おぞましくて、信じられなくて。
それでも本当に危機ならばと映像を再生させ、向かった先に七瀬は倒れていた。
胸に刺さった刀が信じられない。
駆け寄ろうとしたが烏月に腕を掴まれた。

なんで!

狛、確認を!

烏月の言葉に狛は頷き、袖を翻す。いつか見た短刀がその袖口から飛び出して宙を縦横無尽に舞う。地面や木々に突き刺さったところで狛が手首を動かすと、鎖に繋がれた短刀は袖に戻っていった。

絡繰りは一カ所みたい。それは七瀬の襲撃で使用不可になってる

狛の報告とともに烏月の腕が緩み、璃朱は駆け出し彼の身体を抱きかかえた。
ぽっかり開いた瞳が璃朱の方を向く。

……あれ……誰……?

伸ばされた指先を絡ませ、右手を握った。
もう既に七瀬の瞳は何も映していなかった。ただ闇だけが広がっている。
その中で璃朱と繋がった右手だけが唯一の光のようだった。

七瀬……わたしだよ

今から治してあげるからね

姫なの?

俺、触れられてるの?

うん。嫌?

……温かい。こんなだったらもっと触れておけばよかった

そんな最期の言葉みたいなの聞きたくない

俺、何も見えねぇもん

あっけないんだな……

もみじに裏切られるし最悪

でも、姫に触れられたからいいか……

もう、動かなくて済むし、やる気ねぇし……

やだ……ちょっと……

腕の中にある七瀬の身体が軽い。
彼の瞳は閉じられ、頬を叩いても引っ張っても反応はない。

いやだよ……嘘……

回避したかったはずなのに。ずっと一緒にいたいのに

七瀬の傷口から青白い粒子が立ち上り天へ向かっていく。

ちょっと、なにこれ、いやだ

連れて行かないで

綺麗な身体は光に溶けて

いつか三冴が言っていた言葉が脳裏を掠める。

いやだよ、ここにいてよ

光をかき集めようと腕を伸ばすがすり抜けてしまう。

いや…………

烏月が身体を押さえてきたが、それさえ振り切って天へ腕を伸ばす。
もう既に七瀬の身体はほとんどが光となり消えかけていた。刺さっていた刀が乾いた音を立てて倒れる。
何も残らなかった。

帰ったら平然といて、

『驚いた?』

と言ってほしい。

しかしそれは実際にはあり得ない。

いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!

慟哭も空しく、彼はこの世から消えた。

すまなかった……

…………

泣き腫らした瞳を俯いて隠す。

灯黎のせいじゃない

全てはわたしのせい

映像が見えていたらと後悔しても遅い。

見えていたからってどうなっていたんだろう……

考えれば考えるほど、七瀬の死は不可避だったんじゃないかと思う。

帰ったよ。やっぱりもういなくなったあとみたい

あとは狛の帰還を待つのみですか……

帰ったよ

どうだった

絶対にこの城には潜んでないし、絡繰りも全部回収

絡繰り仕込まれてたなんて最悪

あいつは腕の立つ絡繰り師だからな……おれが気づいていれば

そういうこと言わない。それだったら俺達全員の落ち度だ

で、どうする姫ちゃん?

え……

姫取合戦する?

お前が報復を推奨するのか

違う

この城の平和を取るには、姫取合戦をするしかないと思う

だって待っていたらいずれ、紅葉が率いる軍がくるんでしょ?

なら、俺らが先に仕掛けるしかないと思うんだ

一理あると思いますな。隠遁もいずれ見つかってしまうなら叩き潰すのが最善の時もあります

ぼくはお姫様の判断に任せるよ

おれは元から姫取合戦推奨派だから、別にどちらだと言わなくてもいいだろう

ただ、姫取合戦をするんだったらおれは最前線で戦う

この陣だと最前線もなにもなさそうだけどね

……わたしは……

また、判断はわたし

七瀬の死に際が脳裏に浮かぶ。穏やかな顔だったが、そんな顔はみたくはなかった。
もっと話して、もっと笑い合って、たまには喧嘩して。触れあって、知り合って…………
彼らともそうして生きていきたい。

目覚めた時にいたのは彼らだった。彼らだけが璃朱にとっての全てあり、世界。
世界を壊したくない。

でも……それを壊す存在があるのなら

報復ではない。これは護る戦だ。

みなさん、力を貸してください

姫取合戦を開始します

そしてこれは姫様命令です

みんな、生きて帰ってきて。一人でも欠けたら許しません

pagetop