天野 あかり

それでね、この前始まったドラマに出てくる俳優さん、うちの大学に通ってるんだって!

四條 美季

へ、へぇ……

天野 あかり

すっごい格好いいんだよー! あーあ、会ってみたいなぁ

 ごめんあかりちゃん、すげぇどうでもいい。
 そもそも有名人が学校通ってても仕事が忙しいとかでめったに来ないんじゃねぇの? それに俺小学校の頃隣のクラスに子役居たけどテレビと違って性格悪かったしああいうのって見ない方が正解だぞ。なんて心の中で返答しながら、俺は目の前に置かれたレディースセットとやらのサラダをパクつく。どうせ女になったのなら普段頼めないものを注文してやろうと思ったのだが、想定通り俺には合わないメニューだった。野菜嫌いなんだよ俺。
 俺がサラダに入ったパプリカと格闘していると、ふと俺の肩を後ろから叩く手が。

内海 ナツ

君、ウサギみたいだね。そのまま食べてんだ、サラダ

四條 美季

むぐっ!?

 そう言えばドレッシングかけてない。そりゃまずいわ。突然現れたイケメンに感謝しつつ俺は置いてあるドレッシングを取りに行こうと席を立つ――と、あかりちゃんがかなり驚いた顔をしている。視線は俺の後ろのイケメン。

天野 あかり

う、嘘……! 内海君!?

四條 美季

え? 知り合い?

天野 あかり

違うよ! さっき言った俳優さん! 内海ナツ君だよ!

四條 美季

へ?

 俺は改めてイケメンの顔を見る。イケメンは何を勘違いしたのか俺に向かってウインクまでしてきやがった。……確かに、テレビで見たことがあるような気がする。

内海 ナツ

ちょっと可愛かったから声掛けちゃった。君の名前は? それから、奥の君も

天野 あかり

あ、えっと、私、天野あかりです!

内海 ナツ

オレのこと知ってたみたいだね。テレビ見ててくれてるんだ

天野 あかり

はいっ! もう、ファンなんです!

内海 ナツ

それは嬉しいな。でも、ここではオレも一人の大学生だからさ。気軽に仲良くやろうよ、天野さん

 は? 俺のあかりちゃんに色目使うんじゃねぇぞイケメン野郎。まぁ、俺のあかりちゃんって言えるような仲じゃないけど……。とか心の中で思っていたらどうやら俺はイケメン――内海を睨んでしまっていたらしい。しかし、それに少しも不快そうな顔をすることなく、内海は笑って俺を見る。

内海 ナツ

君のお友達を取っちゃってごめんね? よかったら、君の名前も教えてよ。それとも、恥ずかしいのかな?

四條 美季

…………

 俺が無言の抗議を続けていると、更に勘違いしたらしい内海は俺の頭を撫でると、顔を近づけて囁くように言う。

内海 ナツ

恥ずかしがり屋なウサギちゃんだ。君みたいな子、嫌いじゃないよ。また今度、声掛けるよ

 「ご飯邪魔しちゃってごめんね」なんて軽い調子で謝りながら、内海はそのままどこかへ歩いて行ってしまう。俺は全力で中指を立てる――勿論心の中だけで――が、あかりちゃんはまだぽーっとしたようすで、心ここにあらずといった感じだ。

天野 あかり

美季、すごい……花野先輩だけじゃなくて、内海君にまで声掛けられちゃうなんて……羨ましいな

四條 美季

そ、そうかな……っと、私、ドレッシング取ってくるね!

 なんだかどう答えるのも難しかったので、俺は逃げるように今度こそドレッシングを取りに行く。何種類かのドレッシングが並ぶ中から、俺は出来るだけ野菜の味を消してくれそうなものを選ぶことにした。

四條 美季

やっぱ……シーザードレッシングかなぁ……

 と、伸ばした手より先にドレッシングを取る手が。何となく敗北感がしてその手の持ち主の顔を見ると、これまた顔立ちの整った野郎だった。

雪峯 冬真

…………

 無言で俺を見返した男は徐に自分のサラダにドレッシングをかける。……ちょっと待て、多くないか? 何でそんなにかけるの? しょっぱくなるよ?
 俺の心の忠告は聞こえることなく、男は真っ白にになったサラダを持って席へと移る。まさか、と思った俺がボトルを持つと、それはすっかり空になっていた。

四條 美季

やられた! 何だよアイツ!

 悲しみに暮れる俺が仕方なくサウザンアイランドドレッシングとかいうやたら名前の長いドレッシングを手に席に戻ると、あかりちゃんが俺と男緒日蓮のやり取りを見ていたのか笑っていた。

天野 あかり

あー。美季も雪峯君にやられちゃったか

四條 美季

今度こそ知り合い?

天野 あかり

うん、同じサークル。文芸サークルなんだけどね、食堂荒らしで有名だよ。大食いだし、あんなのだしね

 そう言って少し離れた席で真っ白なサラダを食べる雪峯とやらを指差すあかりちゃん。確かに、横に並んだ料理の量は数人分あった。てっきり他に誰かいるのかと思ったが、どうやら一人で食べる量らしい。

天野 あかり

結構綺麗な文章を書く人なんだけど、ちょっと変わり者だよね

四條 美季

変わり者、って一言じゃ済ませられないような……

 ここで俺達の視線に気付いたらしい雪峯はちらと俺の顔を見るが、再び食に興味を移した。ってか、あかりちゃん文芸サークルなのか……俺も入ろう。小説書けないけど。読まないけど。

天野 あかり

っていうか美季、研究室いつ行くの? 帰り?

四條 美季

あー……今のうちのほうが良いかなぁ。急いで食べようっと

天野 あかり

それがいいよ。そしたら帰り、一緒に帰れるよね? 4限は同じ授業だし

四條 美季

そうだね!

 やっぱり取ってる授業は女になっても前の俺と同じで大丈夫そうだな。意図してあかりちゃんと同じ授業にしていた甲斐があったというものよ……。友人に頭下げまくって情報収集した明らかに人間とした間違った行為もここにきてついに意味を成したという訳だな。
 俺は残った昼飯を急いで食べてしまうと、あかりちゃんに手を振りつつ研究室へと急いだ。

 それにしても、俺女になってからの方が異性との接触多くね? 世の男ってそんなに女の子に声掛けてんの? ってかイケメンだから?
 そんな下らない事を考えつつ、草薙先生の研究室まで廊下を早足で進む。スカートってのはめちゃくちゃ落ち着かないが幸か不幸かヒールはなさそうな靴を履いているおかげで何とか歩行が出来ている。これでヒールだったら転んでるな。
 ようやく――とは言っても感覚の問題で実際は然程離れてはいないんだが――たどり着いた研究室の前でそっと扉をノックする。

四條 美季

すみません、草薙先生

草薙 秋彦

四條か、入れ

四條 美季

失礼します

 コーヒーの匂いを感じながら研究室へと入る。席に座ったままの草薙先生は俺にレポートを差し出すと、呆れたような目で一枚のページを指し示した。

草薙 秋彦

参考文献が丸々抜けている。初歩的過ぎるミスだぞ

四條 美季

え? ……あっ、すみません!

草薙 秋彦

全く……文章構成に問題は無いし、論展開も妥当だ。それなのにそんなことで点を落とすんじゃない

 褒められているのは嬉しいが、そんな事より俺が驚いたのはそのレポートの内容だった。確かに、俺が書いたものに間違いない。だが、唯一違うのは名前の部分。そこに記されていたのは“四條佑季”ではなく、“四條美季”という名だった。

四條 美季

この世界じゃ……やっぱり俺は“四條美季”なのか。でも、他は全部俺と同じだ。あかりちゃんとの関係以外――

 俺は先生に頭を下げ、明日再提出することを告げると研究室を出た。……明日?

四條 美季

俺、いつまでこのまま!? ってか、俺の家ってそのままなの!?

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