忘れろって
言ったから……

時間も時間だったし、帰ろうということになった。

経次郎

ちょっと騒がしかったかな?

聡士

ちょっとじゃなかったけどな。

経次郎

悪ぃ。

聡士

しょうがないな。

静香

あれをこれで済ますのか?

「単純」という言葉が脳裏をかすめる……。

経次郎

じゃ、またな。

聡士

今度はほどほどにしろよ。

経次郎

そうするよ。
ありがとな。

聡士

うん。
またな。

聡士は彼女と駅方向に行き、私と経次郎と弁慶は反対方向に行った。

静香

聡士とだと
前世の話し、しやすい?

経次郎

ん?

静香

バーガー屋でのこと。
学校中、探しちゃったんだからね。

経次郎

探してくれたんだ?
嬉しいな。

静香

茶化すな。

経次郎

ごめん……。

経次郎

静香には、あんまり前世のこと、
言いたくなかったんだ。

静香

どうして?

経次郎

辛い思い出もあるだろ。

静香

それは……、
まあ。

人の一生分の記憶……。
それは確かに重く、辛いものも多かった。

経次郎

静香には、静香として、
生きてもらいたいから。

静香

そんな気を
遣わなくてもいいよ。

静香

一緒に乗り越える
つもりだし……。

経次郎

…………。

経次郎

ありがとう。

少し悲しそうな目で、彼は笑った。

静香

それに、けっこう
楽しそうにしてたじゃない。

辛い思い出を話しているようにはみえなかった。

静香

辛いっていうか、
ヤツが言ってたのは恨みの念か?

経次郎

悪い思い出ばかりじゃなくて、
いい思い出も多いから。

経次郎

でも、ボクにとってはそうでも、
キミには違うかもしれない。

静香

そういうことも、
あるかもしれないけど。

それでも、言ってほしい……。

経次郎

楽しい記憶の合間に、
とても辛い記憶が紛れているんだ。

経次郎

あまり酷いヤツは、
さすがに覚えていない。

経次郎

記憶を整理していると、
それが出てくるんだ。

経次郎

どうしたらいいか、
わからなくなる時がある。

静香

……。

思わず、唇をかみしめていた。

経次郎

さっきから黙ってるけど、
どうしたの?

経次郎

また怒ってるの?

「また」って言うな……。

静香

なん……、でも……。

涙が出てて、後が言えなかった……。

嫌なことを、思い出していた。
もう、彼に会えなくなった、時のこと……。

経次郎

静香?

呆れられちゃうね……。
「一緒に乗り越える」って、言ったのに、私が泣いてるんだもの。

静香

泣きやまなきゃ。
じゃないと、

また捨てられちゃう……。

経次郎

……。

彼は、小さくため息をついた。

静香

呆れられてる……。

自分が情けない……。

でも、彼はそっと私を抱き寄せた。

経次郎

ごめんね……。

耳元で聞こえる、優しい声。
すごく悲しい響きを持っていて、そのまま消えてしまいそうだった。

静香

謝らないでよ。
なんで、謝るの?

経次郎

ごめん。

静香

……。

そのまま、どこか遠くへ行ってしまいそうな、そんな恐怖を感じた。
すると、彼は……

経次郎

ボクは、ここにいるよ。

と言った。

経次郎

ボクは生きていて、
ちゃんとここにいる。

びっくりして、顔を上げた。
すると、ニコっと笑いかけてきた。

経次郎

ちゃんといて、
ずっとキミと一緒にいるよ。

経次郎

ボクは、キミがいないと、
ダメだから。

静香

そ……、そうなんだから。
離れてなんか、やらないからね。

経次郎

うん。

無害そうな笑顔で、キスしてきた……。

忘れろって言ったから……

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