知らないなら、教えてあげましょう!

 その、よく通る声に彼は足を止めた。
 ワッと観客が湧き、拍手と掛け声が飛んだ。




 青年ケントは、友人から少し休んでみたらどうだと言う助言に従い、片田舎の小さな街に来ていた。
 そこではたまたま春の祭りが開催されていたのだが、都出身の彼にとって田舎のそれが決して面白いわけがなかった。


 食べる物を探しに宿を出たものの、みな祭りの方に借り出されたのか空いているレストランは見当たらない。
 仕方がないと祭りの出店を物色しているその時だった。

今の声は……

 祭りの中で一段と人だかりのできた場所。
 そこには小さくお粗末ではあるが辛うじて舞台といえるようなものがあった。
 その舞台の上で一人の役者にちょうど太陽の光が射し、まるでスポットライトを浴びているかのように浮かび上がっている。

 紅い帽子に紅いマントを羽織った騎士。
 麗しく凛々しく気高い騎士だ。

その名も豊穣の天使ダンデライオンとはオレのことだ!

 その見世物は拍手喝采の中、幕を閉じた。

お嬢さん、これ受け取ってもらえるかな

 ケントは舞台裏から出てきた先ほどの紅の豊穣天使に、近くの花売りからありったけ買い取った花束を差し出した。

わぁ! お花!?

 突然のプレゼントに豊穣天使は目をぱちくりとさせる。

なかなか面白い舞台だったよ

ありがとう!
わーお花なんて貰ったの初めてだよー

 にっこりと花束を抱える少女は可愛らしかった。
 先ほど舞台の上にいた紅の騎士とはまるで一致しない。

 だけどなぜだろう、あれは男装した少女だと彼にはすぐにわかった。

お兄さん見ない顔だね。隣街から来たんですか?

 少女の後ろにいる少年がケントを訝しげに窺っている。

いや。都から

都から!?
聞いた、ハムレット?
都だってよ!
スゴーい!

遠くからわざわざどうしてこんな田舎町まで?

 少女にハムレットと呼ばれた少年が胡散臭そうにきく。

ただの静養のつもりだったんだけどね

 そう、ただの静養という、多数の冷たい視線と悪意ある陰口から逃れる為の手段に過ぎなかった。

 先ほどまでは……。

君、この後空いてる?

一人旅だからさ、時間を持て余してるんだ。話し相手になってもらえないかな?
もちろんご馳走させてもらうよ

わぁ、ホント?
ぜひ! お腹ペコペコなの

お、おい!

 止めるようにハムレットが彼女の腕を掴む。

ハムレットも一緒でも?

構わないよ

やったね、ハムレット!

 彼は何か言いたげだったがぐっと堪えたようにみえた。
 明らかなナンパだったが、ここの田舎者は警戒心とやらがないに等しかった。

よかった。オレはケント。
君、名前は?

コーディリアよ!

 美味しそうな食事を前にケントはコーディリアに尋ねる。

どうして男役を演じていたんだい?

単純に男役しかなかったのよ。
ハムレットのお父さんが祭りで出し物をやる人を探してて、面白いストーリーがあったから友だちと一緒にやってみようかってなったんだけど、
壇上に立ちたい人が足りなくてじゃあしょうがないからわたしがって

驚いたよ。
男が女役を演じるのは普通だが、女が男役を演じるなんて都でも観たことがなかったからね。
そもそも女の俳優は殆ど目にしたことがないくらいだ

こんな農業と牧畜しかない田舎の街には、男も女もないもの

 そんなことはないだろうが、ハムレットも肉に噛り付きながら頷いている。

君自身も抵抗はないって事だよね?

はい、全然!
寧ろ楽しかったわ

 そうハッキリと笑顔で告げた彼女をみて、ケントも決めた。

コーディリア。
都に来て役者になるつもりはないか?

え?

先ほどの見世物、君の演技自体はまだ拙いが、魅力的だと思った。
君には人を惹き寄せる何かがある。
君の声も、野外なのに遠くまで聞こえるよく通る声だ。
そして何より肝が座っている。
きっと君は磨けば凄い役者になるよ

 ケントの言葉に一切の嘘もなかった。

オレと一緒に都に来て、芝居の技術を学んでみないか?

都に……?

勿論寝食は保証するし、給金も少なからず出す

 あまりに突飛な事にぽかんと口を開けたままコーディリアは人形のように動かない。

 代わりにハムレットが椅子からガタンと音を鳴らして立ち上がり、口に物が入ったままの状態で叫ぶ。

オレは絶対反対!

 ケントにとってそれは予想通りだった。ハムレットは会ったときからコーディリアの番犬かのような振る舞いをしていたから。

都では女の役者はいないんだろ?
そんなところにいってどうすんだよ!

 コーディリアもびっくりした顔をして彼を見上げている。

ちょっと見たくらいでなんだよ。
お前ナニモンだ一体!?

ああ、言ってなかったね。
オレは都で劇団の座長をしている

座長……?

劇団を引っ張っていく人のことだよ。
勿論オレ自身が役者でもある。今まで多くの役者をみてきたからね。
ちょっとみただけでも才能があるかないかわかるよ。

ちなみに君はダメだね。声の出し方がなっていないし、何より魅力がないよ

コ、コーディリアだって、か、可愛いわけじゃないだろ。街の中でもちゅ、中の下くらいだよ!
セリフだってまともに覚えてなかったんだぜ。コーディリアに俳優なんて務まるはずがないよ!

そうだよね。可愛いわけじゃないってのは余計だけど。
わたしもそう思う

 コーディリアは頭を下げた。

だからごめんなさい。やめておきます

……セリフを覚えるのは鍛錬でどうにでもなる。
魅力っていうのは見目の美しさじゃない、生まれ持った才能の一つだよ

才能とかそういうのよくわからないし……

そうか……

 祭りの後の夜は長く、朝方まで酒場近辺は賑わっていた。
 朝早く、コーディリアが生活している教会に街の者ではない影があった。

 昨日逢ったケントだ。

あれ、諦めてなかったんですか?

ああ

行きませんよーわたしは。
ハムレットもあんなに大反対してるんだもの

 ケントは教会を見上げる。

君は教会に住んでいるのか?

はい。
両親はわたしが小さい頃に死んじゃって、今は教会でお世話になっているんです。
ハムレットのお父さんが神父さまだから、とても良くしてもらっていて

そうか……

 ケントはこの出逢いを諦めきれなかった。

なぁ、一度都に来てみないか?
昨日の話しは抜きにして構わない。
ちょっとした観光のつもりでいいんだ。オレの帰りの馬車に乗って一緒にさ

えっ、都に?

うん

 コーディリアは行ってみたいと思った。

 旅行なんて自分の暮らしじゃとてもじゃないけど出来ない。今後都に行く事すら無いんじゃないかとも思う。

でもわたし、教会のお仕事があるし……

神父様にはオレから話しをさせてもらうよ。今、中にいるかい?

いますけど

 ケントが教会の中に入ってそう時間は掛からず、コーディリアの元に笑顔で戻ってきた。

是非行って来いって

ホントですか!?
神父さまー!

 コーディリアは慌てて教会へ駆け出して行った。

 そして、その日の昼にはケントと一緒に都行きの馬車に乗っていた。

 永遠と続くような畑を眺めながらコーディリアは未だ見ぬ都へと想いを馳せていた。

都ってどんなところなんだろう

プロローグ ~都からの訪問者~

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