【北の大地 パルコ山脈】
【北の大地 パルコ山脈】
数々の山々が連なる山脈を登る一人の青年がいた。
彼の名はルシファー=サタン
かつて天使だった男だ。
彼は天使でありながら人間の女と恋に落ちたことから、禁忌を破ったとして神ゼウスから天上界を追放された堕天使である。
今は人間として地上界に落とされたルシファーは、
神に与する人間と、天使に復讐するため旅をしている。
そして数々の悪行から聖教会騎士団から指名手配を受けており、世間ではレイヴンの通り名としてその悪名が知れ渡っていた。
ルシファーは思っていた。
人間になってから、もう何度目になるのだろうか...
ぐうーーーー
腹が減った。
人間とはつくづく不便な生き物だ。
生命活動を維持するには他の生命を食さねばならない。
天使だった頃はこんなひもじい気持ちになることはなかった。
そもそも天使は食事などしなくても生きていける種族なのだ。味を好んで食事をする天使も中にはいるが、生命活動には必要のないものだった。
オイ、ルシファー。モウ何度目ダヨww
魔剣ダーインスレイブが可笑しそうに笑っている。
腹の音のせいだ。
ここ何日も食ってないから仕方ないだろう。この山を越えたら人間の集落があるはずだ。そこで飯にする
しばらく山を登っていくと、空が曇り雨が降ってきた。
大雨がルシファーの行く手を阻むように強くあたる。
山の天気は変わりやすいとゆうが、
さっきまでの快晴とはうって変わっての豪雨に気分が滅入る。
ルシファーは足場の悪い細い道を慎重に進む、
すぐ横は崖。
足を踏み外せば真っ逆さまに落ちる。
この高さだと落ちた時、痛いじゃ済まないだろうな。
霧が出てきたな
しばらく進むと雨がやみ今度は辺りは真っ白に包まれた。
急に雨がやんだと思ったらこれだ。
今度は前が見えない。
ルシファーは慎重に一歩一歩進む、
何!?
その時、足場が崩れルシファーは態勢を崩した。
うわっああああああああ!!!
崖から落ちるルシファー
ケッケッケ! 絶体絶命ダナ。マスター
真っ逆さまに落ちるルシファーは地面に激突する瞬間に片翼を出した。地面まであと数メートルまで迫る。
間に合うか!?
ルシファーは思いっきり片翼の羽根で羽ばたかせた。片翼だけでは当然飛べない。最悪空気抵抗を少なくし、衝突の衝撃を緩和することだけが片翼のルシファーには精一杯だった。
ぐっ!
それでも地面に激突した衝撃は凄まじく、ルシファーはそのまま気を失った。
その親子は森に入って山菜を集めていた。
山菜を摘んでいた少年は何かに気づいた。
あれ…なんだろう、あれ?
少年は崖下に何かあるのに気づいてそこに歩き出す。
ベール、どうしたんだ? 崖下は落石の危険があるから行っては駄目だぞ。
お父様! あそこに人が倒れています!
なんだと?
父親が子供の元に向かうと確かに人が倒れていた。
旅人か…
若い青年だ。身なりからして旅人だろう。
おそらく崖から落ちたんだな。
父親はそう分析すると、倒れている青年の胸に耳を当てる。
ねぇ…死んでるの?
いや、呼吸がある。それにひどい怪我だな。ここでは治療ができない。
一旦屋敷に連れていこう。
父親は青年を担ぎ、子供と共にその場を離れた。
しかし、気になったのは。
この青年の周りに落ちていた黒い羽根…
死体と間違われカラスにでもつつかれていたのだろうか?
第二章 暴食のベルゼブブ
【???】
ルシファーが目が覚ますとそこは知らない場所だった。
ここはどこだ?
暖炉がある一室にいるようだった。視線を下ろすと毛布がかけられている。どうやら自分はベッドにいるらしい。
目が覚めたかね?
髭を生やした男性が椅子に腰かけて、話しかけてきた。
あんたは…
ルシファーにはその男が清楚で高貴な人物に見えた。高貴そうな男はにこやかに言ってきた。
私はここの主、バアル=ゼバルと言う。
伯爵の地位にあるしがない領主だよ
バアルは自己紹介をした。物腰が軽そうな印象を受けた。言葉遣いから貴族のような上品さはあるが、身なりは安い生地の服を着ていて、正直自己紹介をされるまで伯爵の地位にある人物には見えなかった。
伯爵にしては、ずいぶん質素な服を着てるんだな?
ははは、地方の伯爵とはそんなものだよ。そろそろ君の名を教えてくれるかな?
一瞬迷ったが、ルシファーは一旦息を呑み、この人物が悪意のない人間かを直感で見極めて上で名を明かした。
私はルシファー…ルシファー=サタンだ。
天使様のような名前だね。とても素敵な名だ
それはどうも
元・天使だがな。
身体は動かせるかな?
食事の用意ができているんだ。
下に降りて来られるかい?
ルシファーは頷くとバアル伯爵と共に下に降りた。
あっ! おじさん目が覚めたの!?
食器を出している子供は笑顔でルシファーに言ってきた。
この子供は?
ああ、私の息子です。さぁベール。お客人にご挨拶なさい
僕はベール=ゼバルです!
ルシファーだ。ルシファー=サタン
ベールは12、13くらいの子供だろう。明るく活発な子供だった。
この子が貴方を森のなかで見つけたのです
そうか、命の恩人だな。
礼を言う、ありがとう
へへへ!
では食事にしよう。ベール席につきなさい
はーい
三人は食事の置かれたテーブルを囲むように席につく。腹が減っていたルシファーはパンにかぶりつこうとした時、他の二人が目を瞑っていることに気づいて、一旦パンを皿に置いた。
父よ、
あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます。
ここの用意されたものを祝福し、
わたしたちの心と体を支える糧としてください。
わたしたちの主ゼウスによって。
アーメン。
バアルとベールは十字を切った。
しかし、ルシファーだけは十字を切らなかった。
それを不信に思ったバアルは聞いた。
ルシファー殿は信徒ではないのですか?
ああ、悪いな俺は敬虔な信徒じゃない。
正直ルシファーはこれが大嫌いだった。
よりにもよって怨敵であるゼウスに祈りを捧げて食事だなんて真っ平ごめんだ。飯が不味くなる。
だが、これが地上界に住む人間のしきたりだった。
この地上の人々は神や天使が人間を救う存在だと思い込んでる。
ゼウスは人間のことなどこれっぽっちも思っちゃいない。人間なんて家畜かなんかだと思ってるような奴だ。なのに人間は神や天使を敬う。
よくわからん。
俺の生まれたとこは遥か遠い田舎でな。教会がなくあまりこういう風習がないんだ。すまないな
そうでしたか。ああ、お気になさらず、むしろ我が家の風習にお付き合いさせて申し訳ない。では食事にしましょう。
ようやく飯にありつける。
ただ、ルシファーは出された料理に疑問を持った。
パンと薄いスープのみ、食事まで質素とは驚いた。
伯爵にいたっては自分の料理はなく
ただニコニコと笑っている。
今はこれだけしかなくて伯爵なのに客人を満足させることも叶わず
充分だ。
腹が減っていればなんでも旨い。
ルシファーは食いながら喋った。
食事の礼式を知らないルシファーを諌めることもなくバアル伯爵はそれをにこやかに見ていた。
すると、息子のベールも父を見てか、
急に持っていたスプーンを置いた。
ん? どうしたベール食べないのか
いらない
お前は育ち盛りなんだから沢山食べないと大きくならないぞ
僕はお腹一杯だからお父様が食べてよ
ぐーーーー
ベールのお腹から腹の虫が鳴る。
ルシファーは気にする様子もなくスープを飲んでいた。
あっ…
腹は正直だな
ルシファーに言われて顔を真っ赤にするベールは、子供らしくはあった。
ベール、お腹一杯だなんて嘘をつくのは関心しないな。
だってお父様は、ここ数日水だけで何も口にしてないじゃないか! 僕知ってるんだよ! お父様が村の奴等に自分達の分まで食糧を与えてるから全然食べるの我慢してるって!
こら! 客人の前でそんな話はするな!
お父様のわからず屋!
ベールはそう言い残して席から離れていった。
申し訳ない。お見苦しいところをお見せして
申し訳なさそうにルシファーに詫びる伯爵。ルシファーは全く気にせずパンにむしゃぶりついていた。
モグモグ…構わない。
だが、どういうことか説明してくれると助かるのだがな。
ルシファーはそう言うと、バアル伯爵は深刻そうな顔をして話始めた。
今この土地は飢饉にみまわれて深刻な食糧不足にあります。
村の者達は日々苦しい毎日を送っています。
ですので少しでも村の者達の助けになれればと思い食糧を寄贈しているのですが、やはり生活は苦しいままで
なるほどな。道理でいくら田舎の伯爵だからってこんな貧相な生活を送るわけがない。
自らの財を切り崩して、他者に恵むなんて、この時代の人間にはできることではない。
このバアル=ゼバルという人間は、慈愛の精神を持つ見た目通りのお人好しな性格をしているわけだ。
私はこの地を代々守ってきた責任があります。村の者は全て守らねばなりません。だから私がひもじさなど感じておりませんよ。ただ...息子には迷惑をかけてますが
そうか、事情はよくわかった。
食事を残さず食べると、ルシファーは立ち上がった。
どちらへ? まだ怪我も癒えてないのに無理は…
怪我なら大丈夫だ。
天使の血を引くルシファーは、大抵の怪我などは一日もあれば治せる。それが全ての天使の持って生まれた能力だった。
少し出てくる。
恩人には礼で応えないとな。
ルシファーそう思いベールを探しに行く。
せめて親子喧嘩の仲裁ぐらいにはなってやろうと。
【ゼバル家の屋敷 庭園】
屋敷を出るとすぐそこにベールはいた。どうやら落ち込んでるみたいだ。ルシファーはベールに声をかける。
ベール
あ…おじさん
おじさんじゃない。
ルシファーの見た目は青年のような風貌なのだが、このくらいの歳の子供にはおじさんになるらしい。
お前の父親が心配してるぞ
でも、お父様はここ何日も食べてないんだ。このままだとお父様が死んじゃうよ…
どうやら父親を心配しての反抗だったようだ。根は純粋でいい子なんだろう。
この村は飢饉らしいな。さっき言っていた話の内容から村人と伯爵の関係はあまりよくないのか?
僕知ってるんだ。お父様は頑張ってるのに村の奴等はみんなしてお父様が食糧を隠し持って自分だけ楽してるって!
お父様がどんな思いをしてるのかも知らないで彼らは…
伯爵が私腹を肥やすような人物には見えない。
だがそのような噂が立っているのか。
それじゃあベールが納得いかない気持ちもわかる。
飢饉とやらはいつからなんだ?
もう五年くらいかな。
五年か、随分長いな。
正直この地はあまり豊かな土地ではないだろう。この地から離れようとは考えなかったのか?
この村にはお年寄りと数人の大人しかいないんだ。若い人はみんな王都や大きな街に出稼ぎに行っちゃった。あの山々を越えるのは厳しいみたい
確かにな。
年寄りではあの山脈越えは厳しいかもしれない。
五年も飢饉が続くってのは何か原因があるんじゃないか?
うーん、どうなんだろう。
正直農作物のことは僕にはよくわからないから
そうか
そこで何かを思い出したかのようにベールは言った。
そういえば関係ないかもしれないけど、ちょうど五年前にうちに来た天使様の遣いという教会の人が寄付金を求めてきたことがあったかな。なんか天使様の遣いというより怖い顔をしている人だったよ。
ほう、天使様の遣いね。詳しく聞かせてくれ
ルシファーはその話に興味が湧いた。
うん、最初は寄付金を払ったんだ。
すると、その教会の人が頻繁に屋敷に訪れるようになって、たびたび寄付金の催促をしにくるようになったんだ。
お父様は私財をなげうって払い続けてたんだけど、それが尽きると今度は村の人から税金を巻き上げろって言ってきたんだ。
それをお父様が一回断ったんだよ。
村の人からこれ以上搾取はできないって、
それを聞いて大層怒ってたかな
なるほどな。いくら信心深くても、あの伯爵は自分の信心より領民を選んだわけか
これは村の人間からも話を聞いてみる必要があるな。
ベール、悪いが急用ができた。村の場所はどこだ?
村? おじさん村に行くの?
だったらこの道を下った先にあるよ
わかった
ルシファーは一旦屋敷に戻り、魔剣と装備を手にして村に行こうとしたとき、その背後のほうでベールが声をかける。
おじさん!
なんだ?
夕飯用意しておくから一緒に食べようね!
ルシファーは微笑みながら背中を向けたまま拳を高く挙げた。
7ツノ大罪編ノ始マリ始マリ