控室の扉のすぐ横の壁に背中を預け立っていた男はやや険しい表情をしていたが、ティエラを見ると笑顔になった。

勇者

待ちくたびれましたよ、姫様!

ティエラ

勇者!? どうしてここに……?

勇者

サウスのお偉いさんの護衛するより姫様の護衛のほうがいいから、ですかね?

ティエラ

……呆れるわ

 勇者は苦笑いをすると、ティエラの正面に立つ。

 そして、壁にもたれ掛っていた時の表情に戻った。

勇者

姫様にお伝えしたいことがあります

ティエラ

私に……? 何かしら?

ティエラ

おめでとうって言葉ならホールで聞きたかったわ

 勇者が挨拶に来てくれるのを待っていたのに、とティエラは頬を膨らませる。

バトレル

ティエラ様。勇者様のお仕事はティエラ様にご挨拶することではありませんよ

ティエラ

知ってるわ! でもちょっとくらい顔を見せに来るかもって思っていただけ!

 勇者は“勇者”という称号しか持ってはいない。

 本来であれば他国の姫君とは一生縁がない産まれであり、その腕を認められてはいるが、ティエラとは身分の差がありすぎて公式の場で親しくすることは許されない。

 それでも、挨拶をしてくる人が途切れた隙に顔を見せてくれるかもとティエラは密かに期待していた。

 この人の心は──いつも自由だから。

バトレル

ティエラ様にお伝えしたいこととは何でしょうか?

勇者

確かな情報ではありませんが、姫様……もしくはご家族のお命を狙っている輩が紛れ込んでるようです

ティエラ

……

勇者

ウェスト親衛隊にもお伝えしてますので、警備態勢が整い次第私は本来の役割に戻りますよ

 必要以上に怖がらせることもないだろうと勇者はティエラに笑顔を向ける。

 国を動かす人間とその身内はいつ誰にその命を狙われるか分からない。

 そのため身辺警護にあたる者は精鋭揃いである。

 それ以上の強者などめったにいないので実際に怖がる必要はほぼない。

ティエラ

勇者が守ってくれるわけじゃないの?

勇者

そうしたい気持ちもあるけど、他国の人間に大事な姫様を預けるわけにはいかないだろ?

ティエラ

そうだけど……でも勇者のほうが強いじゃない

勇者

……

 ウェスト親衛隊以上の強者は、今ティエラの目の前にいた。

バトレル

ティエラ様。それですと親衛隊の意味がありません

ティエラ

私を暗殺者から守るという名目で、勇者とバトレルが私を城から連れ出すなんてことになったら面白いのに

勇者

それいいな。面白そう

ティエラ

でしょう?

バトレル

面白がらないでください……

 バトレルはため息を吐くと、勇者に向き直る。

バトレル

ティエラ様はこれから着替えをなさいます。その後ホールへ戻りパーティーの続きです。余計な時間を取らせないでいただきたい

勇者

……それは失礼

 勇者はスッとティエラの前から退く。

 バトレルが控室の扉を開け、ティエラが部屋へ入る。

 続いてバトレルも入室し扉を閉め、中から鍵をかけた。

勇者

…………

勇者

え? 何で執事も一緒に入った!?

 着替えの他にも軽く飲食くらいはするよな、ずっと客人の対応してたんだろうしな。とやや悶々とした気持ちになりながら、勇者は再び壁に背中を預けた──。

ティエラ

ねえバトレル

バトレル

はい

ティエラ

私ね、勇者のこと好き

バトレル

……

ティエラ

親衛隊は頼りにはなるわ。でも、勇者みたいに接してくれないもの

バトレル

……あの方が馴れ馴れしすぎるだけです

ティエラ

それに、勇者は誰よりも自由だと思う。それがとても羨ましい

バトレル

そうでしょうか? 勇者はサウスの所有物として不自由しているのでは?

ティエラ

いざとなったらそんなこと関係なしに、どこにでも行きそうじゃない?

バトレル

……だからと言って、ティエラ様を連れ出すようなことはしませんよ

ティエラ

分かってる。
でも……でもね、バトレル!

バトレル

ティエラ様はもうご成人されました。子供のような戯言を言っていい立場でもありません

ティエラ

……

ティエラ

……そう、よね……。ごめんなさい

バトレル

ティエラ様がせめて第二皇女であったのなら……私は……

ティエラ

バトレル

いえ、何でもありません。忘れてください

ティエラ

バトレ──

ティエラ

!?

 突然、扉が激しく叩かれた。

 バトレルがティエラを部屋の奥へ導く前に、それは外から破壊される。

勇者

姫様!

ティエラ

……っ!

 勇者はティエラを認めると、真っ直ぐに向かってくる。

 壊した扉やバトレルのことさえも眼中にはない様子で、ティエラには一度も見せたことのない険しい表情をしていた。

 しかしティエラはそんな勇者の様子ではなく、彼の持つ剣を見て、恐怖を感じている。

 その剣は誰かの血でベットリと濡れていた。

 そして、身に付けている鎧にも。

バトレル

勇者様……そんなものをティエラ様の視界に入れるとはどういうことですか?

勇者

この部屋に隠し扉や隠し通路は?

 バトレルを完全に無視して、勇者はティエラの腕を掴む。

ティエラ

勇者、痛い!

バトレル

その手を放しなさい!!

勇者

……

バトレル

っ!

 無言ではあったが、勇者の射るような視線を向けられバトレルは硬直した。

勇者

隠し扉や隠し通路は……?

バトレル

……ありません

勇者

そうか……仕方ない。
失礼します、姫様

 勇者はそう言うと、ティエラを軽々と抱きかかえる。

ティエラ

え?

勇者

しばらく目を閉じていてください

ティエラ

勇者! どういうこと!?

勇者

執事さんも死にたくなければ一緒に来てください

バトレル

……

 問答無用な勇者の行動、血塗られた剣。そして先程聞かされた危険性。

 それを考えれば何が起こっているのかはバトレルには容易に想像がついていた。

 しかし、幼少期より共に育ったティエラにこうも気安く触れるその男に苛立ちを覚える。

勇者

余計な時間を取らせないでくださいね、執事さん

 それだけ言うと勇者はもうバトレルには興味をなくし、唯一の出入り口へと急ぎ足で向かって行った。

 ティエラの執事は、唇を噛みながら二人を追う。

 廊下に横たわる“何者”かの骸を見てしまうことに覚悟をしながら──。

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