【ゼバル家の屋敷】
【ゼバル家の屋敷】
深夜、松明を持った暴徒達がゼバル家の屋敷に向かっていた。
伯爵をコロセ!
あいつは悪だ!
昼間ルシファーにぶちのめされたリーダー格の男は、村の人間を焚き付け領主を殺しに集まっていた。
村人達は松明を持ち、手には農具を携え殺気だっていた。
狂気の空気に呑み込まれ暴徒と化した村人達は伯爵の屋敷を取り囲む。
お父様…
ベールは二階の窓から暴徒化した村人達を見て怯える。
大丈夫だ。私が彼らと話し合う。だから心配しなくていい
バアル伯爵は息子のベールの頭を撫でて安心させようとする。
駄目だよ! お父様が奴等に殺されちゃうよ!
そんなことはない。長年この地で互いに協力し支え合ってきたんだ。話せばきっと彼らの誤解も解ける
でも!
もしも、私の身に何かが起こった時は、裏口から逃げなさい。一人でだ。決して振り向いてはいけないよ
伯爵は一人息子を抱き締めた。
ベールは父のぬくもりを感じ、
バアルもまた幼き息子のことを想っていた。
私の身に何が起きても構わない。
ただ神よ、どうかこの子だけは守ってください。
バアルは神にそう祈った。
じゃあ、行ってくるよ
そう言い残しバアルは屋敷を出る。
ベールも祈った。
神様お父様を助けてください。お願いします!
しかし、二人の祈りは神に届けられることはなかった。
みなさん、話をしま・・・・
死ね! この独裁者め!
ぐはぁぁぁ!?
うちらを苦しめやがって!
お前は疫病神だ!
表に出た瞬間、有無を言わさず暴徒は一斉に伯爵に襲いかかった。
バアル伯爵は硬い鈍器で頭を殴られ、その場に倒れこんだ。
倒れ昏倒している伯爵に、容赦なく桑や刺又で身体中を刺していく。
その光景を目の当たりにしたベールは叫んだ。
お父様!!!
その声に反応して暴徒達はベールのほうをギロリと目を向ける。
ひぃ!?
伯爵の一人息子だ!一族郎党皆殺しにしろ!悪しき血を絶やせ!
暴徒達は屋敷の中に入ろうと走る。
ベールは恐怖で扉を急いで閉めた。
開けろクソガキ!!!
屋敷の扉は頑丈で、ちょっとやそっとじゃ壊せない。今のうちにベールは裏口から出ようとすると外から暴徒が叫んだ。
裏口に回れ!絶対逃がすな!ゼバル家の血を絶やすんだ!
裏口にも回られ、逃げ出せなくなる。
そんな…これじゃ外に出れないよ
ベールは立ち往生すると、ドアの向こうで暴徒達の声がした。
くそ! この扉、鋼鉄製だ! 開かねえ!
構わねえ! このまま屋敷に火をつけろ!
暴徒は松明で屋敷に火をつけ始める。
炎は勢いよく屋敷に燃え移り、炎が四方を燃やしていた。
ゼバル家の長年使ってきた伝統ある品々が次々と燃えていく。
カーテン、椅子、絵画、アンティーク、テーブル
見慣れた物が焼け焦げていく。
う......うぅぅぅ...
村人から滅多刺しにされたバアル伯爵は瀕死の重傷を負いながらも、まだ息があった。
自分の血の池の中で、這いずりながら燃え盛るゼバル家の伝統ある屋敷の中に入っていった。
べ......ベール...
バアルは息子を探した。
バアルにとって一番の宝はゼバル家の屋敷でも、
代々愛用した家具でもない。一人息子だけなのだ。
天に御座します我らが主よ、
どうか我が息子ベールだけは貴方のお力でお救いください...
天に御座します我らが主よ、
どうか我が息子ベールだけは貴方のお力でお救いください...
敬虔たる信徒であるバアルは神に祈った。その祈りは聞き届けられることなく、バアルは非情な現実を目の当たりにする。
お父様! お父様!!
屋敷が崩れ、柱の下敷きになっていたベールがいた。そして今にもベールが挟まっている柱に炎が移ろうとしている。
ベ...ベール...いま...助け...
しかし、バアルの身体は一歩も動かない。血を流しすぎたのだ。
身体が言うことを聞かない。
な、なんということだ・・・・くそ! 身体が・・・・
どんなに動かそうとも一歩も体が前にいかない。
煙を吸いすぎて意識も朦朧としてしてきた。
もはや、バアルにできることは神にすがり奇跡が起こることを祈るしかなかった。
か、神よ...どうか...
祈りを捧げるも奇跡は起こらなかった。
柱に炎が移り、ベールは炎に包まれた。
ぎゃああああああああああ!!!
断末魔をあげるベール。
その光景を見てバアルは泣きながら叫んだ。
ベール! ベーーール!!!
やがて、火の手は伯爵にも移り、
代々続いたゼバル家の屋敷は崩れ落ちた。
炎に包まれる屋敷を眺めていた暴徒の頬に、
冷たい水の滴がポツリと伝う。
雨だ...
雨だーーー!!!
村人達は歓喜した。
伯爵を裁いたら雨が降ったぞ!
神の恵みだ!
伯爵を殺したら5年間降らなかった雨が降った!やはり全ての元凶は伯爵だったんだ!
ルシファーが元凶である妖術士を殺したから雨が降ったのだが、村人はそれを知ることもなく、5年ぶりの雨は一晩中降り続いた。
【ゼバル家の屋敷跡地】
ルシファーが下山し屋敷に着いた頃には、
屋敷はすでに焼け落ちていた。
間に合わなかったか
昨日まであった屋敷の面影はもはやなく。焼け跡だけが残っていた。
雨が降って鎮火したため、
ルシファーは屋敷跡を捜索した。
そこには全身を火傷し、ハエがたかり死にかけた伯爵の姿があった。
あの凛々しかった伯爵の面影はない。
皮膚が焼けただれて別人のように見えた。
私は...わたし...は...
・・・・・・・・・・
ルシファーはすぐに治癒魔法をバアルにかける。
あ、あなたは・・・ルシ・・・
無理に喋るな、そのままじっとしていろ。
ルシファーはバアルに治癒魔法をかけ続ける。
しかし・・・・・
火傷の損傷があまりも酷すぎる・・・・・これでは助からないか
ルシファーの治癒魔法を持ってしても、
バアルの皮膚の細胞が壊死していて再生不可能だった。
しかしそれでもルシファーは治癒魔法をかけ続ける。
温かい光・・・この不思議な力・・・・・・・そうか...あな...たは、天使様だったのか...
昔の話だ
バアルは、ルシファーという青年が何者なのか今理解した。魔法を使えるのは天使か、天使の血を引く混血児だけ。その上で、ルシファーに尋ねた。
天使様...お教えください...
喋るな。死ぬぞ
私は......もう助から...ない。その前に...教えて...ください...
ルシファーはバアルの最後の言葉に耳を傾けた。
神とは......なんでしょうか...
神は人類の敵だ。あんな者に祈っても誰も救われることはない
やはり...そうでしたか......
薄々気づいていました...
...しかし、信じたかった...
飢饉の原因は天使の遣いを騙る妖術士だった。その妖術士が産まれたのも元を辿れば昔、天使の犯した罪が原因だ。人間を玩具扱いしている私利私欲にまみれた天使のな
世界は何故こんなにも理不尽に、何故こんな仕打ちを、私はみんなのために一生懸命やってきた。それなのに...息子を...たった一人の私の息子を.....ベールを返してくれ! あの子は関係ないのに
バアルは憎しみを込めて言った。
ルシファーにもバアルの気持ちがわかる。
ルシファーは問うた。
憎いかこの世界が?
・・・・・・・・
バアルは小さく頷く。
そうか・・・・・・・
バアルの命を救うには一つだけ方法があるのだが、
ルシファーはそれをやることを思い留まる。
やればバアルは人ではなくなり、
永劫に現し世をさまようことになる。
そんな業を、この善人の伯爵に背をわせるのはあまりにも・・・・・・
バアル!?
・・・・・・・・・・
バアルは無言でルシファーの腕を掴んだ。
躊躇は無用です・・・・例えそれが地獄であろうとも・・・・私は後悔はしません・・・・
バアルはルシファーの迷いを見抜いていた。
気にするな、構わずやれと!
バアルの眼差しは、ルシファーにそう言っていた。
その眼は、昨日までお人好しだった頃の伯爵の眼ではない。激しい憎悪を秘めた眼がそこにはあった。
引き返せなくなるぞ
・・・・・・・・・・・
本当にそれでいいんだな?
・・・・・・・・・・
バアルは無言だったが、
ルシファーにはバアルの答えはわかっていた。
ルシファーもまた決断した。
それが将来バアルにとって地獄になろうとも、ルシファーはバアルの覚悟を汲み取った。
これも運命だったのかもな
ルシファーは自分の左手を伯爵の顔の前につきだし強く拳を握った。
爪が深々と肉をえぐり左手から血が流れた。
そこから溢れた一滴の血がバアル=ゼバルの口元に落ちた。
うぐっ!
啜れ我が血を
与えよう復讐を成す為の力を!
ルシファーの胸元から現れた炎の球がバアル=ゼバルの体内に入る。
がはっ!!!
これは血の契約、これより汝はヒト非ざるモノに生まれ変わる。
バアル=ゼバルの身体を大量の蠅が包み込む。
ガッ、ガガガ・・・ガガガガガガッッ!!!
我が眷属よ、汝に名をここに与えよう、
汝の名は・・・・・