小暮忍

詳しい事情は知らないがきっと使い方間違えてるよ。ところで君何しに来たの?俺に何か用?多分、あのエロ店長はビビりだからもう何もしてこないとは思うけど

織原経華

いや、そうじゃなくてその…社会勉強です!

小暮忍

何の?

織原経華

だからその…今度は違った整体関係の会社を受けるので、もう一度前回のカイロプラクティックのお話詳しく伺って、面接対策に役立てたいなあと思いまして

小暮忍

あんな思いしてまで?それに君あの時もほとんど寝てたろ?

へへっ、

というその小暮の笑いにはニヒルさにどこかあどけなさも交じっていた。


つられて経華もヘラヘラと笑った。

小暮忍

それにしても辛そうな肩と背中だね。ちょっと背もたれにピンと背中を立てて座り直して。マスター。もうちょっといさせてもらうよ

ケッと舌打ちしてから黙ってうなづく老主人。


イエス!

と姿勢を正して椅子に腰をかけ直した経華。


その向かいに座る小暮。

小暮忍

まずは俺の動きに合わせて練習。右肩だけをぐっと上げてストンと落とす。上げて。はい、1、2、3、ストン!そうそうそんな感じ

今度は左と交互に経華は肩を上げ下げする。


その姿は操り人形のようであった。


2、3セット繰り返すと

小暮忍

失礼

と言って小暮は彼女の背中に回り、

長い後ろ髪をさっとかき分けてからまず両肩に双方手を乗せ、

次に片手をもう片方の手首で固定し白い左肩をロックした。


その際、

経華のチューブトップからブラの谷間が見えるのを小暮はシレッと見てから目を逸らした。

小暮忍

いいか。俺が上から肩を押さえつけるからそれに負けないように左肩を挙げてみて。せーの

経華は歯を食いしばって左肩を上げた。


それを上から小暮の大きな手が押さえつける

小暮忍

もっと強く来ていいよ。日頃の鬱憤を爆発させて

織原経華

このやろー!何でどこも内定くれないんだよお!!

少しプルプル震えるくらいのところでキープ。

小暮忍

よしその意気だ。はい1、2、3、ストン。はい3の掛け声でストンて下す!

左肩をガクッと下ろした経華。


その拍子に巨乳のブルンと揺れる。

小暮忍

軽く上げてみて

と言われふっと上げてみると予想の10倍ぐらいの軽さで肩が跳ね上がった。
















織原経華

おお!すっごい軽い!!ええ、すっごい軽いんですけど!?

小暮忍

ある一定の力を一時的に抑え、一気に開放することで、その勢いで抑えていた周囲の筋肉が弛緩し、老廃物が押し流されたんだ。これを肩部筋矯正という。じゃあもう片方も

右肩も同じ要領で行うと経華の肩はふわふわふわと羽ばたけるんじゃないかというくらいの爽快感で満ち溢れていた。


その一方で施術するたびに揺れる経華の胸元に小暮は観て見ぬふりを貫いた。

織原経華

私今日だけで七軒くらいの整体を受けたんですけど、一番今のが良かったです!

小暮忍

七件?一体何を考えているんだ。それでは返って体に負荷を与えすぎて壊してしまう。まして君みたいな側弯症だとなおさら施術後の好転反応が強すぎる

織原経華

好転反応?

小暮忍

つまりこれまでの体の悪い部分と施術で良くなった部分が体内で反発し合って起きる一時的なショック状態の事さ。君の場合、おそらく目まいや眠気がひどかっただろう?特に背中は違和感が大きかったはずだ

織原経華

たしかに!でも、良薬は口に苦し的な事だと思って無視してました!

小暮忍

その解釈も間違いじゃない。でも一回にいろんな施術を受ければ受けるほどからだ全体が良くなるとは限らない。むしろその逆かもしれない。今の君は緩やかに背骨の側弯を取りつつ、肩へのアプローチをしていくのがいいと思うよ。まああくまで俺流のカイロプラクティック診断の場合だけどね

織原経華

なるほど~、小暮先生は体の事なら何でも知ってるんですねえ

小暮忍

プロだからね、一応

織原経華

でも、いろいろ言うわりに先生自体が猫背なのはどうして?

火をつけようとした煙草を思わず落とす小暮。

小暮忍

まあ、背筋のピンとしたギャンブラーなんていないものさ

経華の頭には先ほどのパチンコ屋のお客さんたちの丸い背中が浮かんだ。


たしかに!


と思いつつも

織原経華

うーん、でもカイロプロクターなんですよね?私のメモが正しければ背骨と骨盤の先生だと…だからそんな人が猫背ってちょっとイメージに合わないというか怠慢というか

無邪気ゆえに経華の問いが小暮に刺さった。


単語の間違いを突っ込む余裕も消えるほどに。

小暮忍

まあ、参考にしておくよ。ところで君は何しに来たの?気軽に遊びに来たってわけじゃなさそうだけど

今度は経華が返答に困った。


頭をひねり出して言ったのは

織原経華

好奇心、ですかね。私のおっぱ…左肩の悩みをちゃんと答えてくれたのって小暮先生だけなんです。私が大げさなのかなって考えつつも、直感的にそうじゃないだろうってずっと思ってて…先生にはそんなモヤモヤを解決するきっかけをくれたカイロプラクティックをもっと教えてくれないかなあって。すごくマイナーな分野で他に知ってる人も少ないし

極度の疲れで咄嗟に思い付いた言葉を口にした経華であったが、

小暮を探しに来た一番の理由だなあとしみじみ思った。

小暮忍

実は君みたいな患者こそがカイロプラクティック向きなんだよ。腰痛肩こりは病院に行っても病気じゃない。だからそんな人たちが町のいろんな整体院に尋ねてくる。でもそれでも、根本治療には至っていない。気持ちの良い施術をして矯正すれば完治ってほど人の体は簡単には出来ていないんだ

小暮から先生の顔が覗いた。


経華はそこに安心を覚えて

織原経華

何か先生のおかげでいろいろわかりかけてきた気がします!もしよければまた私の体診て頂けないでしょうか?

小暮忍

君がよければ。前回も今回もちゃんとした施術とは言い難いからね。今度は施術用のマットの上で、ある程度矯正も入れる感じかな

織原経華

よろしくお願いします~。あ!そうだ前回の施術代をお支払しようと思って来たんです!そしてその服のクリーニングも。この万馬券で一括払いです!!

老主人

カップの弁償代も忘れないで

まさかの老主人の一言に許を突かれる小暮と経華。

小暮忍

水を差すようで悪いけど今日はもう馬券の払い戻し時間終わってる。引き換えは明日の朝かな

織原経華

え!?それじゃあ私困るんです!だってお金が全然なくて。あ、でも無銭飲食なんかする気は毛頭無いんですよもちろん!信じて下さい

小暮忍

いいよ、とりあえずここは俺が出しておくから

経華は何も言えず結局甘えて店を出る。


小暮が1000円札を差し出す。

小暮忍

その様子だと電車賃も無いでしょ?とりあえず今度の施術の時に返してくれればいいから



経華は半べそかきながら1000円札を握り、

ペガサス像の前でうずくまった。

織原経華

武士ならとっくに切腹モノですよ!このまま生き恥を晒して生きていくと思うとぞっとします!

小暮忍

イチイチ大げさなやつだな

小暮は頭を抱えてからヘヘッと笑い彼女に尋ねた。

小暮忍

これから時間ある?ちょっと患者さんを見に行くんだけどよかったら手伝ってくれない?来てくれたらバイト代出すからそれで電車賃、コーヒー代、クリーニング代、それと先日の初回施術料を相殺するって事で武士のメンツは保たれると思うんだけどどう?

織原経華

…かたじけない。謹んでお引き受け致します!

夕闇の中、

経華は猫背の整体師の後にルンルンと付いて行った。


その後ろ姿にケッと思った老主人は唾を吐き捨て、

店先の看板をclosedに翻してから店内に戻る。


小暮がいたテーブルにはナプキンに

小暮忍

新しいカップ代と迷惑料

とだけ書かれたメモとその上に1-6のワイド買い500円分の的中券、

それと吸い半端の中南海が1ケース置かれていた。


どうやら小暮も手堅く当てていたらしい。

老主人

ケッ

と吐いてから老主人はもらいタバコを咥え、

もらい馬券に感謝の露払いをしてからポケットに仕舞う。


そして早速ノートと新聞を広げ、

度のきつい老眼鏡をかけて赤ペンを握り締め、

来週のレースの予想に取り掛かった。

第二章

プレッツェル・ロジック

 おしまい

プレッツェル・ロジック その5

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