第5話 緊張

 清水達と遊園地に遊びに行くことが決まってからの数日間、僕にとっては憂鬱な日々が続いた。放課後を自分の自由にできないストレスを感じていた上に週末まで一緒に過ごす事に嫌気が差していたので、意地を見せるため生徒会活動からの脱走を何度も試みた。だけどそれは全て失敗の繰り返しで時間だけが過ぎて行った。

 そして週末の土曜、待ち合わせの駅前に行くと清水が既に待っていた。

やあ松君有り難う来てくれて、今日は敵前逃亡はしなかったんだね

いや清水君たちが特に仕事も無いのに帰してくれなかっただけでしょ?

いゃーまあいいじゃないの、細かいこたあどうでもいいんだよ!


 プライベートの尊重は細かくないと思うんだけども。
 その数分後田中さんと梶本さんが一緒にはしゃぎながらこちらに向かってきた。

お待たせーさあ行こうか

もう~今日本当に楽しみにしてきたんですよ!

 清水に対してはハイテンションで梶本ははしゃぎまくっていた、まあ僕の事はどうでもいいようで眼中にないって感じ、そんなにあからさまに無視しなくてもいいと思うけどね。

 4人で駅の改札を通りタイミング良く来た電車に乗り込む。だけど梶本さんの表情は清水と話す時この前のファミレスの時と変わらず表面的なまま、口元の端が微妙に強張っているような感じだな。

 まあ、僕にとって今日集中すべきところはどのタイミングでこの前話し合ったアドバイスを切り出すかだな、しかしこんなガン無視状態で俺の言うことを聞いてくれるかな?などと一人で真剣に考えるといつの間にか田中さんがちょっと距離を開けて小声で話しかけてきた。

今日は遊園地で遊んでからホテルのレストランの個室で食べる事にしたから、そこで話せるようにしたけれど良いかな?

成る程考えたね、そこなら周りをきにせず話せるしね、有り難う

こっちこそ、今日は私の友達のために有り難う

 そう言って少し微笑んだ彼女の顔を見たとき少しだけ気持ちの緊張が解れたような気がした。

 そんな感じで、1時間後電車は、遊園地にのある駅に到着した。

うわ~久しぶりだあ、なんかうれしい!先ずはどれからにする?やっぱりこの前TVで紹介された宙吊り海底コースターにする?


 田中さんは今にも行列の方に走り出しそうなくらい興奮していた。
 僕はそんなの乗ったら後が怖かったので、少し抵抗してみた。

でもさ、いきなり宙吊り海底コースターは怖すぎだから、メリーさんゴーランドとか?

ええ~?そんなのつまんないなあ


 その声は予想通り軽蔑の眼差しを向けた梶本さんだった。

まあ、こう言うのは女性が決めていいよ、なあ松君?

えっうんそうだね

それなら、まじかるじゅうたんがいいなー


 と言ったのは梶本さんだった。

エッ


 僕はかなり焦った、なぜなら三半規管が超弱いから。この手のぐるぐる回転するやつは直ぐに気持ち悪くなる。嫌だ!それは絶対避けなければ。

あ、それなら僕はここで見てるから、三人でいってきていいよ。


 そう言うと田中さんが、

ええ~松くんがいかないと、つまんないよ~怖いの?大丈夫私が隣に付いててあげるから。

 それは、別の意味で困るんだと心のなかで叫ぶ。どうしよう最初から梶本さんの機嫌を損ねるのもあれだし、しょうがない乗り込むとするか。なんだか子供の頃嫌いだったピーマンを生で食事の初めに食べさせられるような感覚だ。

 そして行列に並んでから10分後、僕達はその奇妙な鉄鋼製のじゅうたんに乗り込み、その物体は直ぐに左右にくねくねと気持ち悪い動きを繰り返し始めた

うわ~~楽しい!!!最高!!

最高~~~!

もうだめだ~~!ぎぼじわるい~~うえ~

……

この恐ろしい苦行が終わった後僕は猛ダッシュでトイレに駆け込んだ。

トイレに駆け込んだ時幸運にもトイレは人がまばらだったので、直ぐ傍の洗面台に顔を近づけると良く知っている男の後姿が鏡に映っているのが見えた、清水だった。

 なんだ、あんたも苦手ならそうだと言えば良いのに、結構意地っ張りなんですね

 トイレから出た後、田中たち女性陣は待ちくたびれたようでパフェにかぶりついていた。田中は僕に半分食べろと口元に近づけてきた。あの今まで気持ち悪い状態だったからそれは無理なんだけど、心の中で叫ぶ。

はい!ど~ぞ!!

あの~……

……

いや~パフェ大好きなんだよね!頂きま~す

いゃー爽やかなラズベリーソースが気持ち悪い~~

 その後、流石に海底宙吊りコースターは3Dだから遠慮する事なった、メリーさんゴーランドで羊型カートをぬるく楽しみながら落ちた体力の回復に勤めていると清水が明らかに疲労を隠せない表情で近づいてくる、僕は少しニヤついて、

なかなかお楽しみ頂いたようで


 と皮肉った。

田中、次を覚えていろーフフフ

 うわ~復讐モード全開で独り言言わないで!真っ黒の清水さん怖いんですけど。
 その後、いくつかのアトラクションを回り昼食をはさんだ後、清水の計画という名の計略に従い女子陣をお化け屋敷に誘い込んだ。

じゃあ、ここは男同士女同士で分かれて時間差で入らない?

ええ~みんなで一緒がいいよ~

 女子陣は一斉に反発。そこを何とか押しとどめ早足で僕は言われるままに清水に手を引かれ中へ入っていった。

あの清水君

何?松君

あのさ、手を

あっそうか、ごめんははは

 さり気無く手を取り、しかもそれに全く違和感を感じないで手を引かれている僕って。しかしこの主導権のとり方の上手さは才能だね。

 お化け屋敷の中で僕と清水は、ロクロ首を眺めながら薄くらい江戸時代もどきの歩道を歩いていた、
 その時、遠くからぎゃあああああ!!と叫び声が聞こえる、田中さんだと思う。
そして、続く梶本の声 ひえええええええ!!うわー怖いよ~~

あの声は田中だな、ふふふ 今日宙吊り海底コースターで、3Dメガネを逆向きに取り付け俺の事を馬鹿にした制裁だ思い知ったか フフ、フフフフ、田中、聞こえていたら君の生まれの不幸を呪うがいい、君はいい友人であったが、君の父上がいけないのだよ。フフフフ、ハハハハハ

え?何それ?父上?何いってるの、清水?ダイジョウブ?

ハッハハハハッ~


 その次の瞬間、ドゴッ!!!!という鈍い音がして何か大きなものが清水の頭をクリーンヒットした。
 もちろんその何かは田中のバッグだった。いや~あの距離からすごいコントロール!

 その直後、後ろから田中が僕にしがみつき清水に向かって

お前に私の生まれの不幸を呪われたくはないわ!!ボケ!私の父さんがあんたに何かした?バカ!!

ええっ!田中さん、あの、その、ちょっと困るんだけど

ごめん!!だって、だって怖いんだよう~本当に~、だから入りたくなかったんだ~くそう~ゲス海のやつ、うう、お願いせめて出るまでこのままでいて


 顔が紅潮してくる、でも正面じゃないから、目の前がモノクロにならないいや、元々薄暗いからモノクロになっていようが、分からない。
 まあしょうがないか、あれ?なんかこの感覚どこかで、覚えているような、でも良く分からないな、なんだろう?このデジャブみたいなの?そう思っているとお化け屋敷はもうゴールに近づいていた。

 建物の外に出ると、外は夕暮れになっていた。さっきまで行列で溢れていた人気アトラクションの前も人がまばらになっていた。

ああ、もう暗いね~

今日は楽しかった~最後は怖かったけど~今日はみんなありがとう!あと清水君、今度はさ


 そう言われると、清水はお得意のはぐらかしで、

ああ、そうだね~そうだ!まだ、楽しみは終わってないよ


 と言って話を上手くそらした。
 田中もその言い回しに続いて、

怜奈、今日時間ある?実はホテルの個室に食事用意してあるんだ~


 と上手く言い添えた。

えっ?どこのホテル?

明治ホテルだよ

ああ~あそこ美味しいよね!!いくいく!!さすがはなは良く知ってるね~


 遊園地を出て、門の前で客待ちをしていたタクシーに乗り込んだ。ホテルに到着しフロントまで行くと別室に通された、僕は目の前に広がった光景に息を飲んだ。

うわっすごい!


 思わず、僕の口からはため息が漏れた。

いや~こんなすごいもの食べれるの!!すごー


 そんな姿を見て梶本は

まあ、あなた程度の家庭では、10年に一回ありつけるかどうかのものだものね


と冷ややかに言い放った。

 僕は一瞬ムカッと来たが後々の事を考え黙っていた。
 田中はそんな空気を察したか、

まあまあ、とにかく食事を楽しもうよ~!あたし、ステーキ最初にたべたい!


それには清水がすかさずつっこみを入れる。

いや、田中、コース料理だから最初はサラダだろう

あっそうか、へへへこれはすいません


 こんなやり取りがあり、空気を和らげてくれた。
 そして僕らは前菜から始まる、洋食風の前衛料理のようなものを食べていった。食事中清水はどういうわけか、海外の食事マナーや各国の食文化について詳しく語りだし、その知識量に僕はただ関心するばかりだった。
 そしてメインをほぼ食べ終わりスイーツが出てきたところで、僕は思い切って3日前生徒会室で合意したように僕の考えを梶本さんに言ってみようとしたが、何もかもが初めての事でうまく言い出せないでいると、田中が僕の様子を察して助け舟を出してくれた。

あのさあ、怜奈実はちょっと、話したい事がっていうか提案みたいなのがあるんだけど聞いてくれるかな?

え、何~はな~そんな改まっちゃって~

うん、あのね、実はね、前3人で怜奈の清水に対する気持ちって本当にいいな~って話が出てね

えええ!!はなあ~いっちゃたの?みんなに~いやだ~信じられない!

ごめん、でも、ここにいる松君も私も、ぜったい上手く言って欲しいと思ってるの、だから、あのひとつ提案があってね

え、何?その提案って?

うん、あの、あのさ、怜奈とお父さんの事、あの


 もう田中さんは顔が緊張して言葉がでなくなっているようだ。

 ここで、僕がいかなきゃだめだ。

か、梶本さん


 梶本はやや低い声で無機質な感じで答えた。

何?

あのさ、僕、君の事、田中さんから聞いたよ、お父さんと上手くいってないんだってね、


 梶本は僕に予想外の事を言われたらしく、驚愕すると同時にその表情には怒りの感情が満ちていた。両方の手の平が力強く握り締められていた。

それが、どうしたっていうの?松川君が、私と父の事をとやかく言うのと私の、清水君への気持ちと、どっ、どういう関係があるのかな!!

わかるんだ、僕も、僕の親父も君の父親と同じように、いろんな女の人と一緒にどこかへ行ったりして、それを母親が探しに行って小さい頃からだれもいない部屋で夜中まで一人ぼっちで、待っていた

だから、うまくいえないけど、そんな状況が続くとなんていうか、異性と付き合うって本当にいいことがあるのかな?なんて僕は思えてきて、だけど、梶本さん清水と付き合いたいってのはいいと思うんだけど、自分の身近な存在の異性の お父さんとの気持ちがはっきりしてから、清水と付き合ったほうがいいと思うよ。あと、これも僕の経験だから、あてにならないけど、僕親父の事前殴ったんだ、まるで布団をはたくように、平手で思いっきり感情をこめないで、ひっぱたいたんだ。そしたらその後、しばらくして浮気していた3人の女の人と全部別れてくれたよ。もちろん自分の経験からの話だけにすぎないけどね


 しばらく沈黙が続いた。ホテルの高級な柱時計の秒針の音だけが耳に響くように聞こえていた。ああああ~もっとかっこよく言いたかった~~ダセ~何言ってるんだ俺?正真正銘のヘタレじゃん、かっこ悪る~

 そしてしばらくの沈黙の後彼女は、
 

それで?


 と冷たく言い放った、そして続けざまに
 

あなたみたいな、不細工で女の人には縁も無い人に、私の気持ちが分かるの?小さい時から、父はいつも家にいなかった、勘でわかった他の女の人と一緒にいるって。それを考えただけで気持ち悪くて近づくのも嫌だった!でも友達の家に行くと優しい両親がそこにはいて羨ましかった。気持ちなんか信じられない、だからせめて目で確かめられる清水君みたいなかっこ良くて確かな感じの人と一緒にいたいと思った。だから、清水君が好き、それにあいつの前で冷静でなんかいられない!あなたなんかに私の気持ちが分かるわけが無い!バッカじゃないの!つまんない!もう帰る!


 そう言うと、梶本は席を立ち足早に立ち去っていった。

 その後、その場所での残された時間が3倍にも遅く感じられた。

ごめん、僕の案はやっぱり失敗だったね、本当にごめん

しょうがないよ、松君は怜奈の為を思って言ってくれたんだから、私からは何とか言って取り成しておくから、大丈夫、ねっ!元気出して、せっかくだから残りの食事たべちゃおう

うん


 緊張感から開放された妙な安心感と、自分の気持ちが伝わらなかった失望感がない交ぜになりその後の食事は全然楽しめなかった。

 電車で帰途につく途中、清水と田中さんはそれぞれ乗り換えの駅で降りていった。二人が降りて行った後、目の前の空いた席に一人座って考えた、これで良かったのかな、結局僕の独りよがりだったかのかも知れない、ああやっぱり僕は駄目だ。家に帰ってからもそんな否定的な考え方から逃れられない状態のまま週末を過ごしてしまった。

 それから、数日は佐藤真のフェレット逃亡の件以外大したことも無く過ぎていった、まるであの週末が無かったかのように。

 そしてそんな感じで学校生活を過ごしていたある日、田中さんが血相を変えて生徒会室に飛び込んできた。

松君!!!!大ニュースだよ!!

どうしたの?いきなり?


清水がにやけて、何か閃いたらしく、

そうか、田中!お前の実家の家業が倒産したか!とうとう!


と爽やかな笑顔で応じた。
 ボコ!!田中さんのバッグが清水の顔面にクリーンヒット!
 清水が顔を抑えてウズクマル。友よ何故そこまで、おちょくり道を極めようとする。でも確かに面白いけどね。

アホ!お前とそんな事言ってる暇はないわい!


 そう言うと田中さんは僕に振り返り早口でまくし立てるように話し出した。

松君、この前の怜奈の件あれね、今日彼女と話をしてね、どうやら怜奈松君の言ったとおりお父さんの事ひっぱたいたんだって、おもいっきり無表情で、そしたらね数日自分の部屋に閉じこもってその後部屋から出てきて手をついて謝ったんだって。そして目の前で浮気相手に電話して別れ話をしてスマホの女性関係のデータを全部消去してくれたんだって!

そうなんだびっくりした、でも本当に良かったね

うん遊園地の時一時はどうなるかと思ったけど、玲奈のお父さん真剣に謝ったって、自分の娘に無表情に叩かれたのはこたえただって、まだどうなるか分からないけど取り敢えず暫定的に許してやることにしたって

そうか、でもこれで梶本さんの件は解決だね

だけどね、ちょっと気になる変化かあったんだよね

どうしたの?

いゃー良くわからないんだけど、松くんの事いろいろと聞かれる事が多くなったような感じがするんだよね、何か自分で言っててだんだんムカついてきた!

はぁ?なんで?

わからない!!


 その時ドアが勢い良く開けられ梶本が入ってきた、前と同じように元気良く。

こんにちは!


 でもひとつだけ違っていたのは、その視線は清水ではなく僕に向けられていた、おい何か見られてるよ、じーっと!怖いよ~

彼女の表情を恐る恐るもう一度見る、

え!


 その表情から、彼女が何を考えているか大体分かった、でもまさか信じられない!
そして次の瞬間彼女が、近づいてきた。

この前は本当にごめんなさい、あんな態度を取って、松川君の言うこと本当だった、そして本当にありがとう

いっいいよ、そんな事、でも、よかったね

今まで、松君みたいに本音でぶつかって言ってくれる人いなかった


 笑顔がやや赤みを帯びてくるのがよくわかる。

あと、これ、この前のお礼もしよければ受けとって


 そう言って渡された箱を見ると、小さな鍵が入っていた

これは


 良く見ると、箱には僕のイニシャルが彫ってある鍵が入っていた。
 鍵を僕に手渡すと彼女は生徒会室の窓まで僕をひっぱっていき、窓から自転車置き場を見るように促した。外には、高級そうなスポーツバイクが置いてあった。

松君の自転車ちょっとお疲れぎみそうだったから、これが今のところ私にできるお礼。どうかな?気に入らなかった?

いや、すごいうれしいよでもいいのかな、こんなものもらってなんか鍵だけみても高級そう高かったでしょう?

ううん全然、気にしないでたいしたことないから、それとお願いあるんだけど、ちょっとメガネとってくれる?

え?そしたら殆ど見えなくなっちゃうんだよね


メガネも新しいの買ってくれたのかな?まさかね。

だから都合がいいの!


 次の瞬間、頭が真っ白になり頭が混乱して状況が全く理解できなかった。
 ただ彼女が僕に抱きついてシャメを撮っている事だけが理解できてきた。
状況が読めてくると自分の顔が紅潮してまた訳が分からなくなってきた。

へへ~、メガネ取ると、結構かわいい顔してるじゃんじゃあね~またねこうき~


 そう言って怜奈は立ち去りドアが閉められると、そこには微妙な雰囲気に取り残された3人。
 珍しく呆然としている清水、既に顔が真っ赤に別の意味で紅潮している田中さん、口が真一文字に結ばれている。ピコピコハンマーの根元が、ああ折れている。

 清水がこの沈黙に耐えられなくなったか

いやー松君、その自転車調べたけど、見てよこれ

68万、なるほど、お金持ちのたいしたことないっていう意味が良く分かったよ


その時後ろで、バコッっていう音と共にピコピコハンマーが破壊された音が聞こえた。ああ、僕が何をしたっていうんだろう、しかもいつのまにか清水はいないし。

 すまん、同志!時には見捨てなければならぬ時がある!生徒会室の外で、清水はつぶやく。

松君~~ちょっと聞いていいかな~~

あ、あの、それ以上近づかないでああ目の前がモノクロに

なるわけ無いでしょう!!!!さっき怜奈とあんなことしても大丈夫だったんだから!!!!


 うう~~んん、撤退!僕はドアを開けると、生徒会室を勢い良く飛び出していた。
幸い高性能の自転車で逃げられる!とその思いだけで、自転車置き場まで降りてきた、だけどその自転車は、既に無かった。

あの~やろう~~~てめ~清水逃げるなっていうか、お前バス通学だろう!!どろぼー!!!せめて俺を置いてくな!!


 その時、後ろから気配を感じた、ああ表情を見なくても分かる。そうか、今日は仏滅だった。後ろを振り返る、顔を真っ赤にした田中がいる、息をゼエゼエしながら近づいてくる。 ああわかったよ、モノクロでも何でも、でもせめて保健室までは運んでね。

 自転車を止めて後ろを振り返ると、校門で田中が松川に抱きついている光景を見ながら俺は堪え切れない笑いをかみ締めていた。

そうだやっぱり、田中には松川だよね、なんせ6年も待っていたんだから


 でも、やっぱり駄目みたいだな。もう倒れこんでいる、さあて戻って松君保健室まで運んでやるか。それにどうせまた明日から、訳分からない案件がまた舞い込んでくるから、彼の体力も温存してやらないとな。

 そう言って、俺は自転車を校門に向けて漕ぎ出そうとするとスマホが鳴った。

はい

佐藤だ、松川は元気でやっているか?

ええ、ようやく慣れてきた感じですね

そうかそれは良かった、しかし話は変わるがこの前俺の机においてあった領収書、あれはなんだ?全部で45万とあるが

まあ、今回どうしても必要経費が重なりまして

バカもん!!おまえ、1ヶ月で1ヶ月半の経費を使い切るとはどういうことだ!

まあ、そういわず梶本玲奈の件解決しましたから、理事会にも報告は先行でしておきましたよ。優先事項だったんでしょう? よかったですね、献金額が4番目に多い梶本玲奈の両親が離婚にならなくて、離婚になっていたら母親の郷里に怜奈も引越し転校となっていたでしょうからね

まあったっくお前という奴は、可愛いげのないやつだ。まあいい今月の経費については、俺の方からも上手く言っといてやる。だがあまり無駄使いは勘弁してくれよ本当に

それよりも先生、何か用件があってかけて来たんじゃないですか?

ああ?そうだ忘れるところだった、実は白石菜月の件だがこの前とうとう両親が打つ手が無くなって理事会を通じて私のところにお鉢が回ってきた、悪いんだが人数も増員したことだし取り掛かってくれないか?

はいはい、了解です


 そういい終わると俺はスマホを胸ポケットにしまいこみ、

まあ人使いの荒いことだ


 そう俺は独り言を言うと自転車を学校へ向けてこぎだした。

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