君の声が聞こえなくなった。
居るのは俺だけで、でもそれだけじゃ許せなくて。
君の声が聞こえなくなった。
居るのは俺だけで、でもそれだけじゃ許せなくて。
いるよ。入ってきて
嗚呼、君が帰ってきた。
こっちからの呼び出しでごめんね。来てくれてありがとう
整理、出来たんだね
入ってきてよ。大丈夫、襲いはしない
灯黎が本の部屋なら、ここは赤い部屋だった。鮮やかな紅が壁一面を覆っている。
お洒落そうな三冴のことだから小物や家具が配置されているだろうと思っていたが、寝具と最低限の収納棚しかない。それも赤色の徹底ぶり。
赤色の中で、三冴の姿だけが浮いて見える。
驚いた?
ちょっとだけ……
ごめんね、椅子ないから寝台に座ってもらってもいい? 大丈夫やましい意味はないよ。心配だったら腕を縛ってもいいよ
今日の三冴はそういうことしない気がする
今日の、ってのは失礼なー。いつもそんなことしてないでしょ
……確かに……発言はひどいけどね
そこは言わないお約束
三冴の隣に座れば、布団が優しく受け止めてくれた。
さて、何から話そうか……
端的に聞こうか。質問って何?
告白の答えを聞かれるかと思った璃朱は、少しだけ瞳を見開いた。
そうだった……わたしは質問したいって言ったんだ……
その答えによって、俺と契りを交わすんでしょ?
……三冴って、前の貴王姫を亡くしてるって聞いたんだけど……
それかぁ……
誰に聞いたの?
…………
大丈夫、そいつ咎めたりしないから。まぁ烏月か狛、でしょ?
赤毛と自傷とはそんな話したことないからね
狛から……最初に聞いた
最初に、ってことは、烏月にも聞いたかな?
璃朱は首肯を返答とした。
どこまで聞いた?
みんな貴王姫に仕えていたの? って……そしたら烏月が
わたしはまだいい方です。しかし狛と三冴の喪失は計り知れない物でしょう
狛はもっと感情豊かだったでしょうし……これは憶測ですが、三冴は喪ったからあの姿になったのでしょう。前貴王姫に仕えていた時は普通の男性でした
あの人、侮れないね
ご名答。俺は貴王姫を喪ったからこうなった
……瑠璃姫の形をどうにか残したかった
三冴の肩が震えていた。触れて慰めたかったが、そんなことはできないと掛け布団を掴む。
瑠璃姫は、きっと真名だ。
契りを交わした仲なのに、護れなかった
声がいつもより低い。
綺麗な身体は光に溶けて、残ったのはこの簪だけだった
三冴が簪に触れるとりんっ、と鳴り響いた気がした。
俺は俺の身体を使って、瑠璃姫の姿を現世に留めようとした。でも、結局は俺だね。どんなに着飾っても瑠璃姫にはなれない
分かっていたさ
三冴……
ゆっくりと琥珀の瞳が璃朱を捉える。
今、また、見えた
姫ちゃんが瑠璃姫になった
お姫様、時々『お姉ちゃん』に見える
…………前の貴王姫様に見える
何故だろう……たまに視えるんだ。姫ちゃんが瑠璃姫に
だから誰のものにもなってほしくない。俺のものになってほしい
三冴……答えは、ごめんなさい、だよ
璃朱の髪に触れようとした手が止まる。
だって、瑠璃姫にわたしはなれないんだもん
三冴は素敵な人だよ。見た目も綺麗だし……瑠璃姫が元だっていったら、瑠璃姫も綺麗で素敵な人なんだね
わたしはそうなれないから。貴王姫の役目さえ逃げたわたしには
息が止まるほどに三冴に抱きしめられた。
耳元で深い溜め息が漏れる。
俺は素敵なんかじゃない。現にほら、手を出した
これ以上のことをしたら叫ぶけど……
いいよ、これぐらいなら。だって寂しかったんだよね、哀しかったんだよね。後悔いっぱいしたよね。いいよ、泣いても。瑠璃姫の代わりに受け止めてあげる
契りを交わすことも、瑠璃姫になることもできないけど。
今だけ、代わりになることを赦してください
三冴の簪がまたりんっと鳴った気がした。
あー、すっきりしたー
朝の日差しが眩しい。その中で伸びをする三冴の姿を見ながら璃朱は微笑んだ。
昨晩は全ての涙を出しきったあと、三冴は泣きつかれて子供のように璃朱に身体を預けて寝てしまった。
一人にするのも忍びないと璃朱は三冴の寝顔を見続け、また彼女も夢の中に落ちたのだ。
まさか一晩一緒にいることになるなんて……
模様替えしよっかな
どうして?
赤は、瑠璃姫が好きな色だったから
すっこし未練たらしいよね。まぁ俺も赤は好きだし、もっとお洒落で映えるような感じにしよ
きっと三冴なら素敵な部屋になるね
あ、そう思う? 模様替えしたら姫ちゃんご招待するから。そのまま……
手出したらその時点で今度は叫ぶから
きゃー、それだけは勘弁
……あ
第三者の声に璃朱の動きが止まる。まるで螺子の切れかけた機械人形のように首をゆっくりと動かす。
寝台に二人で寝ているところを見られた。
灯黎の顔は完全に誤解しているそれだった。
ちょっと、いい雰囲気だったのに
烏月が飯だって……お前ら
二人ともきっちり服着てるでしょ!?
自分と三冴を交互に指差すと、彼は笑って肩の露出を多くする。
ちょっとやめてよ!
あ、そうだ。灯黎ー
扉に突っ立たままの灯黎を手招きするが、彼はこれ以上関わりたくないと脱兎のごとく逃げ出す。
ちょっとぉ
三冴が軽い身のこなしでその背を追うと。
何かが倒れる音がした。
何でとび膝蹴りなんてする!
そういえばー、あんたのこと殴っていいんだよね?
今のとび膝蹴りで十分だろう……あ、痛い……脇腹の傷開いたかも……
それは自業自得でしょ。許してやるからちょっと歯食いしばってね
その日、目の前に座る灯黎の右頬は軽く痣になっていた。