ミセス・レベッカ・アレンはニューヨークにある、とある通りの一角に住んでいる。手先は器用で包容力のある、今時よくあるお母さんだ。

時に、レベッカの夫はジョージ・アレンという。とある証券会社で働いている、ちょっぴり悪戯好きのお父さんだ。

レベッカの好きなことは、たまの休日、ジョージが嬉しいドッキリを仕掛けてくれる事である。

レベッカの嫌いなことは、ジェニファーやジェニファーと結託して、ジョージが性質の悪いドッキリを仕掛けて来やがる事である。

レベッカとジョージはとても仲が良い。なので、たまの休日は家族でどこかに出掛けるか、家族で家で過ごすかのどちらかである。



今日は、クリストファーの希望で少し遠くの緑地までピクニックに行こうという話になっていた。

ジョージ

レベッカ、まだ終わらないのかい?

ちなみに、その話になって準備が始まったのは、三十分程前の出来事である。

レベッカ

ジョージ、レジャーシートがないのよ。またどこかに隠したんでしょ

中々準備が終わらずに苛々し始めたレベッカは、ジョージにそう告げた。

ジョージはよくそういった悪戯をするので、そのせいで見付からないという事にしてしまいたかったのだ。

ジョージ

あれ? シートが無いなんておかしいね。使えなくなったりしたっけ?


だが、どうやらそれは冤罪だったらしい。レベッカは気を持ち直して、ジョージに言った。

レベッカ

もしかして、倉庫に持って行ったのかしら? 三ヶ月前に使って、その後どうしたかしら

ジョージ

もしかして僕、どこかに隠したかな……



だが、どうやらそれは冤罪ではない可能性があったらしい。


レベッカはため息をついた。

ジョージ

僕、倉庫の中を見てくるよ

レベッカ

そうして

ジョージはレベッカに告げて、倉庫へと向かった。



……暫くすると、倉庫の方からジョージの声が聞こえた。

ジョージ

お、これは……


ジョージがそう呟く時は、大抵は本来の目的とは違うものが見つかった時である。

ジョージ

ベッキー、これを見てくれ、これを

レベッカ

どうしたの?

ジョージ

倉庫から一輪車が出てきたよ。懐かしいね

レベッカ

で、レジャーシートは?

ジョージ

えっ

レベッカは一輪車を見て、そしてジョージを見た。

レベッカ

もしかして、貴方には、これが、レジャーシートに、見えるの?

わざわざレベッカが単語ごとに台詞を切る時は、大抵はかなり怒っている時である。

ジョージ

失礼。レジャーシートを探してくるよ

レベッカ

そうして

ジョージはレベッカに告げて、倉庫へと向かった。


ジョージ

お、これは……

ジョージがそう呟くときは、大抵は本来の目的とは違うものが見つかった時である。

ジョージ

ベッキー、これを見てくれ、これを

レベッカ

どうしたの

ジョージ

倉庫からクリスが出て来たよ。懐かしいね

レベッカ

クリス!? 全然懐かしくないわよ!!



レベッカが驚いていると、ジョージはにこりと微笑んで、言った。

ジョージ

大丈夫。……さすがにこれは、レジャーシートではないって分かるよ



レベッカはその発言を無視する事にした。



よく見れば、クリスの顔は埃だらけだった。とてもではないが、ピクニックに行く格好ではなかった。レベッカは既に半分以上やる気を失いつつ、クリスに聞く事に決めた。

レベッカ

クリス……倉庫で何をやっていたの?

クリストファー

落とし穴を作るシャベルを探してたんだ


クリストファーはそう言って、手に持っていたシャベルを差し出した。どうやら、倉庫の中を一人で探し回っていたようだ。


レベッカはクリストファーのシャベルを受け取って、微笑んだ。

レベッカ

クリス。落とし穴を作るのはいいけど、レジャーシートがないの。どこに行ったか知らない?

クリストファー

知らない

レベッカ

そう……困ったわね。それに、雪かき用のシャベルなんて大きくて持っていけないわ。もっと小さいものにしなさい

クリストファー

僕が使うんじゃないよ?

レベッカ

誰が使うの?

クリストファー

お姉ちゃん


レベッカはそれを聞いて、先程からジェニファーの姿が見えない事に気付いた。ジョージにシャベルを手渡すと、レベッカは言った。

レベッカ

ジョージ、ジェニーがどこに行ったか知らない?


するとジョージは手元のシャベルを見て、それをまじまじと見始めた。

ジョージ

お、これは……

レベッカ

ねえ、そろそろ真面目にやってくれない?


その言葉に、さすがのジョージも背筋を正した。

レベッカ

はあ、もう面倒ね。また倉庫に入ってないかしら。クリスみたいに

ジョージ

ベッキー。ジェニーはシャベルかい?

レベッカ

もう、レジャーシートも見つからないし、シャベル……じゃなかった、ジェニーも見つからない。困ったわね

ジョージ

ベッキー……ジェニーはシャベルかい?




その時、庭の方からジェニファーが駆け寄ってきた。


ジェニファー

クリス! シャベルはどうしたのよ

ジョージ

これかい?


と、ジョージは泥だらけのジェニファーにシャベルを見せた。ジェニファーは嬉しそうにそれを受け取った。


申し訳程度に大人ぶった化粧が、既に台無しになっていた。

ジェニファー

これがないと穴が掘れないじゃないの

レベッカ

ジェニー、ピクニックに行くのにそんなに大きいジェニファー……じゃなかった、シャベルは持って行けないでしょう

ジェニファー

ピクニックに持って行くんじゃないわ。庭に掘ってるのよ。

……大きいジェニファーって何?



レベッカはジョージと顔を見合わせた。


クリストファーだけは、これから起こる事が分かっていたようで、速やかに車へと避難していた。



ジェニファーに連れられて庭に行くと、中途半端に掘られた穴と――……



それはもう、泥だらけの、レジャーシートがあった。

レベッカ

……ジェニファー。あなた、今日のお昼はいらないわね

ジェニファー

ええ!? 私が何をしたって言うの!

レベッカ

これは!! 全て!! あなたがした事じゃないの!? 違うの!?

ジェニファー

……ええっと……

結局、レベッカはお昼になっても機嫌を直さなかった。ジェニファーはジョージのお陰でお昼ご飯を食べられないということは無かったものの、食べる事ができたのは、サンドウィッチの余りのパンの耳とプチトマトのヘタのみだった。


……サンドウィッチの余りのパンの耳と、プチトマトのヘタのみだった。


クリスだけが平和にサンドウィッチを黙々と食べていた。



つまるところミセス・レベッカ・アレンの食卓は、今日も平和だったということである。

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