……金谷ってさ

優斗

うん

最近飯野と仲いいよな


 俺はその言葉を聞いて、思わず吹き出しそうになった。
 金谷が? 飯野と? そんな馬鹿な。
 一緒に話しているクラスメイトの雪谷は笑いながら言っていたが――きっと雪谷にとっては冗談交じりに言っているつもりなのだろうが――俺にとっては死活問題。
 だって、俺は、飯野と幼馴染だからだ。
 この俺、哀川優斗にとって、飯野マキは幼馴染であり、それ以上の存在ともいえるようになっていた。
 あくまでもそれは俺の主観に過ぎない。飯野はそんなことを思っていないかもしれない。
 だが、飯野が誰と付き合っているのか、誰と仲良くしているのか、それだけは把握しておきたかったのだ。

……おーい、優斗? どうしたんだ?

優斗

いいや、ちょっと考え事をしていただけだ



 そう言って俺は動き出す。先ずは金谷に話をかけたほうがいいだろう。
 金谷はいつも通り本を読んでいた。何の本を読んでいるのかは分からない。ただ、いつも本を読んでいることだけは何となく知っていた。休み時間、ほとんど人がいない教室に、一人だけ本を読んでいる人間が居れば、嫌でも覚えてしまうだろう? そういうことだ、要は。

優斗

おい、金谷


 俺は声をかける。金谷は本を読んでいたが、俺の問いかけを聞いて顔を上げた。

金谷くん

どうしたの?

優斗

……最近、飯野と仲いいんだって?

金谷くん

そうかなあ



 平然と答える金谷。
 はっきり言って、俺は金谷のことをよく知らない。クラスメイトであることは確かだが、それだけのこと。授業で班を作ってと言われても、同じ班になったことは無いし、気付いたら、

あ、居たんだ

くらいの感覚しかない。
 はっきり言って、居ても居なくても変わらない存在。
 それが金谷という人間だった。
 ぼうっとしたような目つきで、俺を見つめる。

金谷くん

……ねえ、何か、ほかに質問でもあるの?

優斗

い、いや。最近、お前が飯野と一緒に居る場面を目撃する人間が多いんだよ。だから、仲良くしているのかと思っただけだ

金谷くん

逆に聞いていい?

優斗

なんだ?

金谷くん

どうして、仲良くしているとダメになるのか、解らないのだけれど


 ……。
 まさに、その通りだった。
 はっきりと、的を射た発言。
 金谷って、そんな発言をするのか。
 話したことが無かったから、解らなかった。

優斗

別に、ダメとは言っていないよ。だが、ちょっと、気になっただけだ。それだけ! お前が、仲良くしている風でないのであれば、何の問題も無い。読書の時間、邪魔して悪かったな


 そう言って、俺は踵を返し、元の場所へと戻って行った。

 ◇◇◇

マキ

さっき、哀川と何を話していたの?


 ちょうど休憩時間で同じタイミングに外に出たので、私は気になったことを金谷くんにぶつけてみた。別に何も気にすることじゃないのだけれど……というか、どうしてそんなことを気にする必要があるのか、私には理解できないのだけれど。

金谷くん

何を話していた……って、確か、飯野さんと仲良くしているのか、と言われたことだよ。もしかしたら、案外出会っているところとか話しているところとか、誰かに見られているのかもしれないね


 それは盲点だった。学校ならまだしも、学校外となると話は別だ。校内ならまだ視線を感じ取ることは出来るかもしれないけれど、学校外は学校の知り合い以外にも一般人がたくさんいる。その状況で視線を感じ取るのも難しい話だ。はっきり言って、不可能に近いだろう。
 だからと言って、金谷くんとの関係をはっきりと否定することも出来ない。
 なぜだろう。ちょっと前なら素直に否定していたはずなのに。
 何だか、してほしくない。
 今はただ、私と金谷くんが何の関係も無い――ということを、金谷くんの口から言ってほしくなかった。
 まあ、そんなことを金谷くんに言っても無駄なのかもしれないけれど。

 ◇◇◇

 帰り道。
 俺は、金谷と話したことを思い出していた。会話自体は他愛もないことだったが、大きな収穫はあった。

優斗

あいつ、意外と話しやすいな……

 そう。
 今まで話すことが無かったから、どういう人となりだったのか解らなかった。

(友達になってもいいかもしれないな……)

 何となく。
 ほんとうに、何となく、そんなことを思いながら――俺は帰路につくのだった。

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