ノクトビションはその赤い壁に触れる。すると壁は液体となり、そしてノクトビションの傷口から彼の体内へと戻っていった。
おい、防寒野郎。お前こそ死にたくなかったらさっさと引けよ。
ノクトビションはその赤い壁に触れる。すると壁は液体となり、そしてノクトビションの傷口から彼の体内へと戻っていった。
血液……操作。
ああ。そうかもな。
どーいう仕組みかは知らないが。
僕もそこまで暇じゃない。
そして、あの研究所に戻る気もない。
ノクトビションは右手を左肩の傷口にかざす。
すると、血液が生き物のように自ら這い出してきたかと思うと、細長い形を成す。
それは紛れもなく、刀であった。
血を固めて作られた、刀。
その刀身は所有者の身長よりも長く、毒々しいほどの鮮血の赤を帯びている。
その異形の刀は妖刀といってもいいかもしれない。
銃……刀……有利。
はっ。試してみろよ。
乾いた銃声音。
それと同時にノクトビションは右手に握られた刀を振るった。
普通の人間の動体視力、運動速度で銃弾を斬りはらうことはできない。
そしてノクトビションも常人以上とはいえ、その点に関しては怪物的にとびぬけた能力を有しているわけではない。
しかし、やはりノクトビションの身体に銃弾が到達することはなかった。
ノクトビションの握っている刀は振るった瞬間に、一部が流動体へと戻る。
そして無数に散らばった血の滴が銃弾を撃ち抜くように再び硬化したのである。
それはノクトビションの能力というよりは彼に「宿っているもの」の能力であった。
さっさと終わらせてやるよ。
ノクトビションはその長大な刀を下段に構えると、地面を強く蹴った。
絢鞠は近づいてくるノクトビションに向かって発砲する。しかし、その刀から生じる滴が次々と銃弾を串刺しにしていく。
だから……引けって言ってんだろうが!
完全に絢鞠の懐に入ったノクトビションはその首元目掛けて刀を振り上げた。
鈍い金属音が人気のない夜道に鋭く響いた。
ったく……しつけぇな。
刀が首に届く直前で絢鞠は拳銃の銃身で受け止めていたのだ。
拮抗する力で刀と銃がカタカタと音を立てる。
でもいいのか?この刀にそんなに近づいて。
ノクトビションは自分より頭一つ大きい絢鞠を見上げて煽るように言った。
そして次の瞬間、ノクトビションの握っている刀の刀身の上半分がバチャッという音と共に液体化し、絢鞠の拳銃とジャンバーを赤く染めた。
!!
今までほとんど表情という表情を示さなかった絢鞠が初めて目に見える動揺を見せた。
まさか、それも避けるとは思ってなかったぜ。
ノクトビションはそう言って、つい先ほどまで絢鞠が来ていたジャンバーが赤黒い棘によってズタズタにされているのを見た。
もしあとコンマ数秒、絢鞠がジャンバーを脱ぐのが遅かったなら決着はついていた。
もっと言えば、ノクトビションが煽らなければ、あるいは警告しなければ戦いは終わっていた。
くそ……僕も詰めが甘い……。
ノクトビションは血液の棘にそっと触れる。
すると棘は液化し、ノクトビションの体内へと戻っていった。
拳銃……破壊……負傷。
絢鞠は脇腹を抑えて膝をついている。
拳銃に付着した血液が硬化したときに負傷したようである。拳銃も砲身が串刺しになったらしく、もう使いものにならなくなっている。
悪いが、逃げさせてもらうぜ。
そう言ってノクトビションは背を向けてその暗い山道を走り去っていった。
はぁ……はぁ……。
数時間後、ノクトビションは時計台のある公園のベンチに座り息を荒げていた。
なんとか切り抜けたか……。
ノクトビションは自分の腕や足をちらりと見る。
そこにあったはずの傷は既にふさがっていた。
さながら、不死身の怪物のように。
と、その瞬間意識が沈殿していくような感覚に陥る。
いやぁ。よかったよかったぁ。無事にきりぬけられてぇ。
白髪と赤い目を持つ、どこかの死刑囚のようなその女はニコニコしながら言った。
無事……ね。
ノクトビションは睨みながら言った。
女の名前はブラッドと言った。
その正体はもちろん人間でもなければ、吸血鬼などでもなかった。
言うなればルック・ワールド・ノクトビションの
「不死身の象徴」であり、
「血液操作の源」であり、
そして
「吸血衝動の根源」である。