血の繋がった姉弟でありながら、求め合う。禁忌に手を染めたわたしたちの罪が、一度きりの過ちで終わることは当然なかった。

誰の咎めもないのをいいことに、わたしたちは学校が終わると人目を忍んでホテルに通った。それは本当に依存性のある毒のようで、囚われ、溺れ、もう抜け出し方が分からない。

好きな人と身体を合わせることが、こんなにも満たされることだなんて知らなかった。

彼の熱が、わたしに触れる。交わりあう。それだけのことなのに、自分が自分でなくなってしまったみたいだった。

目の前の彼のこと以外は、何も、考えられなくなる……

快楽の瞬間は、本当に幸せだった。理性をどこかに置き忘れ、夢の中にいるような気分。

ただし――ひとたびそれが覚めれば、一気に現実世界へと引き戻された。

紗己子

……ごめんね

どうして謝るんですか?

ベッドの中で囁くわたしを、陸は軽く笑って腕の中に引き寄せる。

紗己子

だって、最近お母さまと口も聞いてないんでしょう? わたしはきみの家族を壊してしまったんだと思って……

陸によれば、わたしが彼の母親を脅した日以来、彼女は家にいる時はほとんどを自室に閉じこもって過ごし、息子とは顔も合わせないらしい。

加えて父も、長らく帰ってきていないとか。家の中が冷えきってしまっていることは容易に想像できた。

そんなこと気にするなんて、先輩らしくないですよ?

そう返してきた陸の言葉には、苦笑するしかない。

まさにその通りで、わたしは元々、彼の家庭を壊したかった。想定していた過程とは多少違えど、その願いは叶った。それなのにわたしは、何故かそれを憂えている。

当然親達への同情などない、でも彼は……何も知らなかった。何も知らずに当たり前の幸せを謳歌していた彼が、突然それをなくしてしまったらどう思うのだろうか。

紗己子

そうだよね。今更だよね……

わたしは、今急に怖くなっている。彼に恨まれることが、憎まれることが、そうして嫌われることが。

気にしないで下さい。育ててもらった恩はあるけど……どの道、俺あんまり母親とは上手くいってなくて

紗己子

え?

過保護っていうか、なんて言うんでしょうね。幼い頃から、やることは全部母親に決められてきました。
習い事も塾も、遊ぶ友達も。それが嫌だって言ったら、全部俺のためだからって、言いくるめられるんです

おかしいですよね、と言って陸は笑った。

中学の時にようやく異常に気づいて、反発するようになりました。それからは割りと険悪で、成績も下がって、水泳もやめたし

紗己子

未練はなかったの……? かなり強かったって聞いたけど

はは、そんなのありませんよ。泳ぐことは嫌いじゃないけど……全然、楽しくなかったから

そう言う陸は不自然なほど淡々としていて、まるでわざと感情を込めないようにしているみたいだった。

わたしは陸の腕の中から離れて、その顔を正面から見る。

先輩?

父母に愛されて、わたしの欲しいものは全部持っていると思っていた弟。

わたしから盗んだ幸せを謳歌しているのだと思っていた――ううん、そう思いたかっただけ。そうでなければ、憎めそうになかったから。何の罪もない弟を、恨めそうになかったから。

紗己子

ごめん……

わたしはどこまでも愚かで醜い。そのことをただ実感させられた。
自分には彼の側にいる資格があるのだろうか、とも。

だから、謝らないで下さいよ。俺が母親と折り合い悪いのは全く先輩のせいじゃないし。それに、今すごく幸せなんです。こうして先輩が側にいてくれるから

紗己子

陸……

わたしは思わず彼に手を伸ばし、自らその唇に深く口づけた。

きみが望んでくれるなら、わたしは。
そばにいる、から。

名実共に陸の恋人になってから、しばらくは幸せな日々が続いた。

陸は母親とは相変わらずだいう。わたし達の関係に何も言ってこないところを見ると、あの脅しが効いたのかもとも思う。

このままわたしたちは血縁を隠したまま関係を続けて、大人になって、そして……そんな浅はかな夢を見る。けれど、夢はやはり夢でしかなかった。

その日は、唐突にやって来る。

祖母

サキちゃん、お帰りなさい

帰宅したわたしを出迎えた祖母に、違和感を覚える。



そして次の瞬間、玄関に見慣れぬ男物の靴を見つけて、悟った。

祖母

お父さんがいらしてるわよ

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