7.ブラックジョーク
オブゼッション
7.ブラックジョーク
オブゼッション
半年、前……誕生……?
頭の中で咀嚼してみるが、まるで意味が掴めてこない。
彼にとって、これほど未知の日本語は他になかっただろう。
どう読んでも、澄人の履歴欄には〝半年前――誕生〟と記載されている。
さらに、追い打ちをかけるかのごとく新たなメールが来た。
今度はショートメールではない。主は〝トガビト〟――つまり科人のBJネームとなっており、そこに画像が添付されている。
その内容を見た澄人は、もはや体が脱力し切ってしまう寸前まで追い込まれた。
これは……俺の個人情報と一緒……。
件名:親愛なる澄人君へ。
澄人君、とうとうこのときが来てしまったね。君に決定的な証拠を見せてあげよう。
上の画像が見えるかい? ああ見えるよね。君の携帯の設定環境は過去に確認済みだ。この画像はね、灰塚ちゃんがタイムラインに上げたイケメン君の設定さ。身長一八二センチ、体重六五キロ。十七歳で、毎日ワックスやスプレーで綺麗に金髪を整えている。女の子にはとても優しく、困っている人は放っておけない。手鏡アプリをいつも持参しているが、それは自己顕示欲などではなく、人に対して粗相がないようチェックするためのもの。嫌いなものは悪者で、好きなものは――
送られてきたのはすなわち、初がタイムラインに乗せていたらしき妄想の設定。
身長、体重、年齢から容姿、果ては日常的な行為まで、細部に渡るきっちりとした美男子の設定がそこにあったのだ。
加え、澄人は記載された事柄すべてに心当たりがあった。
どうすればいいっ? 俺にどうしろって言うんだよ……!?
むろん、初のタイムラインが嘘であるという可能性は多分に存在する。
澄人の経験からして、科人はさまざまな工作、情報のねつ造をやってのけるのだ。
それはときに、澄人の捜査を妨害しかねない暗躍であることも。
よって、これを鵜呑みにするのは利口ではない。
が、今の澄人にはその判断ができなかった。
あまりに困惑が過ぎている。
脳髄を冷たい鉄の棒で掻き回されたかのようであり、自分の置かれた状況に考えを巡らせようとするたび、ますます棒の回転速度が速まってさらに狂っていく。
なにが正しくてなにが悪いのか以前に、己がなにを考えるべきかすらわからなくなっていた。
そして、とどめ。
澄人の携帯に、新たなメールが届く。
それはショートメールではなく、BJNのサービスを介してでもなく、れっきとしたEメール。
ショートメールよりも大きなデータを送ることができ、かつ、自分で開かなければ本文を見ることができないものだ。
もう、逃げられないのか……?
もはや感覚は麻痺してしまっている。
澄人はいまだ初に胸を貸してやりながら、虚ろな目で本文を開いた。
差出人は戸黒 科人。
件名はなし。
二行にも満たない本文は、しかし澄人の瞳に激情をたたえさせたのであった。
科人……!
立ち上がる。
それは、澄人の脳が赤い感情にスイッチを入れた合図であった。
す、澄人、さん……?
ごめんね、初ちゃん。今度、埋め合わせをしよう。心配しないで。君がなにか悪さをしたわけじゃないんだ。ちょっと、悪戯が過ぎるやつをとっ捕まえに行くだけだよ。
初には見えない角度に無表情を置き、声だけは柔らかく彼女の耳へ届けてやる。
澄人は器用にもそれをやってのけ、初の答えも聞かぬまま部屋を出ていった。
後に残るは、温もりの余韻に酔い痴れる少女の姿。
ふふ、埋め合わせしてくれるのかあ。ありがとうございます――私の理想の人。
初はうっとりと目を細めながら、ベッドを下り、勉強机の上から二段目の引き出しを開ける。
そこには雑多な書類がいくつも重なっており、その一番下から、ダブルクリップでとめられた紙の束を取り出した。
恋する少女はその束の表紙を見て、
また心酔。
題は、
〝設定――清白 澄人〟とあった。