ここで当たり、みたいだね

四人は石垣を伝い、内部へ侵入した。ざわついた城内は殺気立っているといっても語弊はない。

あの時は得物の準備なんてしていなかった。奴をみたのもここだしな

灯黎に見つかったのが運の尽き、か

あいつはおれと同じ雰囲気を感じたことがあるから目を付けていた。そしたらここの貴王姫に仕えているのを隠して、いくつもの城に潜り込んでいることに気づいてな……まぁ分かっていたが、その前に自分の暴走がきてしまったが……すまない

いい。敵が分かっただけで大丈夫

これならば第一陣の出陣もまだでしょう。お手柄です灯黎

こんなので褒めるな

褒められるのは生き残った者だけだ

そうだね。姫様命令もあるし、ちゃんと生き残らないと姫ちゃんに怒られちゃう

無事に帰ったら姫ちゃんにいっぱいの褒美おねだりしよ

他意があるように感じるが……

七瀬いなくなったから城のすけべ野郎筆頭になったね

元から筆頭みたいなものだ

そろそろ仕掛けますぞ

忍ぶのはここまでだ。

でも、誰もお姫様の傍にいなくていいのかな……

ぽつりと呟いた狛だったが、その手にはもう既に短刀が握られている。

姫ちゃんの傍には七瀬がいるからね

あんたがあれを持ってくるとは思わなかった

こんな場所あったんだ……

自分達の城が親指と人差し指で計れてしまう。璃朱は小さくなった城を仰ぎながら両手を握りしめる。

もしもに備えて、ひっそりと準備させていただきました。この場所を知らせているのが三冴だけでよかった。でなければ紅葉は真っ先にここへ襲撃を仕掛けそうですからね

でもやっぱり城にいなかったら周囲をまんべんなく捜索されるからね。隠れているのも無理がある

所詮はこちらが勝てばいい

本当に戦闘狂なんだから……で、姫ちゃんもいいの? 誰もここに残さなくて?

やっぱり人手は多い方がいいのかなって……

自分の身は自分で護ります

姫ちゃんかっこいいー。ますます惚れちゃう

でも一人はあれだから、これ

三冴が持っていた布を取っ払い中身を晒す。
鞘と柄を繋ぐように固く紐が結ばれた刀一振り。現物は見たことがなかったが、その持ち主が幻想で突き立てていたことを思い出す。
…………結局、その幻想は現実にならず、別な幻想が彼を奪っていってしまったが…………

七瀬の刀

知ってたか。七瀬置いていくからしっかり護ってもらってね

粋な演出でしょ。ま、これで七瀬が姫ちゃん護らなかったら、亡霊でもなんでもぶん殴ってやるから

三冴の拳がいか程のものか知っている灯黎は、隣で微かに肩を震わせた。

さて、こっちも始めますか

姫取合戦を開始する!

……みんな大丈夫かな

七瀬の刀を強く握りしめ、頬を寄せる。
まだあの映像は見えていない。それに彼らはきっと強い。
それでも湧きあがる不安は拭いきれない。

ふと、冷たいものが背筋を撫でた。
反射的に瞳を閉じるが、そんなもので映像を遮断できるわけがない。
視たくない光景が眼前いっぱいに広がる。ひとつの部屋で皆が倒れている。
最初に見た風景と似ていたが、そこに這っていく七瀬はいない。
現状の風景だ。

!!

立ち上がったが何も出来ない自分に、更なる絶望が圧し掛かってくる。
皆が自分を護るために戦ってくれたのに。

わたしは彼らを護れなかった

七瀬、みんなごめんね

瞳を閉じる。もう悲劇の映像は飛散していて、光がひとつ眼の裏で煌めいている。
その光の中に誰かがいた。
いくつもの人を掛け合わせたかの存在。金糸が見えたかと思うと、簪を付けた姿に変わる。全てが璃朱と同じ同性であること以外、共通点はない。

身体の外に抜ける感覚があって、璃朱は瞼を上げる。

!!

青白い光が眼前で呼吸をしている。
その奥に、璃朱がいた。

…………

おいで、と手招いている。

そうだ、今度こそ変えないと

七瀬の刀を強く抱きしめ、璃朱は彼女の手をとった。

もしかしてここが……

光の抜けた先には見たこともない扉が立ち塞がっていた。
静寂が辺りを満たし、人がいる雰囲気はない。
うるさい心音を振り切りながら、璃朱は扉に手を掛けた。

!!

あの光景が広がっていた。
苦しそうな息を吐きだしながら、武器を掴みその身体でもまだ戦おうとしていた。

お……姫様……

やぁ、姫さんじゃないですか。どうしたんですか?

貴方をぶん殴りにきました

ぶん殴るとは、随分血の気の多い貴王姫様だ

貴方よりかはましです!

刀を鞘から抜かず振りかぶる。紅葉は軽く避けるとくないを投擲した。璃朱の真横を通過したそれは――――

やらせないよ

三冴が持てる限りの力でチャクラムを投げつけ、絡繰り起動装置から軌道を逸らす。
舌打ちする紅葉に璃朱は刀を振りかぶった。

七瀬の痛み貴方に返します!

刀が振り下ろされる瞬間、紅葉はこれ以上ないほど笑っていた。
直後に衝撃が襲い、一瞬視界が白くなる。

させるかもみじ!!

誰かの声が間近に聞こえる。彼をもみじなんて呼ぶのは一人だ。

視界が戻ると、目の前には見慣れた赤毛。肩を彼が抱きかかえている。
鞘から抜かれた刀は紅葉の白刃とぶつかり合い火花を散らしている。

……何それ、かっこいいじゃん……

うるせぇ、ちょっと寝てろ

絡繰り? すっごく面白そう。ねぇちょっと、どういう原理でやったか教えてよ

痛ぇって思いながら寝れば知れるかもな!

今までのお返しとばかりに紅葉の刃を弾き返す。

!!

彼の手から刃が抜ける。その一瞬を見逃さず七瀬は会心の一撃を彼に浴びせた。
紅葉の身体が宙に飛び、壁に激突する。装飾品や掛かった布が落ちてきて伸びた彼の上に降ってきた。

殺る気ねぇから峰打ちにしといてやったぞごらぁ

ほんとに殺る気ねぇのにどいつもこいつも突っかかってくるんじゃねぇよ……

七瀬……本物……?

とあるおっさんボコボコにして帰ってきました

……おっさん

神か仏に喧嘩吹っ掛けて戻らせろーって叫んだのかな

本人は神みたいって思ってるだろうな。めちゃくちゃむかつくけどな

……どんな神様ですか

さて……と

七瀬は鞘に刀を戻し璃朱に託すと、奥に掛かった布を引き剥がした。

あんたがここの貴王姫だな

えっ!? あの時の飴細工さん!?

…………

は? 知り合い?

……あたしもあんただとは思わなかったよ。しかも勝手なことするクソガキに刀振りかぶるとか

もみじも灯黎と同じか

あたしはどうなってもいいよ。好きに殺っておくれ

だから殺る気ねぇって……

……!!

頭の中に何かが侵入してくる。

七瀬?

……!!

振り返った七瀬は突然、璃朱の首を掴み高々と上げた。

何やってんの!?

三冴が叫ぶがさっきの痛手で上手く動けない。

……バグは消去しなきゃな

誰、この人は……

声も雰囲気も七瀬とはかけ離れている。

……ああ、そっか。これって天罰か

幸せなど許さない、と心の奥底で誰かが呟いている。
七瀬は戻ってきた。でも、それでも璃朱は一度、彼を殺した。

いいよ……

!!

受け入れるよ

せめて、最後に。

どうにかと彼の頬に触れる。

また、触れてもいいよね……

何かが切れる音が辺りに響いて――――

……だからどいつもこいつも

殺る気ねぇっていってんだろ……黙ってろ

吐き捨てるとともに璃朱の身体が解放される。落ちてきた彼女に飴細工師は駆け寄った。

大丈夫かい

はい……

首筋に付いてしまったあとに飴細工師が触れる。

と、そこから光が漏れだして七瀬へと飛んでいく。

……!

それは彼に吸収されると、纏っていた何かが、完全に消えた。

今……何かやったか?

分からない……

飴細工師を見れば彼女は穏やかに笑っている。
どこからか光が漂ってくる。
七瀬が死したあの時と同じ光に似たそれは、飴細工師の彼女に触れる。

え?

何か最後に恩返しできたみたいだね

光と戯れている彼女もまた光り輝き出す。

別にいいよ、攫っておいき。彼女の頂の一部になるって言うんなら構わないさ

わたしは別に……

あんたの喜ぶ顔とても嬉しかったんだ

貴王姫なんて、選ばれた瞬間からどうでもよくてさ。それよりもこの手で生み出すのが何よりも好きだった

あんた、作ってやった時本当に喜んでくれただろう。何よりも欲しかったものあんたから貰ったんだ。それだけでもう、いい。この世界はあんたが作るのが最良だとあたしは思うよ

世界を創るなんて……

分からないかい?

胸に触れると温かい気が満ちてくる。それとともに――――
あの光の中でみた顔が一瞬だけ浮かんでくる。

あんたが頂に立つべきなんだ

光が一層強くなって彼女の姿を隠す。

もしも叶うなら、新しい世界ではずっと飴細工やってたいな……そうしてくれるかい?

光が収束しそれは真っ直ぐに璃朱の中へと入り込む。

頼むよ

璃朱の中で声が響き渡り、身体の中で何かが共鳴する。

ああ……わたしはそうか……

何故、みんなが懐かしいと言ったのか、幻影が見えるのか。

世界までもが白く塗りつぶされていく――――
収束すると城もなにもかも消えていて、璃朱と彼女を護る者達だけがそこにいた。

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