み聞き…いや、盗みテレパシーするつもりはなかったのだが、今のはお前が悪いぞ。テレパシーで繋がってるって言ったろ?それを忘れて勝手に語り始めるもんだから。
人の過去を勝手にぃぃぃぃ・・・・
覗き見するな!この変態!!!
おい!家の中で魔法は・・・
ぶちギレたイシスはその夜、魔法を放ちまくった。
くーーーくーーーーーzzz
しばらくして、魔力を使い果たしたイシスは疲れて寝てしまった。
ルシファーとネフティスは滅茶苦茶になった家の後かたづけをしていた。
すみません、でもあの子も悪気はないんです
悪気はないにしても殺す気で魔法をバンバン撃ってきたな
え?
ネフティスは驚いた顔をしている。
どうした?
い、いえ、イシスが魔法を使えても驚かないんですね?
旅をしていれば色々なことを経験してきた。混血だろ
そうですか、外の世界はイシスと同じ境遇の人が多いんですね...
ネフティスは悲しい目をしていた。
きっとイシスのことを思っているのだろう。
やはり混血種の彼女は色々大変な想いもしてきたに違いない。
あの子は昔から親もいなくて一人ぼっちだったんです。私を姉のように慕ってくれてます
母親が孕まされて、その母親は魔女狩りで殺されたんだ。子供が背負うには重すぎる過去だ。
そんな世の中が当たり前のように蔓延っているのが、このゼウスが治める世界だ。胸糞が悪い。
さて、そろそろ俺も寝床に入る。
そう言うとルシファーはネフティスの家から外に出ようとする。
どちらに?
年頃の女性が二人いる中に見知らぬ男がいるのは良くなかろう。確か少し離れたところに馬屋があったな。そこを使わせてもらう。
馬屋ですか? あそこには馬はいないものの廃屋になってから全然手入れとかしてないですよ
構わない、寝れればどこでもいい
そう言ってルシファーはネフティスの家を後にした。
ルシファーは馬小屋まで来て中に入る。
中はネフティスの言うとおり荒れてはいたが、寝れなくはない。
ルシファーは藁をしいて横になるとダーインスレイブが話しかけた。
さっきのことまだ怒っているのか?
・・・・・・・・
そろそろ機嫌直せ
フン、別二モウ終ワッタコトダ
ソレヨリナンデコノ村ニ滞在スル必要ガアル。モウ用ハ済ンダロ?
なんでだろうな…何か引っ掛かる
主よ、それはまだこの村に不穏なものがまだ残っていると、そうお考えなのですか?
ああ・・・
ルシファーは違和感を感じていた。
下級天使は死んだのに負のオーラがまだこの村に残っている。
ひょっとしてイシスという混血の女性。彼女の発する微力な天使のオーラが原因ではないでしょうか?
ヤッパリアノ女ヲ殺シトケバヨカッタンダ!今カラデモアノ女ノ血ヲ飲マセロ!!!
それはなしだと言っただろう。
ルシファーは断言して言う。そう、この感覚はあの混血の女じゃない。もっと別の何かだ。
マサカ、アノオテンバ女ニ気デモデキタカ?
それは笑えない冗談だ
その違和感はわからなかったが、明日もう一度生贄の祭壇を調べることにし、ルシファーは床についた。
さぁおいでおいで・・・
・・・・・・・・・・
若い女の血をここに・・・
明朝、
誰かが馬屋に入ってくた。
息を殺し、足音を忍ばせ寝ているルシファーの枕元に立つ。その人物はナイフを持っていた。そして・・・
殺気を感じてルシファーは目を覚ますと、目の前にナイフが迫った。
!!!
ルシファーはナイフをなんとか間一髪で避けた。
ナイフはルシファーの横を掠り、枕にしていた藁を深々と刺している。
チッ!!!
なんのつもりだ...
ナイフ片手に憎しみの視線を送る人物を見て言った。
イシス
・・・・・・・・・・
ルシファーを殺そうとしてきた人物はイシスだった。
ネフティスをどこに隠した!
落ち着け、なんのことだ
しらばっくれんな!
イシスはナイフを振り回す。
お前以外の誰がネフティスを拐うんだよ!
拐われたのか?
ネフティスだけじゃない!村の女達全員だ!
昨晩のうちに誰にも気づかれずそんな芸当ができるのは天使しかいない!
知らん。俺じゃない
しらばっくれんな!天使のやることはみんなそうだろうが!
待て誤解だ。もし俺が女達の神隠しをやった犯人なら、犯人が普通ここで呑気に寝てると思うか?
問答無用!
ほんと人の話を聞かない女だ。
しかたない、また歯が折れるかもしれないが、もう一度ぶん殴っておとなしくさせるか。
ルシファーはカウンターを狙うように右腕のガントレットでイシスを殴ろうとする。
しかし、ルシファーの拳はイシスの顔面の前で止まる。
フフン!
なに?
よく見ると自分の腕には糸が絡み付いていた。
同じ手が食らうと思った?御生憎!
イシスはそう言うとルシファーの顔面をぶん殴った。天使の血を引いてるだけはある。女でありながらも人間よりも腕力がある。
昨日のお返しだ
拳をつきだしたままイシスは言った。
しかし、ルシファーはそれをまるで蚊に刺された程度にしか感じていなく。平然としていた。
その程度か?
くそ!これも効かないのかよ!
イシスはナイフに切り替えて攻めに入る。ルシファーは絡み付いた糸に苦戦しながらもナイフを避け続けた
鋼鉄線か、厄介だな
絡み付いた糸は丈夫な鋼鉄線でできていて、中々に強力に絡み付いていた。
しかも昨日鎖をぶち切っられたことを学習したようで、御丁寧に鋼鉄線に硬化の魔術も編み込まれている。これを引き千切るのは手こずりそうだ。
だが、ルシファーはこんなことをしている場合ではないと思っていた。
一晩で村の女達全員を、誰にも気づかれず連れ出すことなんて普通はできない。もしもできるとすれば天使しかいない。
てやあああああああ!!!
現にこのイシスという女だけ無事なのは、きっと魔法に対する抵抗力があったからかからなかったんだろう。
うりゃあああああああ!!!
もしや天使は他にもいるのか、いやそれしか考えられない
となるとあの祭壇が怪しいか・・・
そいやあああああああ!!!
はぁ、はぁ・・・くっそ、なんで当たらないの!?
それを頭に血が昇っているこの娘に説明しても聞く耳持たないだろう。そして俺の予想が正しければ、拐われたネフティスと他の女達の命が危ない。
しかたない、魔力の消費が激しいが時空間転移魔法をするしかないか。
ルシファーはイシスを相手にせず、時空間転移魔法を発動させると、黒い羽根を周囲に撒き散らして忽然と消えた。
なっ!?
困惑するイシスを余所に、ルシファーは生け贄の祭壇に向かった。
主よ、祭壇のほうで禍々しいオーラを感じます。
ああ、そうだな。生け贄の儀式はまだ終わっていない