貴族の男

あの……、鷹邏が、ねぇ……。何を考えているのかは知らないが、人の物を横取りするのは、盗人のする事だ。そうだろう?

その通りでございますっ。侯爵様の花嫁を、たかが茶屋の主人如きが買い攫うなど……、身の程を弁えぬ悪行っ。このままにはしておけませんっ。

 まだ起き上がる事は出来ないが、はっきりと意識を取り戻した元花婿が、暗くなってゆく窓の外をぼんやりと眺めながら家令に同意を求めた。
 愛らしい原石を揃えた茶屋の主人としてだけではなく、鷹邏は世界中を旅しながら様々な経験と話を得てきた面白い男だ。
 侯爵も興味本位であの茶屋には何度か足を運んでいたが、なかなかに、侮れない男だという事はわかっている。その鷹邏が……、よもや自分の婚約者を、花嫁を掻っ攫って行くとは。腹立たしくもあり、また、面白い話でもあった。

貴族の男

困ったねぇ……。あの子は、リフィルナは、私にとって魅力的な原石だ。前に磨いていた原石とは違い、きっとさらに美しく輝くはずだ。

仰る通りでございます……。侯爵様の手で磨かれた原石は、永遠に輝く唯ひとつの宝石となるのです。リフィルナ嬢も、侯爵様の許に戻りたがっておりましたからね……。

 原石……。鷹邏が愛らしい少女達を雛鳥と呼ぶように、侯爵もまた、独自の考えと嗜好により、女性の事を『原石』と呼んでいる。
 何者にも穢されていない、彼だけの煌めき……。
 気に入った原石を傍におく度、侯爵はその手で彼女達を愛で、磨き上げてきた。
 最も気に入っている原石は妻とし、その煌めく様を見つめ続けながら……。
 やがてこれ以上は輝きを出さないと、美しくならないと知ると、――同じ事を繰り返す。

貴族の男

弱くなってきたね……、これも。

 侯爵が自分の胸元に視線を落とし手に取ったのは、家令に言って持ってこさせた、紫色の淀んだ石のあしらわれたネックレス。
 最初はあんなにも輝いていたのに……、徐々に輝きを失い、くすんでいった宝石。
 そろそろ新しい物が必要なのだ。
 誰にも負けぬ、一際美しい輝きを放つ、彼だけの宝石が。

貴族の男

鷹邏の事を、詳しく調べてくれるかな? あれが隠している全ての秘密を、私が手に出来るように……。

かしこまりました……。

 侯爵という貴族の立場を使ってリフィーを取り戻す事も出来るが、それではあまり面白くない。
 寝台の人となっている侯爵は手の中にネックレスの宝石を握り込むと……、その内側で、鈍く何かが割れる音が響いた。

リフィー

ん……。

 暗がりの中、リフィーは心地良い温もりの中で目を覚ました。がっしりと誰かに抱え込まれているような感触……。あぁ、そういえば。

鷹邏

……zzz。

 侯爵家の家令が帰った後、鷹邏の自宅に放り込まれ……、ちょっと? いや、かなり、口では言えないお仕置きを受けてしまったのだった。
 それは恐怖による支配ではなく、鷹邏がどれだけ自分の事を本気で愛しているのか、それを思い知らせてくるかのような触れ方ばかりで……。
 一言でいうと。

リフィー

は、恥ずかしすぎて死ぬかと思った……!!

 茶屋の主人の本気を見た!!
 いや、もしかしたら、まだまだ序の口かもしれないが、リフィーを懲らしめるには十分過ぎるほどのお仕置きだったのだ。
 そして、一旦店に戻る事になった鷹邏からこの部屋での反省を言い渡され、リフィーは暫くの間一人で羞恥祭りに身を置く事になってしまった。
 そして、夕食の時間が訪れ、鷹邏手作りの美味しい食事を微妙な心地で完食し、――また、一緒に就寝。
 主に鷹邏の腕の中で向き合って眠るという、非常に落ち着かない、いや、心臓を人質に取られてしまうかのような眠りの時間だったが、今目を覚ましているのはリフィーだけのようだ。

鷹邏

……ん。

リフィー

よく寝てる……。

 真っ暗闇なので顔は見えないが、その穏やかな寝息が、鷹邏のリラックスした眠りを伝えてくれている。
 ――しかし、リフィーはふと、奇妙な事に気付いた。
 なんだろう……、なんか。

リフィー

……えぇと。

 何かが……、リフィーの両足にもふもふとした感触を伝えてきているような気が、する。
 不快ではないけれど、まるで動物の毛並みのように、温かな感触が絶えずリフィーの肌を擽ってきて……。布団の中に動物を入れた記憶はない。
 じゃあ、これは……?

リフィー

……あ。

リフィー

や、やっぱり……、何かもふもふした物がっ。しかもこれ、動いてる!?

 ゆっくりと、鷹邏の腕から逃れ……。
 リフィーは触れただけで室内に明かりをつける玉を探し当てると、それにポンッと触れた。
 ぼんやりと、柔らかなオレンジの光が、室内を照らし出す。

鷹邏

ん~……、はは、むにゃむにゃ。

リフィー

……し、尻尾?

 上掛け布団の中から大きくはみだしている、ふさふさの……、もっふりとした幾つもの、尻尾らしきもの。それは生きているかのように動いており、また、鷹邏の頭や顔にも、奇妙な異変が起きていた。

リフィー

つ、角と、紋様……? え? た、鷹邏さんって……、ぇええええっ!?

 ごくりと息を呑み、リフィーが上掛け布団を全部剥がしてから彼の全体を見つめてみると……。
 確かに、狐の尾のような物が幾つも鷹邏のお尻の部分から生えており、その顔にはよくわからない紋様と、頭には二本の長い角が生えていた。
 ……ま、魔族? 魔物? 
 リフィーの脳裏に、レディアヴェール王国周辺における数多の種族情報が駆け巡ったが、そのどれに当てはまるのかは、全然わからなかった。
 いや、多分……、鷹邏の生まれが東方の国である事から考えると、これは。

リフィー

あ、妖……?

 以前に、鷹邏が茶屋の雛鳥達に教えてくれた事がある。東方の地にて、魔族と同じような存在として生きている、『妖』という種族が人と共存をしている、と。リフィーも興味があって、彼から借りた書物で少しだけ妖について学んだ事があった。
 その知識と、目の前の茶屋の主人の姿を比べ合わせると……、多分、間違いない。

鷹邏

ふあぁぁぁ……。ん? もう、朝……?

リフィー

――っ!!

鷹邏

リフィーちゃん? ……あれ、何で布団……、全部、……ぇ。

鷹邏

え? ちょっ、な、なにこれ!?

 瞬きも忘れて自分を見ているリフィーの異変に気付いたのだろう。鷹邏は頭をがしがしと掻いている最中に角の存在に気付き、次いで尻尾の存在に気付いた後、部屋の中でとんでもなく大きな声をあげてしまった。

リフィー

あ、あの、鷹邏さんって……、妖、なんですか? これ、自前ですよね?

鷹邏

え、ち、ちが、じゃなくて、じ、自前……、だけど、えぇ~とっ、これは、そのっ。こ、怖がらないでぇえええええええっ!!

 かなり必死だ。
 自分の本性? を知られた事により大パニックに陥ってしまった鷹邏がリフィーに縋り付いてくる。
 ……お尻からは、沢山のもふもふ尻尾を揺らしながら。

リフィー

こ、怖くは、ないです、よ? ただ、吃驚しただけ、というか……。尻尾、すごく可愛いです。

鷹邏

か、可愛い……? それ、喜べばいいの? それとも、男としてへこめばいいの?

 平常心ではいられない茶屋の主とは正反対に、彼のお尻から生えている大量の狐尻尾がリフィーの全身を撫でながら懐いてしまっている。
 もふもふの、あったか幸せ感触の尻尾……。
 そういう種族がいると知ってはいても、普通の乙女ならば吃驚して悲鳴を上げるか、気絶してしまうのが当たり前の反応なのかもしれない。
 けれど、リフィーは違った。
 茶屋の主人の意外な姿に驚きつつも、怖いという感情は湧いて来ない。
 それどころか、自分にすりすりと懐いてくるもふもふの尻尾の温かな感触に、表情を和ませてしまうくらいだ。

リフィー

もっふもっふ♪

鷹邏

……。

 この尻尾があれば、寒い冬でも寝床の中は無敵だろう。すりすりすり……。
 尻尾と戯れているリフィーを、鷹邏が複雑そうに眺めてくる。

鷹邏

あの時と、同じだね……。

リフィー

え?

鷹邏

リフィーちゃんが、俺の店で働くようになってから……、二年目、ぐらいの時、かな。貧血になった事があって、この部屋で休ませてあげたの、覚えてる?

リフィー

え~と……、あ、思い出しました!! お店の中で倒れかけていた所を、鷹邏さんが気を遣ってこっちで休みなさい、ってそう言ってくれて……。

 日々の苦労のせいか、リフィーを休ませようと部屋を貸してくれた鷹邏。
 仕事のついでだと言って、彼はずっとリフィーの眠りを見守りながら、傍にいてくれた。
 けれど、それがどうしたのだろうか?

鷹邏

あの時もね……。ちょっと力のバランスが崩れたせいで、今のこの姿に戻ってたんだよ。

リフィー

え!? い、今と、同じ、ですか?

鷹邏

うん。で、その時にタイミング悪く君が目を覚ましちゃったね。どう誤魔化そうかなぁと思ってたら、俺の尻尾を握ったまま……、嬉しそうに笑って、また寝ちゃったんだよ。

リフィー

……。

 全然……、覚えていない。
 ただ、あの日……。鷹邏の部屋で休ませて貰った後、とても幸せな夢を見ていたように、そんな余韻を感じながら目を覚ました事だけが、リフィーの心に残っているぐらいだ。
 まさか、妖の姿に戻った鷹邏を見ていたとは、思いもしなかった。

鷹邏

寝ぼけていたからだろうけど、まさか……、意識がはっきりある時も怖がらないとはねぇ。

リフィー

こ、怖がらないと駄目でしたかっ!?

鷹邏

いや。ただ、こっちの土地じゃ、魔族や魔物への知識はあっても、どちらかと言えば、魔物と同じように見られる外見だからね、俺の本性は。だから、普通は怯えられるんじゃないかなぁ、と……。

リフィー

そうですか? 少し変わった姿ですけど、中身は鷹邏さんのままなんでしょう? 私には全然怖くは思えませんけど……。

鷹邏

危機感が足りないのか、それとも本能からの反応が遅いのか……。その辺はちょっとあれだけど、それ……、俺に対してだけ、だったらいいなぁ。

リフィー

え?

鷹邏

ほら、よく物語の中にあるでしょ? たとえどんな姿をしていても、愛する人が相手なら、決して怖がる事はない、って……。

 ま、また、反応を返しにくい事をっ!!
 昔、幼い頃に両親と一緒に王都の外に出た際、魔物を見る機会があった。
 グロテスクで凶暴な、暴走を引き起こしていた魔物の姿には、幼心に恐怖を覚えた事は間違いない。
 けれど、今の鷹邏には……、東方の妖を目の当たりにしている自分は、恐怖を感じていない。
 これが、愛する者が相手だからかもしれないと言われても、正直、よくわからない。
 リフィーにとって、物事はそれに関わってみない限り、本当の意味ではわからない事だらけだと、そう思っているから……。
 戸惑いがちに返した答えは、「よくわかりません」だった。

リフィー

……今の姿の時よりも、お、お仕置きをされている時の方が、私にとっては困った存在というか……っ。

鷹邏

へぇ……。あっちの時の方が困るんだ~? ……もう一回、しちゃう? お仕置き。

リフィー

し、しなくていいです!! またあんな事をされたら、物凄く困りますから!!

鷹邏

ふふ……、嘘だよ。ほら、もう一回夢の中にいこう? 君が怖くないなら、この姿の方が、暖になれそうだしね。

リフィー

ふふ、あったかい……。

 上掛け布団の中に潜り込むと、鷹邏の尻尾がリフィーに忍び寄ろうとする冷気を全て奪い去るように、もふもふの尻尾で彼女の身体を包み込んだ。
 相変わらず、顔には紋様が走っており、頭からは角が生えているが……。
 リフィーを見守っている茶屋の主人の双眸には、優しい気配が浮かんでいる。
 安心できる、穏やかな気配……。
 けれど、それは時折、リフィーを落ち着かなくさせる、不安定な面を見せる事もあって……。 
 リフィーはその顔を見上げながら、また、疑問をぶつけてみた。

リフィー

鷹邏さんは、何度言っても私の事を諦めてくれませんけど……。いつから、私の事を好きになってくれたんですか?

 貴族の中でも上位にあたる侯爵に逆らった事によって、鷹邏もこの店も、いつ危うい目に遭わされるかもわからない立場となっている。
 それを何度も訴え、自分を侯爵の許に行かせてくれと頼んだリフィーだったが、答えはいつも同じ。

鷹邏

はっきり、とは言えないなぁ……。初めての出会いの時も衝撃的だったけど、リフィーちゃんとは面白い縁で結ばれてるとは思ってたよ。

リフィー

あ、あの時は……っ。す、すみませんでしたっ。

 最初の出会いの時、リフィーは絡んできた男達を退ける為に、小麦袋を渾身の力でぶつけてしまった。
 本来の的ではない、鷹邏の顔面に。
 それからも、大広場ではソフトクリームをぶつけ、また別の所では彼にぶつかったりと。
 確かに、面白い、というか、彼にとっては厄介な縁だ。その上、新しい仕事を得る為に面接を受けに来てみたら、茶屋の主人が鷹邏だという事実が待っていたのだから……。

鷹邏

リフィーちゃんは、いつも真っすぐな子だから……。本当は苦労なんかする必要ないのに、自分の手で稼いで、泣くのを我慢して……。

リフィー

……だから、ですか?

鷹邏

ん?

リフィー

だから……、私の事を好きになってくれたんですか? 父親の借金の為に奔走する私が、可哀想に見えたから、だから……、同情心を、恋愛感情だと、勘違いして……。

 涙ぐむリフィーの言葉に、鷹邏は静かな溜息を零して、その頼りない華奢な身体を少しだけ強く抱き締めた。

鷹邏

あのね、リフィーちゃん。これでもお兄さん、三百年以上の年月を生きてるんだよ。

リフィー

さ、三百年以上……!?

鷹邏

うん。だから、わかる……。君以外にも、家庭の事情で苦しんでる子は大勢見てきたし、出来る限りの事は、手を差し伸べてきたつもりだからね。でも、……こうやって、自分の腕の中から逃がしたくないって、そう心から思えたのは、リフィーちゃんだけだよ。

リフィー

……。

リフィー

……た、鷹邏さん。しゅ、趣味が、悪い、ですっ!!

鷹邏

人の趣味にケチつけないの!! ……って、君ねぇ……、自分がどれだけ可愛いか、魅力たっぷりの雛鳥ちゃんか、そろそろ本気で自覚した方がいいよ?

リフィー

み、魅力……、たっぷり?

鷹邏

あ~……、こりゃ本気でわかってないわ。無自覚の天然記念物だ……。まぁ、リフィーちゃんらしいけど。

リフィー

……妖の方って、視力悪いんですか?

鷹邏

視力のせいにしない!!!!

リフィー

ご、ごめんなさい……っ。

 ゴンッと、少し強めに額へとぶつけられた鷹邏の額からの一撃。
 怒られてしまったが、人の心の内など……、まだ十七年の月日しか生きていないリフィーのような小娘には、到底見透かす事など出来はしない。
 普通に、彼の店で働いていただけ……。
 特別な事は何もしていない。
 それなのに、何故……、自分はこの人の心の中に入りこめたのだろうか、と。それが不思議でならないのだ。

鷹邏

ん~、まぁ、きっかけを強いてあげるなら……、あの時、かなぁ。

リフィー

あの時?

鷹邏

リフィーちゃんが十六歳になる直前、だったかなぁ。店の子が貸してくれた評判の少女小説を暇つぶしに読んでた時にねぇ、誰も聞いてないと思って、ちょっと可愛げのない事言っちゃったんだよねぇ、俺……。

鷹邏

こうやって、いつ消えるかもわからないモンに憧れる事が出来るのは、若者の特権ってやつかねぇ……。

 パラパラと読んでみた少女向け恋愛小説。
 その世界には、試練も苦しみも、何もかもが、彼女達の幸せの為の材料となっていた。
 一人の男の為に険しい道を突き進み、その果てに得た愛を永遠のものと思い込むヒロイン達……。
 表立って否定する事はしないが、鷹邏にはよくわからない世界の事にように思えるのだ。
 戯れに、力のある妖同士が一夜の情を交わし、生まれ出た存在としては……。

鷹邏

まぁ、物語の中の子達には、関係ない話だよねぇ……。愛は腐る、な~んて、知りもしないんだし……。

 愛は腐る。賞味期限ありの、一時的な感情。
 それが事実であるからこそ、世の中には終わった愛が数多く存在しているのだ。
 だから、鷹邏は思う。友情や親愛を信じても、男女の間で交わされる情に、永遠はない、と。
 自分が抱く、自分だけの価値観。
 誰に押し付ける気もない、動かせない人生観。
 恋愛小説を閉じ、それを膝の上において晴れやかな空を見上げていると、ひょいっと、彼の頭上に見知った存在が顔を出してきた。

リフィー

鷹邏さん、ウサちゃん林檎はいかかですか?

鷹邏

おや、これはこれは……。可愛い雛鳥ちゃんからの差し入れかな? 隣、ど~ぞ。

リフィー

お邪魔しま~す!!

 白い皿にウサギの形をした林檎を幾つも載せた少女ことリフィーが、嬉しそうに自分の隣に腰を据えてくる。
 本来、もう雇う気はなかったはずの……、鷹邏の気まぐれで働くようになった、茶屋の従業員。
 興味がある……、それが、雇う事になった理由だが、店に愛らしい雛鳥が増える事は、鷹邏にとっても損をするような選択肢ではなかった。
 天真爛漫で、汚れた世界とは無縁の少女。
 どこにでもいる、普通の人間。
 けれど、ひとつだけ違うのは、父親である伯爵家当主の不出来のせいで、苦労しているという点か。

鷹邏

最近どう? この前の借金は返し終わりそう?

リフィー

んぐっ……。は、はいっ、鷹邏さんのお陰でお給金の前借もさせて貰えましたし、返済は順調ですっ!!

鷹邏

なら良かった。滞るようなら、遠慮しないで言いなよ? いつでも助けてあげるからね。

 父親の借金を返す為に奔走している貴族の娘。
 その一生懸命さと健気さは、鷹邏から見ても好意的に映るものだった。
 腐った人間もいるが、こうやって懸命に足掻く者もいる……。人間という種に飽きない理由のひとつと言えるだろう。――しかし。

リフィー

お気遣いありがとうございます!! でも、何かあったとしても、今まで以上のご迷惑をかけたりはしませんから!! だから、安心してくださいね!!

鷹邏

……頼ってくれないの? 寂しいなぁ。

 いつもこうだ。
 彼女が鷹邏に頼るのは、給金の前借りぐらいのところ……。それ以上の迷惑は、絶対にかけないと言い張る少女に、――いつしか覚えたのは、物足りないという感情。一時期、彼女の生家である伯爵家が本格的な危機に陥りかけた時も、この少女は何も言わずに陰で奮闘していた。
 その様子をこっそりと見ていた鷹邏だが、やっぱりその時にも、奇妙な感情を覚えたのをよく覚えている。

リフィー

いつも頼りにしてますよ!! 鷹邏さんがいるから、安心してここで働けるんです!! 感謝してます、鷹邏さん!!

鷹邏

ほんとにぃ~? 俺の知らない所で、ウチの可愛い雛鳥ちゃんが不幸になっちゃったら、泣いちゃうよ? もう号泣しまくりで、俺、悲しんじゃうからね?

リフィー

ふふ、そんな事にはなりませんって!

鷹邏

壁……、作られてるなぁ。

 当たり前と言えば、当たり前、か。
 鷹邏は彼女にとって、勤め先の店主。
 繋がりは、たったそれだけ……。
 鷹邏が金銭面の援助を申し出ても、この子はいつも同じ言葉と笑顔で、立ち入り禁止の壁を作っては、彼を追い払う。
 伯爵家の事は、家族の事は、自分達だけの問題だから、と……。
 それに間違いはないが、……なんだか最近、この雛鳥が作り上げるその壁を、鷹邏は気に入らない、と、そう思うようになってきている。

鷹邏

援助欲しさで媚びを売る奴や、遠慮するフリをしてこっちの同情心を引き出そうとする奴も見てきたが……、この子の場合、本気で拒んでるんだよなぁ。

 伯爵家の事情も、鷹邏が問い詰めて逃げられなくするまでは絶対に口にしなかった子だ。
 鷹邏が口を出さなければ、今頃は抱えきれない仕事に押し潰されて、最悪の場合、過労死でもしていたに違いない。
 今時珍しい……、素直で裏表のない子なのだ。

リフィー

そ、そういえば、鷹邏さんの持ってるそれって、今評判の本ですよね?

 また何か面倒な事を抱えていないか、探るように彼女を見つめていると、話題を変える為か、彼が気にかけている雛鳥が恋愛小説に視線を落としてきた。

鷹邏

感動するから読んでみろ、って、雛鳥ちゃんの一人が言うからさ、ちょっと暇潰しに読んでたんだよ。

リフィー

私も友達から借りて読んだんですけど、とっても素敵なお話でした!!

鷹邏

うん。女の子ならバッチリ浸れるお話だからね。売れ行きも凄いらしいよ。

 恋に恋をしながら、夢を見ているだけの乙女なら。
 余計な事は全部心の奥に隠して、鷹邏は小説本を持ち上げて片目を瞑った。いつもの茶目っ気のある笑みだ。

リフィー

でも……、その本を書かれた作者さんって、――離婚歴十回、なんですよね。

鷹邏

……へ、へぇ~。そりゃ、凄いねぇ。

 純愛ラブロマンス小説を書いた作者が、離婚歴十回……? 予想外の事実に、鷹邏の中で繊細な何かがブレイクした気がする。
 てっきり恋に恋する夢見がちな女性が書いたものかと思っていたが……、まさかの猛者による執筆だったか。しかも、純真無垢な顔で凄い事を言った店の雛鳥ちゃんは、別に期待を裏切られたような心境ではないようだ。

リフィー

凄いですよね……。十人の男性と恋をして、結婚して、別れて、それでもまだ、この作者さんは誰かを愛する事をやめようとしないんです。前に読んだインタビュー雑誌では確か、新しい恋人が出来たとか。

鷹邏

す、凄すぎて……、なんとも、かんとも。

 十人の男と結婚し、離婚。
 その上、また新しい恋人……、だと?
 懲りないというべきか、少しは学習しろと言うべきか、いずれにせよ、純愛ラブロマンスを書く者がそれでいいのか……。
 戸惑いがちになった鷹邏からの視線を受けながらも、何故か、リフィーの顔には未来への希望に溢れた輝きが後光のように差している。

リフィー

この作者さんに関しては、女の子達の間でも色々な考えが出ていますけど、私にとっては尊敬する人の一人なんです。

鷹邏

ど、どのへん、が……?

リフィー

誰かを真剣に愛して、傷付いても、傷付いても、誰かを愛する事をやめない作者さんの心が、とっても大好きなんです!!

 ふぅん……。
 つまり、この作者に対して、過剰な美化を行い、自分の心の拠り所にしている、と。
 冷めた気持ちで話を聞きながら、やっぱり子供だなぁ、と、鷹邏はリフィーの言葉の続きを待つ。

リフィー

鷹邏さんは、この作者さんの事、どう思いますか?

鷹邏

ん~、恋に貪欲で、逞しい人、かな。普通はもう、男はこりごりだって、独身を決意しそうなもんだけど。

リフィー

それでも作者さんが、誰かを愛する事をやめないのは、どうしてだと思いますか?

 恋愛馬鹿の、男がいなくちゃ生きていけない女だから? とは、流石に言えない。
 相手は恋に恋する夢見るお年頃の繊細な雛鳥ちゃんなのだから。

鷹邏

恋愛が素敵なものだと、信じているから、かな?

リフィー

作者さんご自身は、『自分は愚かだけど、正直な生き方を諦められない存在だ』と仰っていました。皆からその生き方は間違っている、意味がないと言われ続けても、自分は、自分の心に従って生きる事しか出来ない、って。

鷹邏

自分を正しく認識した上での、一途さって事だね……。 

 作者に対する印象が、鷹邏の中でどんどん冷めていく。愚かだとわかっているのに、何故その道を改めない? 恋に恋する、夢を見続けてその愚かさに気付かない者よりも、性質(たち)が悪い、と。
 けれど、リフィーの笑顔には曇りがない。
 それは、理想や夢に操られている人形特有のそれではなく……。

リフィー

その記事を読んで……、私は、こうも思いました。私達は誰かと誰かの愛情によって生まれた存在だから、愛する事を諦められない存在なんだろうな、って……。

鷹邏

……。

リフィー

愛された分だけ、いいえ、それ以上に、誰かを愛して、愛されて、また新しい幸せを見つけていくんだろうな、って。

鷹邏

……じゃあ、愛されずに生まれた来た存在は?

リフィー

え?

鷹邏

この世界の誰も彼もが、純粋で一途な愛情から生まれたわけじゃないって、リフィーちゃんもわかってるよね?

 適当に相槌を打って、仕事に戻してやれば良かったのに……。
 気が付けば、鷹邏は意地悪な口調でリフィーに問いをかけていた。
 苦労しているとはいっても、所詮は十代半ばの無知な少女。この世に鷹邏の答えに対する正解など、なにひとつないとは、気付かないだろう。

リフィー

……。

鷹邏

ごめんね。一途にこの作家を信じてる君には悪いけ

リフィー

じ、時間をください!!

鷹邏

は?

リフィー

その質問に対する答えは、簡単に出しちゃいけない気がするんです!! 

鷹邏

え~と……、別に、無理、しなくても。

リフィー

無理じゃありません!! 鷹邏さんは、とっても意味のある質問を投げてくれました!! だから、だから、全力で答えを探してきます!!

鷹邏

あ……、は、はい。どうぞ、好きなけ悩んでクダサイ。

 こうして、鷹邏が意地悪でぶつけた問いに答える為、彼の雛鳥は何日も何日も、真剣な顔で悩む事になったのだった。
 ――そして。

13・雛鳥は疑問ともふもふに挟まれて。

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