翌日。爽やかな日が照り、小鳥のさえずりが心地よく聞こえてくる。俺は席に着いて、いつも通りにカバンの中から教材を取り出し、机にしまっていく。

草ケ部 蒼汰

ふぁ~あ……

 目を擦りながら欠伸をする。昨日家に帰ってからは、南方が俺に渡した事件の調査内容を読みふけっていた。やる気がないおかげで、全て読み終えるのには四時間ほどかかってしまい、若干寝不足だ。

 だが、時間をかけただけあってその内容は中々興味深かった。

 この学校の裏には山があり、そこから動物が入らないようにと設置されたフェンスがある。犯人の侵入経路はそのフェンスに穴を空けての侵入だった。

 それと、彼女が誘拐された場所はトイレ付近。入り口の前で彼女は國澤を待っていた時に背後から襲われたらしい。入り口は扉などがなく、外から中の様子をある程度見渡せる造りになっている。

 トイレの位置は山に近く、フェンスとの距離もさほど遠くはなかった。

草ケ部 蒼汰

考えられるとしたら、犯人は誘拐直前まで山でみんなを見ていたのかもしれない。で、一人になった浪木を的に絞り、さらった

 だが色々と疑問が残る。なぜ犯人はこのクラスが学校でキャンプをやることを知っていたのか?もし仮にそれがクラスの中の誰が仕組んだなら目的は何だ?

 考えれば考える程謎が深まっていく。ああ……めんどくさくて仕方がない……。

友原 和則

よぉ、朝っぱらからしけた面してんなぁ

  教材を全て入れると友人の友原 和則(ともはら かずのり)が声を掛けてきた。黒髪に俺と同様に眠そうな目が特徴である。彼は高校入学以来からの友人で、趣味も合い、よく外に出かけている。

草ケ部 蒼汰

夜遅くまで漫画読んでたんだよ。おかげで死ぬほど眠い

友原 和則

お前平日の夜中によくやるな。俺だったら即オチだぞ

 呆れたように友原は言う。簡単に俺のことを信用してくれる友原に罪悪感を抱きながらも、南方から貰った資料のことは伏せていた。

友原 和則

ところで知ってるか草ケ部。レイジング・ストーム3が今年発売されるぞ

 レイジング・ストーム3というのは俺が中学の頃から好きなゲームだ。主に戦争をテーマにしたもので、プレイヤーが銃を持って戦争の中を生き抜くというありきたりなものだ。ただ一つ違うのだが、重厚なストーリーだ。練に練られた伏線を回収し、最終的な結末にはいつも驚愕させられる。

 なのだが、俺の興味はそっちにはなかった。いや、そっちにあっちゃダメだ。今、俺は犯人を捕まえることに集中したい。何度も言うようだが俺にやる気がない以上、この状況を気力で乗り切るしかなかった。

草ケ部 蒼汰

マジか。よし、買ったらぜってぇオールだな

友原 和則

買ったら教えろよ

 そう言うと、友原は自分の席に行ってしまった。

草ケ部 蒼汰

…………

稲荷

…………

 俺の背後には稲荷が心配そうに見つめていた。何か言いたげだったが、俺に気を使って何も言わない。

 それから間もなくして、チャイムが鳴る。今まで無駄話で散っていたクラスメイトが一気に席に着き始めた。全員が着席した頃に、まるでタイミングを見計らってきたかのように担任の南方が入ってくる。

南方 功

ホームルーム始めんぞー

 そう言いながら、南方は教卓の前に立つ。クラス委員が号令の挨拶をし、俺たちは立ち上がる。その時、一瞬だけ南方がこちらに視線を向けてきた。

 いつもの死んだような目をしていたが、口元をよく見ると薄っすら笑っているように見えた。昨日のこともあったし、少し苦笑いをして返す。

 こうして、授業はいつも通り始まった。平凡で退屈な日常。変わり映えもない授業内容が聞こえてくる。皆が黙って授業の内容をメモしている中、俺はと言うとノートに事件当日の大よその地図を製作していた。

 大体俺の中のイメージだ。キャンプ場の位置とトイレの位置はちょうど校舎に阻まれ、死角になっている。これなら人目につかない。さらう場所としては打ってつけだ。それともう一つ。犯人が立っていたと思われる地点は裏山の中央の位置。

 ここならキャンプ場、トイレの両方を確認できる。それに、周りの木々に隠れることもできるし、見つかりにくい。

 どういう風にさらったかは大体分かった。あとは……。

誰がやったか……。

南方 功

お前ら良いかぁ? 視点を変えろ。この文章の意味を誰かに置き換えるんだ。そしたら自ずと見えないものまで見えてくる

 南方が教科書片手に机と机の間を歩いてくる。マズい、ノートに落書きしていたのがばれる。いくら協力しているとはいえ、授業は授業だ。南方もそれ相応の対処をするはずだ。そう思った俺は急いでノートを閉じようとする。

 しかし、ここで焦ったのがダメだった。ノートは机の端の方に置いてあり、右半分が垂れていた。かろうじて右肘で落下を押さえていたのだが、慌てたことによって肘が浮く。当然、押さえのなくなったノートはそのまま床に落ちた。

草ケ部 蒼汰

…………!!

 否、落ちただけでなくそのまま隣の席に転がっていく。不幸中の幸いなことに浪木の席の所まで行った。そこで胸をホッと撫でおろした。ノートが開いた状態で落ちてはいるが、現在彼女はいない。中身も見られないし拾われる心配もない、そう思った。

神薙 佐代子

…………

 しかし、浪木の後ろの席の女子、神薙 佐代子(かんなぎ さよこ)が俺のノートへと視線を向けていた。背筋が凍った。マズい、このまま拾われ、ノートの中身を見られたら、秘密裏に犯人を捜していたことがバレてしまう。下手したら犯人に辿り着けなくなる。

 俺は急いで席を立ち、素早くノートを拾う。すぐさまにノートを閉じ、席に着席する。自分でも思ったより早く動けていて驚いたが、今はそんなことで感心してる場合じゃない。開いていたノートのページの内容が分からない。

 最悪、地図のページが開いていた可能性がある。

神薙 佐代子

…………

 右後ろから視線を感じる。まさか、ノートの中身を見られたか? いや、待て。中身を見られたとしても前の席の下に落ちたノートの内容なんて分かりはしない。それに分かったとしても、開いたページが地図ではない可能性もあるのだ。

 そうだ、バレていない。頼むからバレてないでくれ。

 そう念じる俺に南方は通りすがり様に教科書の背表紙を俺の頭に当てて行った。

草ケ部 蒼汰

……ッ!!

 うるさいとでも言いたかったのだろうか、彼は何も言わずそのまま話を続けて歩いて行った。未だに痛む頭をさすりながら、今度はまじめに授業を受ける。

 

 屋上

 屋上は俺達学生にとっての憧れの飯の食い所だ。ここの屋上は広さで言うとドッジボール一コート分位だ。周りには落下防止用のフェンスが仕切られ、外の眺めが一望できる。それと、ここの学校の屋上はいつも解放状態にあって、どんな季節でも扉が開いている。

 時間は昼休み。あの授業の後、神薙は特に俺に話しかけてくるような様子は見せなかった。たぶんちゃんと見えていなかったと思う。これからはこういうのには気を付けよう。あまり出過ぎたことをすると、南方に殺されそうで怖い。反省しながら、買ってきたパンを一口食べる。

 屋上にて、俺は友原と購買で買ってきたパンを食っていた。空を見上げ、時折吹く風がなんとも気持ち良い。心なしか、購買で買った菓子パンがさらにうまく感じる。こういった自然の恩恵を受ける飯が好きで、俺と友原はよくこの屋上を利用して飯を食っている。 

 もちろん、冬や夏であろうとも関係ない。一種の苦行のようにも見えるが、慣れてしまえばどうってことはない。その証拠に他の生徒もちらほらと楽しそうに話しながら飯を囲っている。

 燦々と照り付ける太陽を眺めながら、友原は言った。

友原 和則

それにしてもまだ暑いなぁ……

草ケ部 蒼汰

まぁ……最高気温三十五度だから……

友原 和則

嘘だろ……もうすぐ十月だぜ? 今年の夏なんかしぶとくねぇか

草ケ部 蒼汰

しぶといかどうかは別だけど確かに暑いな……

 パンを口に含みながらジュースを流し込む。冷えたジュースは暑さで火照り切った体を十分に冷ましてくれた。

草ケ部 蒼汰

夏休みどっか出かけた?

 九月も終わりかけているのに今更な質問だが、ちょっとした興味本位で聞いてみた。

友原 和則

家族と和歌山に行って海泳いできた

草ケ部 蒼汰

へぇ良いじゃん。俺は他の友達と遊ぶだけでどこも行ってなかったな

友原 和則

それが一番良いと思うぞ。どっかに出かけるのは正直疲れる

 夏休みのことを振り返り、思い出に浸る。浪木が誘拐されたこと以外は充実とした休みだったと思う。野郎複数人でカラオケ行ったり、プール行ったり、ゲームやったり。男ならではの夏休みだったと思う。

 幸せの余韻を感じていると、狐耳の少女の姿がチラついた。そうだ、稲荷に出会ったのも夏休みのいつかだったような気がする。出会いは唐突だったし、当時は混乱したが、今は何とかやっている。

 懐かしさを感じたせいか、稲荷の姿を探す。

草ケ部 蒼汰

何やってんだ、あいつ……

 案外探すのは簡単だった。稲荷は俺とは反対側のフェンスにちょこんと座っていた。フェンスに凭れかかり、日傘を差して食べる女子生徒へ横から手を伸ばしたり、引っ込めたりしている。その都度、彼女の手には何か持っており、それを口の中に放り込んでいるように見えなくもない。

稲荷

なんじゃこれは! この握り飯、何か入っておるぞ!

 神様が堂々と他人のもの食ってるよ……。意地汚いぞ狐っ娘。俺のを持っていくならまだ分かるが、他の奴の物にまで手をだしたらダメだろ! それに、相手も相手でなぜ気が付かない! どんどん飯が消えてくんだぞ! 何か反応があってもおかしくないはずだろ!

 目を凝らしてみるが、日傘が邪魔をして相手の様子が見えない。かろうじて見えるのが、相手の手が箸を持ったまま動かないこと。

草ケ部 蒼汰

ああ、我慢できない

 我慢の限界に達した俺はその場から立ち上がる。

友原 和則

草ケ部?

草ケ部 蒼汰

ちょっとあの子に話しかけてくる

 俺達とは向かい側に座っているオレンジ色の傘を差している子へと指を差す。制服からしてちゃんと女であることは確認できる。

友原 和則

…………どうしたお前

草ケ部 蒼汰

冒険がしたくなった

友原 和則

…………

 友原は手に持っていた焼きそばパンを落とした。そりゃあ、友人がいきなり面識のない女の子に話しかけるなんて真似したら驚くだろう。特に自分から攻めにいかない草食系の奴が言い出したのなら尚更だ。

 そう、俺は……。

童貞だ。

 だからこそだ。だからこそ、童貞以上の屈辱を背負っていない俺に恐いものなんてない。たとえ神様だろうと、殺人鬼だろうと、もう何も恐くない。

 俺は無心の状態で女子生徒の方に歩みだす。大丈夫だ、問題ない。今の俺は至って冷静だ。変な所なんてどこもない。

友原 和則

…………

 後ろから友人が見守ってくれる。これほど心強いことはない。

 そして、俺は落ち着いたように声を掛ける。傘を差した女子生徒の顔はまだ見えないが進むしかない。

草ケ部 蒼汰

こ、ここんにちわ。いい、良い天気ですね

女子生徒

す、すみません。怖いです……

完全なる敗北である。

草ケ部 蒼汰

……ごめんなさい

 一発目で軽く血反吐を吐きそうになった。もう既に完璧と思われたハートは抉られるどころか、砕かれる。心なしか涙が出そうになる。

 だが、作戦は順調だ。本来の目的は、食い意地の張った神様を連れて行くことにある。無言のまま彼女に近づくより、声を掛けて近づいた方が自然だ。予想通り、精神的に深手を負ったところで俺は今でも幸せそうに口をもぐもぐさせる彼女に視線を送った。

稲荷

む、どうした主。もしや貴様もこの生娘の飯を所望するのか?

草ケ部 蒼汰

そうじゃない! ていうか、今とんでもないこと言ったなこの狐!

 俺は首を横に振って見せ、帰って来いと伝える。

稲荷

仕方ないのう

 残念そうな顔をして稲荷は立ち上がると、俺がさっき座っていた場所に引き返していく。

 それを確認した俺は軽く溜息をついて、戻ろうとする。もうこんなことはないようアイツの分の弁当を確保する必要があるな。

 今後のことを考え始めたその時、クイッと服の袖が引っ張られる感覚があった。視線をそちらに向けてみると、女子生徒が傘の中から俺の手の裾を掴んでいた。

 何かマズいことになったのかもしれない。内心不安に包まれながら問いかける。

草ケ部 蒼汰

えっと……何でしょう?

女子生徒

す、すみません。怖いと言ったのはそういうんじゃなくて……

 女子生徒が戸惑いながら話す。どういう風に伝えたら良いのか分からないといった様子で、女子生徒はえっと……と呟く。

 これでは話が進まない。あまり警戒されないよう俺は彼女に落ち着くように語り掛ける。

草ケ部 蒼汰

だ、だ大丈夫です、おお落ち着いてください

女子生徒

あっ、はい……ありがとうございます

 一体落ち着くのはどっちなんだと思われる会話だが、そんなことはどうでも良い。とりあえず、彼女が何を言い出すのかドキドキしていた。

女子生徒

あの……信じてくれないと思いますけど、私のお弁当が忽然と消えていくんです。しかも、一瞬浮いたと思ったらパッと消えちゃうんですよ!

 ああ、やっぱり気づいていたのか。何も反応がなかったのはしなかったんじゃなくて、怖くてできなかったと言うべきだな。

 そりゃあ目の前で弁当が浮いて消えたら、誰だって怖いだろう。

草ケ部 蒼汰

大丈夫ですよ、その時があったら俺を呼んでください。対応しますよ

 主に犯人は特定してるからな……。

女子生徒

本当ですか!? ありがとうございます!

 女子生徒は嬉しそうな声で礼を述べた。一方の俺はそんなにも嬉しそうにされるとは思いもせず、顔が少し熱くなった。

女子生徒

あの、できたらクラスの方を教えて頂けませんか?

草ケ部 蒼汰

はい、二年A組の草ケ部 蒼汰って言います

 すると、えっ……と女子生徒は声を漏らした。

女子生徒

草ケ部さんだったんですか? そう言えばどっかで聞いたことがあるなぁと思ってたんですよ……!

 口ぶりからして俺を知っているかのような反応だが、俺はこの女の子が一体誰なのか分からない。首を傾げ考えていると、女子生徒が声を掛けてきた。

女子生徒

あの、分かりますか? 一応クラスメイトなんですけど……

 そう言って女子生徒は傘を下ろした。

草ケ部 蒼汰

あっ……!

神薙 佐代子

今朝、南方先生に怒られていましたよね?

 そこには見覚えのある顔がいた。ピンク色の髪に整った顔立ち。そして、中央の方だけ伸びた後ろ髪を纏めあげた髪は彼女の個性を表していた。柔らかな笑顔はそこらの奴なら簡単に落ちてしまいそうだ。

 そう、神薙 佐代子だ。

 どうりで知っているわけだ。話したことはあまりないが、クラスメイトなら当然名前は知っている。 

 ただ、彼女のことを詳しく知っているわけではない。まともに話したのは今回が初めてで、普段の彼女は読書、又はノートに何か書いてるくらいの印象しかないのだ。

 それに、授業のこともある。あまり下手なことを言わない方が良いだろう。

草ケ部 蒼汰

ああ、ちょっとぼーっとしててさ

 神薙がいたことには多少驚いたが、クラスメイトだからまだ話しやすい。だが、また何かしらの緊張感が張りつめていた。

神薙 佐代子

ダメですよ? 嘘ついたら

 一瞬、心臓が高鳴った。この状況で嘘という単語が出てくるということはやはり授業のノートのことか。だが、思考は止めない。即席だが、本当のことも交えながら話をでっちあげる。

草ケ部 蒼汰

あー……バレたか。本当は落書きしてたんだよ。漫画の絵だけどね

神薙 佐代子

うまく描けましたか?

草ケ部 蒼汰

いやぁ、うまく描けなかったよ。よくあんなの描けるよね。漫画家の人は

 よし、うまく回避した。あとは適当に話を終わらせて、友原の所に戻ろう。このままいても良いことはなさそうだ。そう考え、俺はここから離れようと口を開きかけた時だった。

神薙 佐代子

違いますよぉ、地図ですよ地図

草ケ部 蒼汰

…………!!

 一瞬、時が止まったような気がした。安心していたからという面もあるが、何より彼女はノートのことをはっきりと知っていたことにある。

草ケ部 蒼汰

どうすれば良い……

 困惑と突然の緊張感に混乱する俺。よくよく考えてみれば神薙がここに来ている姿なんて一度も見たことがない。いつも屋上に来るメンツは限られてくるので、大体顔は覚えているのだが、神薙だけは今日が初めてだ。

 なんとなくだが、今のこの状況を作り出すタイミングを、反対側のフェンスからずっと窺っていたのかもしれない。

 俺がノートを落とした時点から恐らく見られていた。でないと、こんな偶然あるわけがない。

 心臓にひんやりとした手が握られた気がした。彼女は尚も微笑みながら、こう続ける。

神薙 佐代子

どこまで分かりましたか?

 この時、俺は後悔した。自分がどれだけ浅はかであったかを。犯人を捜すことは自分の命も賭けていることに他ならない。犯人だって必死なはずだ。少しでも見つかる可能性は潰してくる。

そして、思い知らされた。俺はクラスの人間を少しは疑った方が良いかもしれないということを……。 

 

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