鷹邏

ふあぁぁ……。今日も天気がいいねぇ。

 リフィーが鷹邏からの問いを抱えてから二週間。
 彼女はいつも通り一生懸命に店で働いてくれているが、休憩時間には難しい顔で何かを悩んでいる。
 あんなどうでもいい問い、さっさと放り出せばいいのに。別に、わからない、や、適当な答えを口にしても構わないのだ。元より、鷹邏の望む答えを持ってくるとは思っていないのだから。

鷹邏

……。

 けれど、何だろうか……。
 彼女を見る度に、胸の奥で微かにざわつくこの気配は……。答えなどない。それは確かな真実だ。
 愛のない戯れから生まれた者の戯言など、受け止める必要は。それなのに、何故か……、彼女の中で生まれてくるかもしれない答えに対して、鷹邏は期待のような感情を抱いている。
 それがどんな答えにしろ、彼女の口から紡がれる答えを聞きたいと、そう望む自分がいるのだ。

リフィー

鷹邏さ~ん!! おはようございます!!

鷹邏

おや、今朝はいつもより早いね? まだ誰も来てないよ?

リフィー

良いんです!! 鷹邏さんだけに聞いてほしかったので。

 という事は、何か答えのひとつでも得てくる事が出来たのか?
 鷹邏が縁側に座ると、庭に生えている薄桃色の愛らしい桜の木の下に、少女は立った。
 そして。

鷹邏

り、リフィーちゃん?

 突然、自分に向かって礼儀正しく下げられた雛鳥の頭。彼女は下を向いたまま、大声でこう言った。

リフィー

鷹邏さんから頂いた問い。何日も沢山、沢山、考えましたっ。でも……、答えは、見つかりませんでした!!

鷹邏

……そう。

 素直で正直なのは、この子の美徳だ。
 だが、……鷹邏の心には、冷たい風が吹き込み始めた。考えても、考えても見つからなかった答え。
 責める気はないはずなのに、心の奥では失望を覚えている。

鷹邏

ごめんね。何日も悩ませちゃったみたいで。俺の言葉は気にしなくていいから、

リフィー

でも!! 答えは見つけられませんでしたけど、……願いは、出来ました!!

鷹邏

は? ね、願い?

リフィー

はい!! 元々私の言い方が悪かったんだと思うんですけど、確かにこの世界には、色々な事情の許に生まれてきた人もいると思います。それは、動かせない事実で、人は自分で自分の生まれを決める事は出来ません。

鷹邏

うん……。

リフィー

でも、そこから歩んで行く道は、自分の人生は、自分の手で掴んでいけると思うんです。

 ひらひらと舞い散る桜の花びらを受けながら、少女の笑みが深まっていく。

リフィー

だから、勝手な事かもしれませんけど……。

リフィー

いつか、歩んで行くその道のどこかで、その人達が一緒に幸せな愛を育める誰かと出会えますように、と、私はそう願い続けます。

 夢見がちな、ありきたりな答えだと。
 何故、そう思えなかったのか……。
 まるで、天から遣わされた桜の精のように愛らしく微笑む彼女の存在に、その祈りの心に、鷹邏は予想外にも強く惹きつけられてしまった。
 何日も、何日も、一生懸命悩んだ少女。
 店の子達からも、彼女が一人で云々と悩んでいる姿を見たと、よく聞いていた。
 恐らくは、暇があればずっと鷹邏からの問いを考え続けていたのだろう。
 そして、正解のない答えの代わりに、彼女は願いを携えて戻ってきた。

鷹邏

……ずっと、それ、考えてたの?

リフィー

はいっ。というか、実際は……、もっと早くに答えはない、って、とこまでは辿り着いていたんですけどね。

鷹邏

……。

リフィー

だって、答えって、人それぞれじゃないですか。誰かが出した答えが自分の答えとは限らない。それを掴む為には、自分で考えて、自分の心が納得出来る答えまで歩いて行かなきゃいけないから、って……。

鷹邏

その掴んだ答えが、雛鳥ちゃんにとっては、『願い』、だったわけ、か。

リフィー

はい……。でも、出来れば私も、誰かと誰かのご縁が結ばれるように、そのお手伝いを出来る存在になれたらな、と、そう思いました。

 まだ何も知らない子供だと思っていたが……、彼女が辿り着いた答えのひとつは、鷹邏と同じだ。
 他人の答えに意味はない。
 指針や参考にする事は出来ても、自分にとって意味があるのは、自分の心が出した答え唯ひとつ。
 そして、そこに願いという名の答えを持ってきた彼女の純粋な心根の在り方が、鷹邏にとっては、とても心地良くて……。
 縁側から腰を上げ、桜の木の下で佇んでいる雛鳥の頭をくしゃりと、優しい手つきで撫でてやった。
 

鷹邏

君の願いが、世界中の人々に届きますように……。

 柄にもなく、心から、鷹邏はそう願った。
 愛は腐る。しかし、そう諦めて背を向けてしまうのは、きっと生涯の孤独を自分で約束するようなものだ。愚かだと言われても、あの本の作者のように、人は、心を抱く生き物は、その一生を懸けて……、唯ひとつの愛を、幸せを探す旅に出る。
 愚かだが、愛おしい存在……。
 それが、この世界に息吹く生命そのものだと、鷹邏は改めて、新しい気持ちと共にわかった気がした。
 彼女のように、誰かの幸せを願うお人好しがいるように、この世界のどこかでは、一瞬一秒の間に、沢山の愛が生まれているのかもしれない。

鷹邏

よく出来ました。俺の雛鳥ちゃん。

 その時初めて、鷹邏は彼女を、『俺の雛鳥ちゃん』と無意識に呼んでいた。
 きっかけのひとつにしか過ぎないが、この日を境に、彼は自分が否定し続けた愚かな愛に、転がっていく林檎を追いかけるような心地で、堕ちていった。

リフィー

そ、そんな事、で……?

鷹邏

みたいだよ? 俺が意地悪で出した問いを一生懸命考えて、最後にはそれを願いに変えちゃった女の子に、お兄さんは予想外にもくらっときちゃいました、ってね。

リフィー

……。

鷹邏

あ、今、俺の事、なんて単純な人だろう、とか思った? 思ったよね? 現在進行形でがっつりと。

リフィー

い、いえ、そういうわけじゃなくて……。あれ、私の自己満足な答えだったんですよ? 世界中の皆さんが幸せになりますように、なんて、誰でも願う事というか、ありきたりすぎて……。

 三百年以上の時を生きている、というか、自分よりも年上の男性に対して、あんな子供騙しな答えを持っていった自分の残念さに赤面してしまいそうなのに……。鷹邏はちょん、と、リフィーの唇に指先で触れると、額にキスを落としてきた。

鷹邏

確かに、子供騙しの答えだろうね。言葉だけ見れば……。でも、君が懸命に考えていた時間も、俺の問いに真剣に答えようとしてくれた姿勢も、誰かの為に願うその純粋な心根の在り方も、俺にとっては眩しいものだったんだよ。

リフィー

で、でも、でもっ……。

鷹邏

そ・れ・に、言ったでしょ? あくまできっかけのひとつだって……。この想いを育てたのは、毎日を一生懸命に走り続けてきた君の姿。気が付けば堕ちていた、な~んて言葉がしっくりくるくらいに、ね。

リフィー

鷹邏さん……。

鷹邏

だから、借金の肩代わりの事は忘れて、俺の事……、真剣に考えてくれない? 君のお婿さんになりたがってる、一人の男の存在を……。

リフィー

……。

 見下ろしてくる、蕩けそうな愛情の籠った眼差しに、リフィーはどう応えていいのかわからない。
 ただ、鷹邏といると、胸の奥がどんどん騒がしくなって、背中を撫でる大きな手のひらの感触が、うっとりとする程に心地良くて……。

リフィー

……。

 形になりかけている感情に名前をつける事も出来ず、リフィーは鷹邏の胸に顔を埋めたのだった。

リフィー

はぁ……。

 それから数日後、リフィーは茶屋の店周りを箒でせっせと掃いていた。
 借金の事、侯爵の事、鷹邏の事、これからの事……。自分に問いかけるこれからの道は、正しい道をわかっているのに、そこへ歩みだせない自分との葛藤となっている。
 侯爵の許に向かい、花嫁になってしまえば……、鷹邏とはもう二度と、会えなくなる。
 鷹邏を選べば、貴族の立場を利用した侯爵が何をしてくるかわからない。
 迷惑をかけたくないと思っていた人に、二重の意味で自分が重荷となってしまう事を思うと……。

リフィー

鷹邏さん……。

 今は店の中で客人の相手をしている頃だろう。
 あと一時間もすれば、また、リフィーを連れて昼寝の時間をとるはずだ。
 これが、日常のようになっているのもまた、彼女にとっては悩みのひとつ。
 鷹邏と過ごせば過ごす程に、彼の存在がどんどんリフィーの中で大きくなっていって……。
 今では、離れている間もあの温もりが恋しいと、そんな感情を抱くようになってしまっていた。

お邪魔いたします。 

リフィー

あ、あの、店の入り口は表側なんですけど……。

 突然、店の裏手側の門から入ってきた和服姿の女性に、リフィーはきょとんと首を傾げた。
 とても美しい……、三十代半ば程に見える女性だが、こういうタイプの人が茶屋に訪れるとすれば、それは鷹邏に用がある場合だ。

リフィー

とても綺麗な人……。

リフィー

……何だろう、この気持ち。胸が……、ムカムカする。

 この三年間、よくあった光景のはずだ。
 鷹邏目当ての美人達が、土産を手に茶屋を訪れる事など……。けれど、今は何故か、胸の奥がチクチクと痛む。

リフィルナさん、ですよね?

リフィー

は、はいっ。リフィルナは私ですけど……。

これを、我が主から預かって参りました。どうぞお受け取りください。

 リフィーの手に握らされた綺麗な赤い宝石……。
 まるで、血のように赤い……、何故か、毒々しく感じられる、不思議な色合いの石。

リフィー

あ、あの、どちら様からの贈り物でしょうか……?

紅貴妃(こうきひ)様からの贈り物です。御子息様がお世話になっておられますので、是非にと。

リフィー

御子息?

それを、決して手放しませぬように……。

リフィー

あ、あのっ!!

 突然巻き起こった突風の向こう側で、見知らぬ女性はどんどんその姿を薄くしていってしまう。
 与えた宝石を、決して手放さぬようにと、誰にも、見せぬようにと、そう微笑みながら、彼女の声だけが、何故か鮮明に聞こえてくる……。

リフィー

……。

 突風が収まると……、もう目の前には誰の姿もなかった。しん、と……、奇妙な静寂だけが、落ちる。
 リフィーはぼんやりと辺りを見回し、首を傾げた。

リフィー

あれ……、今、私……、誰かと話をしていたような気が。

 箒を手に、リフィーは手の中の宝石に視線を落とした。これは、……何故、自分の手にあるのだろうか?
 何も思い出せない……。何も、何も……。
 ただ、持っている宝石を失くしてはいけないと、誰にも見せてはいけないという奇妙な思いが頭の中をぐるぐるとまわって、リフィーはスカートのポケットへと宝石を仕舞った。

リフィー

……戻ろう、かな。

 自分が仕舞った宝石を与えた贈り人の名も、それがどういう物であるのかもわからないまま、リフィーは茶屋の中へと戻って行ったのだった。
 ――これから何が起こるのかも、知らないまま。

14・一途な想いと訪問者(※光効果注意)

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