天野 あかり

美季ー、終わりでしょ? 一緒に帰ろう?

四條 美季

う、うん

天野 あかり

……何かあったの? 何か疲れてない?

四條 美季

だ、大丈夫……気のせいだよ、あはは……

 何とか授業を終わらせ、一日を終わらせた俺は最早やつれたと言っていいほど疲弊していた。最も俺を困らせた問題は、TSもの、すなわち性転換物でよくある下の問題である。いや、違うんです何も発情なんてしてなくって女の身体見たの初めてとかそんな……ほっとけ!!!
 とにかく疲れてしまった俺はあかりちゃんとの帰宅という胸キュンシチュエーションにも何もキュン出来なかった。もうキュンする胸もない。いや今の俺は多分Cはあるんじゃないかとか思ったりするけどそういう事じゃなくって!

四條 美季

はぁ……

 溜息をついてからぶんぶんと首を振り、これ以上あかりちゃんに迷惑をかけてはならぬと笑顔を取り繕う俺。作り笑いはそれなりに上手くいっていたのか、あかりちゃんは「大丈夫ならいいけど」と訝しげではあったもののなんとかこの話題を終わらせてくれた。

天野 あかり

それにしてもさ、美季、この後暇? よかったら――

 と、あかりちゃんの言葉が途切れる。というのも理由は一つ。あの王子様が廊下の奥から歩いてくるのだ。しかも目線は俺! 俺ロックオンされてる!

四條 美季

今明らかにあかりちゃんからのお誘いだったのに!

 なんて激おこな俺の感情などいざ知らず、王子様はこれ以上無いくらい爽やかな笑顔で俺の目の前へとやって来る。

花野 春馬

昼間はごめん。生徒会の仕事で、急いでたんだ。君さえ良ければお菓子でも奢らせてくれないかな? 折角だから、隣の彼女も一緒に

 ちらと俺が隣に目をやると、あかりちゃんがまた目を輝かせている。これはもう断れない雰囲気だ。王子様への怒りを必死に飲み込みつつもあかりちゃんも一緒に誘ってくれたことに感謝し、頷こうとした瞬間、俺の手を誰かが引いて走り出した。

四條 美季

なっ、何!?

雪峯 冬真

ごめん、ちょっと借りるよ

 俺の手を引いたのはあろうことかあの食堂の男。慌てるあかりちゃんと王子様を尻目に、廊下を走り抜け、俺達は人気のない講義室までやってきてしまった。

雪峯 冬真

……ここまで来ればいいかな。あかりは撒いたね

四條 美季

あかりは撒いたって……どういう意味だよ?

 この男の目的が分からず、言葉を復唱する形で疑問を返す。すると、男はおもむろに俺に顔を近づけ、人目を気にするそぶりを見せると俺の耳元で囁くように言った。

雪峯 冬真

天野あかりに気を付けて。分かってるとは思うけど、男からの誘いにも

 分かってるとは思うけど。確かに、俺は男からの誘いはある意味で注意しなきゃいけない。けれど、どうしてあかりちゃんにまで注意する必要がある? それに、どうして俺が男に注意しなきゃならないってこいつに忠告されなきゃいけないんだ?
 山のようなハテナマークを浮かべる俺。すると、男は困ったように頭を掻いて、それから何か思い出したように手を叩くと衝撃の言葉を口にした。

雪峯 冬真

君の名前、佑季で合ってるよね。四條佑季、そうでしょ?

四條 美季

Why!?

 衝撃の余り英語で返した俺に、男は「やっぱり」と安堵したような笑顔を零す。……あれ、その顔、どこかで見たような――。

雪峯 冬真

信じて貰えないだろうからこれ以上は避けるけど……。日付が変わるまでに心を決めなきゃ君は一生そのままだよ

四條 美季

いや、俺本名言い当てられた時点で何でも信じたいんだけど……え!? ちょっと待って今日までって言った!?

雪峯 冬真

うん。……それじゃあ、後は頑張って。わた……俺は伝えなきゃいけないことは伝えたから

 そう言ってそのまま講義室を後にした男を、俺は上手く引き留められないままで。
 引き留めようと伸ばした手が、空気を掻いてそのまま落ちる。もう落ちかけた陽が俺を照らしている。クリスマスのイルミネーションがちらほらと明かりを付ける中、俺はぐるぐるとした思考回路を纏めるのに必死だった。

四條 美季

あいつは俺の名前を知ってた……そんでもって、俺が心を決めなきゃ一生このままって……。何のことか一切わかんないし、タイムリミットはもうすぐそこだし、どうしろっていうんだよ!




























































































































雪峯 冬真

……ふぅ

 廊下で一人、私は溜息を吐く。やっぱり彼はいい人だ。何しろ、私の言葉を一切疑わなかった。まぁ、私が必殺技を使ったっていうのもあるんだけど。
 今、彼の味方を出来るのは私だけだろう。だけど彼から見れば私は罠の一人でしかなくて、彼にとっての逃げ道に見える場所には犯人が待っている。よくあるファンタジーな恋物語の主人公から外れた時、こんなにも苦労しなきゃいけないんだとは思わなかった。
 ――そう、私は“クリスマスの奇跡”の最後の良心なんだろう。彼が自分の過ちに気付くための。

天野 あかり

あっ、雪峯君、どうしたの? こんなところで

 ふと、通りがかった“天野あかり”が私に話しかけてくる。何も知らないような顔でとぼけるその顔が腹立たしくて、私は無視するように目を逸らした。しかし、私の態度が気に入らないのか、“天野あかり”は私の知らない飛び切りの笑顔で手を振ってくる。

天野 あかり

同じ部活なのに、つれないな。じゃあまた部活でね!

雪峯 冬真

何が「つれないな」だ。ふざけないでよ!

 悪態をつく私。廊下を行き交う人たちは、きっと私の事を変り者の雪峯冬真としか見ていないのだろう。でも、本当は違う。誰も雪峯冬真の正体を知らないんだ。本物の雪峯冬真のことも、私の事も。

雪峯 冬真

……四條君、信じてるよ

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