おもしろい顔の氷像の前で――。

 私たちは、しばし言葉を失った。

ねえ、どうするこの人?

どうするって?

助ける?

助けるってどうやって?

なんか、ここにボタンがあるんだけど

ほんとだ

注意書きみたいなのもあるよ?

『ズラカベルス凍解.ク無可許.ノ省法司』って書いてある

ズラカベルス?

なにそれ

うーん

 私たちは、いっせいに首をかしげた。

とりあえずボタン押してみる?

ちょっと!?

解凍したらどうするんだよお

いいじゃん、人助けだよ

まあ、このままにはしておけないか

それにランニングマンもいるから……

そうだよ、仲間は多いほうがいいよっ

 小夜は、飛びっきりの笑顔でそう言った。

 いきおいよくボタンを押そうとした。

 そのとき、ふと、嫌な予感が頭をよぎった。

 私は、あわてて言った。

でもさ、もし悪い人だったらヤバくない?

あっ

それもそっか

 私たちは、うーんとうなったまま、氷像をじっと見た。

 氷像は、大きなガラスの向こうにある。

うーん

 私たちは、いろいろ考えた。

 それとなく、それっぽく、現状を分析してみた。

 そして――。

まあ、面白い顔してる人に、悪い人はいないから

 という、中学生にしては幼稚な、あまりにも残念な理由で、私たちはボタンを押した。

 氷の面白い人は、たちまち解凍された。

うわっ、一気に溶けた

生きてる! 女の人、生きてるよっ

髪をふるふるした

かるく伸びをした

ほっぺたぱんぱんした

こっち見たっ!?

 私たちは、いっせいにあごを引いた。

 すると解凍された女性は、首をかしげて、私たちを覗きみた。

………………

…………

……

こんばんは

 ガラスが、まるでコンビニの自動ドアのように開いた。

 女性が一歩、前に出た。

 そして言った。

何年? 今、昭和何年?

えっ?

ここは冷凍刑務所。そしてワタシは受刑者よ

受刑者ァ!?

痴女なのよ

痴女ぉぉおおお!!??

 私たちは、いきおいよく飛び退いた。

 すると女性は、穏やかな笑みでこう言った。

なるほど。その様子じゃ、地上には『痴女』があふれてるようね

……?

ワタシが冷凍刑務所に入ったとき、このあたりは陸軍の細菌研究施設だった。シベリアの永久凍土から発掘された『痴女』の細胞から、生物兵器を作ろうとしていたのよ

まさか!?

研究は失敗した。軍は施設を爆破し、痴女ウィルスはすべて消滅した……はずだったのだけれども

それが今

どうやら地上で猛威をふるっているようね

 女性は、自嘲気味に笑いながらそう言った。

 私たちは、しばし言葉を失った。

あの、痴女さんは……人間なんですか? 変な聞き方だけど

人間よ

でも痴女って

ワタシは、ウィルスとか関係なく痴女なのよ

はい?

ワタシは、ただ単に男の人が大好きな、いえ、正確に言うと、男の人の下腹部にある男の子が大好きなっ

こらっ

男の子を気持ちよくするのが大好きなっ、まるで天使のような美少女よっ

 痴女さんは、はしゃいでそう言った。

 私は、ここまで下品なことを言う女性も、自分のことを美少女という女性も初めて見た。

あはははは

 私たちは彼女の飛ばしっぷりに、ちょっとついていけないというような、距離感のある笑みをした。

 すると痴女さんの顔色がさっと変わった。

なによっ。ワタシは人間よっ!

うわっ!? ちょっと脱がないでっ

なにしてるんですかあ

はやく着てくださいよお

もう、しかたないわねえ

着るの速っ

脱ぐのも速かったし

というか大丈夫かな、この女性(ひと)……

 私たちは、解凍したことを早くも後悔するのだった。

で、それはさておき、ともかくとして――。地上には『痴女』があふれてる。あなたたちは、『痴女』から逃れてここまでやってきた。そんな感じ?

えっ、うん

ということは、エレベーターはまだ動くのね?

えっ、そうだけどっ

うん?

ものすごい痴女に追われているんです

 私は呼び止めるようにそう言った。

 と、そのときだった。

 エレベーターが音を立てた。

 扉が開いた。

 そしてランニングマンがやってきた。

しゃぁああああ!!!!!

ヤバイ!

危ない!

間に合わない!

ぁん?

むぎゅう!

 ランニングマンが痴女さんに抱きついた。


 痴女さんは、初めのうちは、きょとんとして抱きつかれるままでいたけれど、やがて、ランニングマンの頭を引っつかむと、情熱的にくちびるを吸った。

あっ!?

えっ!?

でもっ

ぷはぁ

きゅんっ

 痴女さんは無事だった。

 ランニングマンを圧倒さえしているように見えた。

あのっ

大丈夫ですか!?

感染しないんですか!?

 私たちは詰め寄った。

 すると痴女さんは振り向き、肩越しに訊いた。

なぜ、ワタシは平気だと思う?

 それから沈黙を楽しんだ後に、こう言った。

もともと痴女だからよっ

 そして、あごを上げて肩越しに見つめるポーズをキメたのだ。

…………うん

 私たちは、痴女さんのその堂々とした態度と、いきおいに誤魔化された。

 あとで考えると、痴女さんの言ったことは、まったく説明になっていなかった。

まったく。今どきの『痴女』は可愛いわね

 痴女さんはそんなことを言って、ランニングマンに夢中でしがみついていった。

 ランニングマンは、まるで別人のようにしおらしくなった。

 痴女さんに身をまかせ、なすがままになっていた。


 が。

むきゃぁぁあああ!!!!

 突然、痴女さんを振りはらった。

 ランニングマンは飛び退いた。

やるわねっ

むふぅ!

 痴女さんとランニングマン、ふたりの痴女が相対した。

 それを見た私は、まるでハブとマングースのようだと思った。

しゃぁぁあああ!

来なさいっ!

 ふたりの痴女は、もつれ、からみつき、みだらな感じに争った。

 女同士だけど、どぎついレディコミみたいにドロドロとしていた。

痴女さんがどこか昭和テイストだからだよお

髪がピンクだし

そうそう、なんかお父さんのエロ本に出てそうだし

小夜のお父さん、エロ本もってんの?

 しかも痴女さんに似てるということは、実写じゃなくてアニメ・漫画系。

この前、隠してるの見つけちゃった

どうだった?

どうって、あんな感じだよお

 小夜は、痴女さんを指さしながらそう言った。

 声に笑いが混じっている。

でも、なんか勝てそうだよね

うん。それに変な人だけど、悪い人じゃなさそうだよ?

きっと久しぶりに目覚めて、テンション高いんだよお

 私たちは、まるで他人事のように言った。

 痴女さんが戦うさまを見守っていた。

えへへ。そんなテクじゃワタシは満足しないわよっ

むきゃぁぁあああ!!!!

ワタシは、『後ろからおっぱいをモミモミされながら耳たぶをやさしく、はむっ』ってされない限り、絶対に堕ちないわっ

はむっ

んほぉぉおおお!!!!

ちょっと、何やってんの!?

あの人って、もしかしてバカなんじゃあ……

うーん

 私たちは、痴女じゃらしを握りしめた。

 加勢に向かおうとした。

 でも。

 それは杞憂に終わった。

んあっ、ああっ、んんんんん――――!!!!!

 ランニングマンが、すぐにぐったりしたからだ。

さて。カワイイ娘もたっぷり堪能したことだし、地上に出るわよ

 痴女さんは、髪を結いなおすとエレベーターに入った。

 口をあんぐり開けてそれを見送っていた私たちに、痴女さんは、

行くわよ

 と声をかけ、それからつけ加えた。

はやく男の人と楽しみたいわあ

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