本日も無事に幕が降り誰もが安堵のため息を吐く。
その終演直後にケントが団員の一人に手招きされる。
本日も無事に幕が降り誰もが安堵のため息を吐く。
その終演直後にケントが団員の一人に手招きされる。
ケントさん、ちょっと……
どうした？
耳打ちされてケントが驚いた声を上げる。
まさか！？
本当です。僕らじゃ相手出来ませんよ
チラリとコーディリアを見てからそそくさと奥に入っていく。
どうしたんだろう？
暫くした後、コーディリアが後片付けをしているところに、彼は物凄く複雑そうな顔をして戻って来た。
……コーディリア
？
どうかされたんですか？
第三皇子フォーティンブラス様が参られてるんだ
え？
どなたです？
皇子だよ、皇子！
田舎娘のコーディリアには皇子と言われてもピンとこないのは致し方ない。
取り敢えず、ケントが興奮するくらいに凄いことなんだということだけわかった。
そんな方がどうして？
君を観に来たんだそうだ
コーディリアは首を傾げるしかない。
女優の君を観に来たんだ！
凄いことだぞ、これは
やはりコーディリアはぽかんとしていて、事の事態がいまいちわかっていないようだ。
皇子は君にお会いしたいそうだよ
わたしに？
くれぐれも失礼のないようにな！
そうやって念押されたら緊張しないわけがなかった。
し、失礼します
案の定、皇子が待っているという応接室の前に来て声が裏返った。
応接室にはソファに座ったコーディリアと同年代くらいの身なりの良い少年と、その傍に控えるように立つキチッとしたスーツを着た男性が居た。
……
コーディリア！
少年がソファから立ち上がる。
今日の舞台、最高だった！
こんなに興奮したのは久し振りだ
あ、ありがとうございますっ！
瞳を輝かせながら賞賛の言葉を述べる。
彼が第三皇子なのだろう。
コーディリアには身分の差があり過ぎて、どういうことが失礼に値するのかを考えると頭の中がぐるぐるしてきた。
特に『いずれ天国でお逢いしましょう、ごめんあそばせ』ってところがグサッと胸にきたよ
少年は心底愉快そうに笑い頬を染める。
あの台詞で普通笑うー！？
コーディリアは衝撃を受ける。
だがそれ以上の衝撃を与える皇子の次の一言。
君が気に入ったよ
え？
え！？
ケントの心臓がドクンと脈打つ。
僕のところに来る気はない？
え、それは……
僕のお嫁さんにならないか、ってこと。
僕らは年齢も調度良いし、身長もお似合いだ。
僕は三番目だから結婚相手として望まれることは、平穏さと見た目の美しさだけだから御家柄も気にすることない
ちょ、ちょっと待ってください！
ケントは慌てた。
彼女はまだまだこれからの俳優なんです。我が劇団を引っ張っていってもらうつもりだし……
ああ、もちろん女優は続けるべきだ。
コーディリアがどんな俳優になっていくのか僕も楽しみだから
……
皇子がケントににっこりと微笑むが、その後ろで控える男性がジロリと睨みを利かせている。余計な口出しをするなと目が語っている。
でも、仕事と生活面においては別だろう？
安定した生活があってこそ、豊かな表現が創れる
皇子の言葉に間違いはない。役者の生活は厳しく、現に生活の援助をしてくれるパトロンのいない役者は浮浪者扱いされる風潮にある。
だが、パトロンとはまた異なる誘いに、ケントは全身の血がサッとひくのがわかった。
明らかに混乱して言葉も出ないコーディリアの代わりにケントは断ろうと一歩前に出たが、すんでのところで踏み止まる。
ダメだ。ここでオレが口を出すのは失礼にあたる！
どうかな、コーディリア？
コーディリアが答えるのを皇子は辛抱強く待っている。
い、いきなりのことで、
こ、混乱してて……
うん
皇子はニコニコと受け止める。
わたし、まだ都にも来たばかりで、
お芝居もはじめたばかりで、
初めて尽くしで
うん
コーディリアは失礼のないような話し方を選びながらゆっくりと答えていく。
あ、あまりにも自分とはかけ離れた話ですので、想像もできないというか……。
あの、少し、か、考えさせてもらってもいいですか？
うん、そうか！
全然構わないよ
皇子はあっさりと引き下がる。
急ぐ話でもないからね
コーディリアはほおっと息を吐いた。
ケントも内心ホッとした。
ただ……、そうだな。
もし、これから君に言い寄る男性や君が気になる男性が現れたら必ず報告してくれる？
え！？
だって、保留されて呑気に茶を飲んでる間に横取りされたなんてことになったら許せないだろ？
よ、横取り……
そんなことあり得ないんじゃないかなという顔をコーディリアがすると、皇子は真面目な顔をして首を振る。
今後君は人気女優になる。すぐに多くの誘いが引っ切り無しにやってくるよ。
だから約束してくれる？
は、はい、もちろんです！
まだ半信半疑ながらも彼女はしっかりとした返事を返す。
うん。
座長さんも見張っていてもらえるかな
は、はい……
ケントもガチガチに固まった首を無理矢理縦に振った。
助かるよ
なんだかわからないけど、心の内を読まれて釘を刺されたみたいな気がしたよ
後日ケントは、ホレイショーにそうこぼす。
なんて皇子だ。
まだケント自身もはっきり自覚していないというのに、バッチリ釘刺していくなんて
まいったよ
ケントは迷惑そうにしているが、第三者のホレイショーからしたらなかなか面白い状況になりつつあった。
案外、皇子の存在がいい焚付けになってくれるかもしれないな
コーディリアの初舞台となった劇ダブルスーサイドもそろそろ千秋楽という頃、彼女も所々アドリブを加えるようになってきた。
心に余裕が出てきた証拠だ。
自信がついて来ればどんどん演技も深みを増すことだろう。
彼女の演技だけでなく劇団自体の評判もいい為、団員からも受け入れられつつある。
今はまだ彼女も、親切にしてもらってる、といった感があるが、団員の一人として認められるのもそう遠くないだろう。
世論も、女役は女が演じた方が自然だ、という考えに変わってきている。
新聞社からのインタビュー依頼も止むことはない。
皇子の言う通り、すぐに彼女は人気女優となるだろう。
だから……。
また火傷されたら敵わない
ケントはコーディリアからやかんを取り上げた。
夕食後お茶を淹れると言った彼女にハッとしてケントは止めに入ったのだ。
そんなーもう大丈夫ですよ。
この間の火傷も消えましたよ
いや、今まで以上に気をつけないとダメだ。
君はもう我が劇団に居なくてはならない看板女優だ。
少しの傷もつけさせるものか
ケントさん……
コーディリアは戸惑いを隠せない。
その瞳と目を合わせたケントは、一瞬何もかも吸い込まれそうな気がして慌てて逸らした。
それに、君は次期皇子妃となるかもしれないだろう
！？
皇子から直々に見張れと言われてしまったからには……
わ、わたしは、皇子と結婚出来ると思えません！
ケントの言葉を遮ってコーディリアは思いっきり力を込めて言う。
貴族じゃないし、みなしごだし、綺麗でもないし、お淑やかでもないし、性格もあれだし、マナーとかわかんないし、そもそも初めて逢った人だし
息継ぎなしに言葉を続ける彼女にケントは圧倒されている。
そ、それにわたしは……
そう言ってまた、じっとケントを見つめる。
？
いえっ、なんでもありませんっ
続く言葉を図りかねて彼が見返すと、今度は彼女の方がパッと顔を逸らした。
ケントは、顔を真っ赤にして拒否反応のようなものを示す彼女に、心中では胸を撫で下ろしていた。
皇子の元に行くのは嫌なんだろう
彼としても行かせたいわけがなかった。
わかった。
だが、皇子妃の件は無いにしても、君に怪我をさせたくない。
だからお茶を淹れるのはオレがやる
は、はい……
ホレイショーが見ていたら過保護だと揶揄われることだろう。
