勢いで逃亡した後


追いかけてくるかなと淡い期待も叶うことなくあっさり家について、ベッドにうずくまった。

間宮 朱里

……最悪だ…


よりにもよって相手は華奈。

大学に入ってから最初に仲良くなって、一番そばにいて、一番話を聞いてくれた親友だったはずなのに。

愛する私の彼氏の下で甘い声をあげていたことを思い出すと胸がえぐられそうだ。


事情は全部知ってくれてたのに。不感症だってことも聞いてくれてたし、大ちゃんの惚気もいつも笑顔で聞いてくれてたのに

こんな裏切り…

間宮 朱里

っ…うわぁあああああっっっ…!!


普段ならこんな大声で泣けない。だけど今は家族は留守。ありったけの涙を流さないと私の気が済まない!!

間宮 朱里

側にいるだけでいいなんて嘘つき!!永遠なんて嘘だった!!…っっ!!大ちゃんの嘘つき馬鹿男っっ!!わぁああああ!!


親友と彼氏を同時に失う話は何度も聞いたことがあるけど、まさか自分の身に起こるなんて一ミリも考えたことがなかった。

間宮 朱里

……うっ……ひっく……うう……


一人の部屋に響く泣き声と鼻を啜る音。とても惨めな自分がここにはいた。

あの2人が悪い。

せめてはっきりそう言えたなら少しは救われた筈。
だけどあの一言がどうしても私の中で引っかかる

大ちゃん

お前が不感症だから!!


頭に響くその言葉

私の…せいでもあるのかな…

ドラマ、漫画、映画、小説…どれをとっても彼氏の腕の中では幸せそうだった。

それなのにどうして私の身体は…受け入れられないんだろう…

どうして苦痛だと感じてしまうんだろう…


そんな自問自答をしても苦しくなるだけだった。


…全ての元凶をはっきりと思い出しそうになり、ブンブンと首を振る

間宮 朱里

………っ



とにかくあの日から身体が先に”怖い”とそう感じるようになってしまってる。愛を確かめる行為であれ恐怖しか湧かない。

大ちゃん

俺は…それでも朱里が好きだよ



だけどそんなこと……大ちゃんは百も承知だったはずなのに。

間宮 朱里

大ちゃんの大馬鹿やろぉおおおお!!



素敵だった彼氏は優しい言葉を全て”裏切り”という言葉に変えてくれた。


…どうして別れようって言えなかったんだっ!!私の口!!

そんな感じでただひたすら泣いて、嘆いて、叫んで、どれくらいたったかわからない頃

今の時間を確認するため携帯にタッチする。


ああ…もうこんな時間か…

間宮 朱里

…バイト…


そう。今日は運悪くバイト。
本音を言えば休みたい。
だけど、大学一年生の時から無遅刻無欠勤で働いてきた居酒屋だもん。

人が足りない時期だし、失恋如きで休んでる場合じゃない……


鉛のように重い体を必死に立たせ、フラフラとバイトの制服が入っているカバンを手に持った。

大ちゃんの家から行く予定だったからまとめておいたのだ。

間宮 朱里

……ひどい顔



部屋の鏡に映る自分は、ひどくブサイクでまたそれが滑稽すぎて泣きたくなる。


その自分から逃げるように家を出たけれど、いつも自転車で軽快に走る道が違う世界みたいに不安定だった。


やっとのことでバイト先に到着し、スタッフルームへとノロノロ入っていく。


間宮 朱里

おはよう…ございます

ミーコ

あ、おはようございま!?ってどうしたんですかっ!?その顔!!



見ていたバイトノートから私の顔に視線を移した彼女は、大きく目を見開いている


泣き腫らしたからなぁ。
自分でもすごい顔だと思うよ


心配そうにしている彼女は、同じ大学の後輩の林 美衣子ちゃん。ここでは私より古いので先輩だ。

間宮 朱里

ミーコちゃん

ミーコ

あ、朱里ちゃん…その顔は…

間宮 朱里

…ミーコちゃん…

ミーコ

はい…あの大丈

間宮 朱里

ミーコちゃぁああん!!!



もう我慢ならんと沢山名前を呼んで彼女の大きな胸に抱きついて泣く

ミーコ

どうしたんですか…?

間宮 朱里

かれぢがね…かれぢがね…

ミーコ

はい…

間宮 朱里

どもだちと浮気じでだのぉおおおお

ミーコ

…え、え!?

間宮 朱里

わだじのお気に入りのベッドの上で抱き合ってたのぉおおおお!は、はだ…でぇええええ

ミーコ

あ、朱里ちゃん…声が大きいです!!



私の背中を撫でながらも人差し指をたてて

しー

という彼女に一応声のボリュームは下げる


ミーコ

は、働けますか?

間宮 朱里

ゔん…はたらぐよ

ミーコ

話なら後で聞きますから…取り敢えずこれ飲んで。あと顔洗いましょう…


自分で買ってきたのかペットボトルのジュースを私に渡してくれる優しい天使。なんて素敵な巨乳の天使。

そんな彼女に背中を押されて一緒に出勤した。

バイトに入ってたの運が悪いと思ったけど、その逆だった。この店忙しいから慌ただしいし一瞬でも忘れられる…ついさっきの出来事でも。

その証拠に気づかないうちに時間はどんどん進んでくれた。


忘れるだけじゃなく記憶もなくなればいいのになんて、都合よすぎるよね…。

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