私はおたおたとしている羨ましいぐらい可愛らしい少年の名前を呼んだ。
えっと……泪さん……でしたっけ?
私はおたおたとしている羨ましいぐらい可愛らしい少年の名前を呼んだ。
あ、はい、そうですですです。
どこかでお会いしたことありましたですか?
あの、《自由七科》のファーストミーティングの時に私も参加していたんです。紅原 瞳っていいます。
ああ、です!
そうだったんですね?
すいません、僕あまり覚えていなくてですね。
いえ、私が勝手に覚えてただけですから。
今日は、《自由七科》関係で来たんですか?
はい、です。
今日は天気もいいし、本当はお出かけでもしたいんですが。
ああ、それならさっき蓼科先生と話して、検査と問診だけなので早く帰れるって言ってましたよ?
ほんとですか?
ラッキーなこと聞いたです。
彼もまた《自由七科》の被験者。
髪は黒いが、私と同じように瞳は深紅だった。
そういえば、あの吸血鬼も赤い目である。
もしかしたら彼も《自由七科》の被験者……?
いや、しかし、ファーストミーティングの時に集まった七人の中に彼はいなかったし。
やはり、見当違いだろう。
あの、もしよかったら実験関係のことが終わったらカフェでも行きませんか?
ここで会ったのも何かの縁だ。
もしかしたら、泪さんの実験の経過を聞けば私の《ロジカ》の進行が遅い理由も分かるかもしれない。
ああ!いいですね!
じゃあ連絡先交換しましょうです!
私と泪さんは携帯端末を取り出し、互いの連絡先を登録する。
じゃあ実験が終わったら連絡しますね!
はいです!楽しみにしてますです!
泪さんは軽く敬礼のポーズをすると手を振りながら私が来た方向へと小走りで去っていった。
そして私も自分が向かうべき方向へ歩いていくのだった。
そしてそのあと、私は彼をカフェに誘ったことを後悔することになるのである。
……ていうことがあって……。
できれば早く還元能力が発現してほしいんです。でも、どうも私の《ロジカ》は他のみなさんよりも進行が遅いみたいで……。
カフェ「A leaf letter」
そのテラス席で私と泪さんは軽食を食べながら話をしていた。
最初は、たわいもない話。
私が大学2年生で夏休み期間中であるのに対して、泪さんはWebデザイナーの専門学校に通っているという自己紹介を皮切りに、互いの《自由七科》に関わることになった経緯まで、話は弾んだ。
当初報酬のよさでこの実験に参加した私に対して、泪さんはもっとまじめな理由で参加していた。
話によれば、彼の親友がMEを操る能力を持つ者から暴行を受けたらしい。しかもその暴行の理由は「ただ能力を試したかった」という理不尽極まりないものだったそうだ。
その場に居合わせた彼もまた暴行を受けそうなったが、通報を受けた警察が到着しその暴行犯を取り押さえたために何とか難は逃れたのだという。
しかし、最初に暴行を受けた親友は顔面に消えない傷を覆ったあげく、MEに対して恐怖を抱くようになり、ME技術が溢れかえる街を怯えながら生活しているということだった。
もし、あの時親友を救えるだけの能力があったなら。
泪さんはそう自分を責めたのだ。
そんな時に見つけたのがこの《自由七科》ということだ。
そんな話に便乗したわけではないが、私も同じような経験をしたことを話した。
もちろん「吸血鬼」のことは伏せたが。
そうなんですか……。瞳さんも……怖かったですよね。
一応今日蓼科先生にもお話しをしてみたんですけど、《ロジカ》は他と少し違うみたいなんですよね。
僕のプログラムは《レト》っていうんですが、アルミホイルの欠片くらいなら還元できるぐらいにはなっているです。
蓼科先生によれば《レト》は「心象と現象を編み込ませて中和する」というプロセスで還元がなされているそうです。
心象と現象を編み込ませて中和する?
私にはさっぱり分からなかった。
あはは、僕もよく分かっていないです。
蓼科先生は理論を立てて話しているのですけど、僕みたいな素人には理屈を捏ねて話しているように聞こえてしまうです。
理論を立てる。
理屈を捏ねる。
似ているようで実際は少し違うかもしれない。
確かに私たちにとって科学者たちが言っていることは理論を立てられているというよりも、理屈を捏ねられているように聞こえる。
じゃあ《ロジカ》はなんなんでしょう?
そうですね……。
《レト》は修辞学という言葉から来ているということですから、変な言い方ですけど、現象、つまりMEによる介入がない状態を心象、ここではMEによる介入がある状態に、おべっかを使ってうまくなじませる、みたいなことなのだとしたら、ですけど。
瞳さんの《ロジカ》は論理学、ですから心象のような曖昧なものを一切排して、実際の現象だけを認める、みたいな感じですかね?
泪さんの指摘は科学じみてはいないけれど、直観としてはなんとなく分かるものかもしれない。
もしそうだとしたら、私の《ロジカ》は《レト》よりも厳しいルールで心象、つまりMEを排除するということなのだろうか。
とりあえずは蓼科先生の指示にしたがってみるしかないですかね。
すいませんです!あんまり役に立たなくて!
あ!いや、そんなことないです!
すごく参考になりましたよ。
よかったです。
もっと話したいですけど、そろそろ僕行かないとです。今日専門学校の授業があるですよ。
そうですか。今日はすごい楽しかったです。
また食事行きましょうね!
はい、です!楽しみにしてるです!
専門学校ってここから遠いんですか?
まぁ少し、です。
実は僕だけしか知らない裏ルートがあるですよ。そこから行けば人気もないし、すぐ行けるです。
裏ルート……。面白そうですね。じゃあ今度教えてくださいね。
考えておきますです。じゃあ!
そう言って泪さんはもう少しで日が暮れようとしているなか歩いて行った。
はぁ……はぁ……。くっそ。
闇夜でルック・ワールド・ノクトビションはふらふらとよろめきながら歩いていた。
その腕や足には痛々しい傷がついており、血がにじんでいる。
そして鋭くとがった犬歯にも鮮血が付着していた。
目標……衰弱……余裕。
追いかけるようにゆっくりと現れたのは夏だというのに防寒具を身にまとった長身の男だった。
この防寒野郎……。
ノクトビションは悪態をつきながら追跡者に相対した。
追跡者はどうも「こういう仕事」のプロらしい。
近接戦闘はもちろん、頭も切れるのだろう。動きに一切の無駄はない。銃の扱いも慣れているらしく、身体の2か所にある銃創はうまく急所を外し、かつ移動に障害となる場所を的確に撃ち抜いている。
最後通告……投降……無事。
最後通告ねぇ……それはちょっと遅すぎたな。銃弾2発もぶち込んでから言うことじゃないぜ。
通告……無意味……処理。
そう短くいった追跡者は銃を構える。
ブラッド……力を貸しやがれ。
口が悪いのは嫌だなぁ。
さっきはあんなに罵倒したくせにぃ。
無駄口はいい!
はいはいぃ。
サイレンサー付きの拳銃からびゅんという低い音とともに放たれた銃弾はノクトビションの身体にあたることはなかった。
理解……不能。
悪いな。
逃げおおせさせていただくぜ。
ノクトビションの身体の前には赤黒い歪な壁が盾となってそそり立っていた。