今都で一番人気という舞台を観たその日、コーディリアは興奮して眠れなかった。


 夕食時にケントにあらかた感想は話したのだが、それでも収まらなかった。

 コーディリアは、都に女の役者がいない理由が少し分かった気がした。

男の人とは思えないくらい綺麗だったなぁ

 仕草一つを取っても自分には勝てない気さえした。

今はうちの劇団にも女優はいない。
だが、今後必要不可欠なものとなる

 ケントはそう言っていた。

女優かぁ……

 そろそろ帰らなければハムレットが怖い。
 黙って来てしまった事だけで相当怒ってるはずだ。

 次の日、早朝から玄関の方が騒がしかった。

来客かな?

 目が覚めてしまったので起きようかとベッドから降りたところで、部屋のドアをノックされた。

コーディリア、起きてるかい?

あ、はい。どうしたんですか、ケントさん

彼が来てるよ

 ささっと服を着替えて出て行くと、実際は数日振りだがなぜか懐かしい人がそこにいた。

ハムレット!?

コーディリア!

ハムレットまで来ちゃったの!?

お前、オレに何も言わずこんなところまで!
会ったばかりの知らない奴によくもついて行ったな!

知らないってケントさん良い人だよ?

 だが、言われてみればそうだよなぁ、と心の中でコーディリアも思った。

良い人ぉー?
そんなことわかんねぇだろ!

 ハムレットの言うことは何も間違っていないので何も言い返せないでいると、ケントが間に入った。

まぁとりあえず上がりなよ。
玄関先で揉められると前を通り掛かった人に聞こえて何事かと思われる

 だが結局応接室に通すと、お茶を持ってくると言ってケントは出て行ってしまった。

き、気まずい……。
これはかなり怒ってる

 コーディリアは視線を彷徨わせる。
 なぜならハムレットがじっと睨んでいるからだ。

は、ハムレット、あのね……

コーディリア、オレと一緒に帰ろう?

 ハムレットは真剣な面持ちで言う。


 彼はただ怒って連れ戻しにきたんじゃない。

 そう、彼は心配して来てくれたのだ。



 彼はいつもコーディリアの傍に居てくれた。
 両親がいないコーディリアが寂しいと思うことがないようにと、男友達と連むことなく、いつも彼女の傍に居た。

 こんなハムレットに対しいつもだったら不義理なことはしない。
 迷わず、うん帰ろうと答えていたことだろう。


 でも、今、彼女は葛藤していた。

もう少し、居ちゃ、ダメかな……

なっ!?

 そのコーディリアの一言にハムレットも驚いている。

なんで!?
俳優はやらないって言ったじゃないか

はじめて本場の舞台を観たの!

 コーディリアは叫ぶように言った。

本場は凄いのよ!
まずセットはね、同じハリボテとは思えないくらいでね!
小道具も細かい装飾までしっかりしていて実際の物みたいなのよ。触らせてもらったけど質感までそっくり!
それと場面によって音楽も合わせるの。劇団の中にバイオリンとかピアノとか弾ける人までいるのよ!
煌びやかな衣装を纏った役者さんもみんなイキイキとしてて、そうね、演じているっていうより、まるで物語の人物がそのままそこに生きているかのようで……

 当日の興奮を思い出しているかのように一気に喋り通した彼女の言葉がそこで止まる。

……うん

 そして、何かを決意したようにしっかりも頷いた。

あのスポットライトの中に、わたしも立ってみたいって、思ったの

コーディリア……

 彼女の目はハムレットを見ていなかった。その先にある何かを捉えているかのようだった。

 ハムレットは焦った。

ぶ、舞台はそうやってキラキラしてみえる反面、裏側では何が行われてるかわかんねぇんだぞ!
そんなとこ危ないだろ。
お前、只でさえ警戒心ないんだから

そんなところ、オレが近づけさせやしないさ

 お茶を運んできたケントが告げる。

ケントさん

……会ったばかりのあんたの言葉が信用できるわけがない

 ハムレットはまるで唸っているようだ。

君に信用してもらおうとは思っていない。
コーディリア、残る気になったんだね

はい!
わたしも色々不安なことはあるけど、でも、やってみたいって思ったんです

うん。良かった。
不安なとこはオレがサポートしていくから。
今日も違う舞台の席を取ったんだ。
観るだろう?

わぁ、もちろんです!

舞台前の楽屋にも挨拶するから、すぐに出掛ける支度をしておいで

え、でも、ハムレットが

……

オレからも話をさせてもらうから、その間にね

わかりました。
じゃあごめん、後でねハムレット

 ハムレットがケントと二人きりになった瞬間、いきなりケントの胸倉を掴んだ。

お前こうなることをわかってて連れてったんだろ!

 伸び盛りのようだがまだケントの身長には及ばないハムレットだったが、大人顔負けの凄みをみせる。
 コーディリアの前の彼と印象が異なる。


 だが、ケントの方も驚く様子はなく、ふんと鼻息一つ吐いて答える。

当たり前じゃないか。
オレは彼女が欲しかった

欲しいだと!?

生まれた街から出たことのない者が、憧れの煌びやかな街に来れたら帰り難くなる。
田舎者は一度都に強引にでも連れてきてしまうのが定石だろう。
思った以上に彼女の心が良い方向に向かってくれたのは、オレにとってもありがたいことだけどね

てっめぇ

今の彼女を連れて帰るのは力尽くでも無理だと思うな。瞳に炎が灯ったばかりだ

くそ

 長年一緒にいたハムレットにもそれはわかっていた。彼女は一度決めたことはやり通す。

 ハムレットは小さい麻袋を乱暴に床へ投げた。

この金返す!

金?

親父が受け取っちまった金だよ!

 教会で神父の説得は単純だった。
 多少躊躇いはみせたものの、彼女自身がそれを望んでいると念押しすれば容易かった。

ああ、あれか。教会への寄付金だよ。返されても困る

だったら違うところに寄付しやがれ!
それとこの事はコーディリアには絶対に言うな

言うわけないだろ

 金銭のやり取りがあった事など、漸くその気になった今の彼女に知られたくなかった。


 ハムレットはもう一度ケントに睨みを利かせ、応接室を出て行く。

絶対に、連れ戻す……

 出掛ける支度を整え応接室に戻ってきたコーディリアは幼馴染の姿がないことに気付きキョロキョロと見渡した。

あれ? ハムレットは?

ああ、説得が難しそうだから今日は帰るそうだ

えー帰っちゃったのー。一緒に舞台観ていけばよかったのに

 ほおを膨らませて怒る仕草が可愛らしい。

本当にやる気になってくれたのかい?

はい!

 コーディリアのしっかりとした返事に、ケントは胸が熱くなるのを感じた。

稽古は厳しいよ

が、頑張ります!

嬉しいよ。改めてよろしく

読み合わせ ~故郷からの迎え~

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