Idolism General Election(IGE)
アイドリズム総選挙!
Idolism General Election(IGE)
アイドリズム総選挙!
それは、すべてのアイドルたちが目指す夢の頂点。
歌手
ダンスパフォーマー
女優
声優
インディーズアイドル
動画投稿サイトの歌い手
ジャンルを問わず集い、順位を競う、
究極のアイドルレース。
今やアイドルは個性の時代。
歌や踊りだけでなく、
あらゆるパフォーマンスにおいて
人々の支持を集める
究極のアイドル――アルティメットアイドル
を時代は求めている。
さあ、今大会のKINGまたはQUEENとなる
優勝者は……!?
色とりどりのスポットライトが、ステージの上に立つアイドルを照らしている。
それとは逆に照明の落とされた客席は、ペンライトの光で溢れていた。
みんなー!
今日は楽しんでいってねー!
「わああああああっ!!」
「キャーーーーッ!」
「待ってたよー!」
アイドリズム総選挙が設立されてからというもの、次々と新しいアイドルが生まれている。
雑誌でも、テレビでも、ライブ会場でも、アイドルを見ない日はないというほどだ。
多くのファンたちに支えられ、アイドル業界は急激に成長した。
このまま、もっと高みまでのぼっていけるのだと、誰もが信じていた。
あの日、すべてが崩壊するまでは――。
皆様、当機は予定通りパリ=シャルル・ド・ゴール空港を離陸し、ただいま水平飛行に入っております。羽田空港到着時刻は……
機内アナウンスが、予定通り水平飛行へ移行したことを伝える。
私はさっそくベルトを外して足を組むと、腕時計の時間を日本時間に直した。
飛行所要時間は十一時間五十分。時差を考えると、一時間後には眠っておきたいわね。なら、それまでに資料をチェックしておかないと……
時計を見ながら、予定を組み立てていく。
『虎子は細かすぎるのよ!』と、甲高く叫ぶ声が聞こえたような気がした。
それはこの半年間、マネージャーを務めたお嬢様に、耳にたこができそうなくらい言われた言葉だ。
気分次第でスケジュールを狂わせる我が儘お嬢様を躾けるのは、本当に大変だった。
そういえば、あの子が別れ際に押しつけてきた箱、なんだったのかしら
私は手荷物から、ラッピングの施された小さな箱と『月城虎子様へ』と宛名書きされた資料を引っ張りだした。
何十枚もの紙をダブルクリップで留めた資料は、かなりの重さがある。
手に持ったまま読むのは難しい。
前の座席から簡易テーブルを下ろし、その上に資料と箱を載せる。
重さに負けて、ぎしりとテーブルが軋んだ。
一度ざっと目は通したけれど、一時間でどこまで見直せるか……
予定通りにいかなかったらどうしよう。
そんな不安に、指先が微かに震える。
私は気持ちを落ち着けるために、まず、箱を手に取った。
包みを解いてみると、色とりどりのマカロンが入ったプラスチックケースが姿を現した。
これは、あの子が好きだったパティスリーの……まさか、自分で並んで買ったのかしら……
半年の間に見慣れてしまった。
けれど、自分の口には運んだことのなかった代物の登場に驚く。
私はピンク色のマカロンを、おそるおそる口に運んだ。
……ふむ。あの子がお気に入りと称するだけあっておいしいわね
パリでも有名なパティスリーで、常に長蛇の列ができている人気商品だ。
マカロン大好きなお嬢様は、これがなければ仕事をしないと、よく大騒ぎしていた。
それを宥めて。
ときには叱って。
共に困難を乗り越えて。
『もうアイドルなんて辞める』と言いだしたときには、どうしてくれようかと思ったが……。
半年前、とある事情で日本を離れてから、縁あって出会ったお嬢様のパリデビューを成功させるために奮闘した日々が蘇ってくる。
大変な毎日だったが、計画通りデビューを成功させられたときの達成感は忘れることができない。
厳しく接することが多かったから、あの子には怖がられているのかと思っていたけれど……わざわざ、自分の好きなものを買ってきてくれるなんてね……
なんだかんだ懐いてくれていたのかと思うと、むず痒いような気持ちになる。
甘さの余韻が消えていくのにつられて、名残惜しさがこみ上げてきた。
けれど、私には果たさなければならない使命があるのだ。
箱を鞄の中に戻し、改めて資料に目を向けた。
そこに掲載されているのは、大量の新人アイドルのデータだ。
表紙には先輩社員の字で、私宛のメッセージが記されている。
月城虎子様へ
プロデューサーさん曰く、これはあなたにしか頼めないお仕事です。
とにもかくにもピンチなので、日本に帰ってきて、これぞというアイドルをスカウトしてきてください!
詳しいことは直接会わなければ話せないと言われたものの、恩義あるプロデューサーの頼みだ。
受ける以外の選択肢はない。
できれば日本に着いてすぐ事情を聞きたかったが、事務所への訪問は夕方五時以降にしてほしいと離陸前に連絡を受けている。
話をスムーズに聞くためにも、空き時間を有効活用して昨今のアイドル事情の調査を進めておくべきだろう。
帰国してからのスケジュールを組むため、私は手帳とペンを手に取った。
時間があれば、リッケー君グッズの新作もチェックしに行きたいけれど……
難しいだろうか。
ボールペンについたゆるキャラのチャームをひとつ揺らす。
それから、私は手帳へと向き直った。
日本に着いた私は、半年ぶりの街の雰囲気を確認しながら歩いていた。
建築物や人通りに大きな変化は見られない。
しかし、アイドルを宣伝する看板などが減ったように感じる。
アイドルらしさが感じられるものを探して辺りを見回していると、水族館の壁に貼られたポスターが目に入った。
あれは……『本日限定! ペンギンショーのステージにて新人アイドルショー開催!』? 興味深いわね……
足早に歩み寄ると、それは水族館で行われるショーを宣伝するポスターだった。
ショーの開始時刻まで、およそ一時間。ショーを見て、よさそうだったらアイドルの子に声をかける時間はあるわね
鞄から手帳を取り出す。
街の散策に充てていた部分を、新人アイドルショー見学と書き換えていると、
だーかーらー! 私は怪しい者じゃなくて、パンケーキの配達にきたんですってば!
という大きな声が聞こえてきた。
何事かと目を向ける。
スタッフオンリーと書かれた扉の前。
そこで、エプロン姿の少女が警備員に止められていた。
はいはい。とりあえず、こっちで話を聞かせてもらえるかな
もう何回もきてるじゃないですか! いつになったら、顔を覚えてくれるんですかー!
少女は、遠目にも愛らしい顔立ちをしているのが見て取れる。
だが、如何せん影が薄いようだ。
アイドルには向かないタイプだろう。
そう判断した私は、それ以上気に留めることなく、チケットカウンターへ歩を進めるのだった。
入り口を抜けると、正面に大パノラマの水槽が見える。
大小さまざまな魚たちが泳ぐ美しい光景に、入場客たちは目を奪われることだろう。
しかし私の目は、その脇にあるお土産コーナーに釘づけだった。
水族館限定リッケー君と海の仲間シリーズ! まさかここで出会えるなんて……
自然と、足がお土産コーナーへと吸い寄せられていく。
ああ、やっぱり日本にいない間に新作が出ていたのね! イルカリッケーとペンギンリッケーのどちらがいいかしら? いや、ここは両方という手も……
久しぶりに見るリッケー君の新作グッズにテンションが上がり、つい商品選びに夢中になってしまっていたが、
ペンギンショーやりまーす!
という明るい声に、我に返った。
振り向くと、『ペンギンショーやります』と書かれたプラカードを持つ少女の後ろを、ペンギンたちがついて歩いていた。
少女は高校生くらいに見えるが、アルバイトの子だろうか。
ペンギンショーの関係者ならば、出演予定のアイドルのことも知っているかもしれない。
そう考えた私は、少女に声をかけた。
ねえ、そこのあなた
はい? 私ですか?
少女が足を止めて振り返ると、なぜかペンギンたちも一斉に私の方へ目を向けた。
その勢いに思わず怯みつつも、なんとか口を開く。
う……その、表でアイドルショーのポスターを見てきたのだけれど、どんなアイドルが登場するのかしら?
あ、お客さんですか? それ、私が出演するんですよー!
……あなたが、出演者?
はい! 私、竜胆あんなっていいます!
慣れた様子で敬礼してみせる少女――あんなは、言われてみればステージ衣装のような恰好をしている。
なぜ、アイドルであるあなたが、ペンギンを連れているの? それもショーの一環?
新人ならば、宣伝も仕事のうちということもあるのかもしれない。
今までそれなりに経歴のあるアイドルばかりを担当してきたため、そちらの事情には少々疎いところがある。
だが、付き人もなくたった一人なこと。
ぱっと見、ペンギンショーの告知しかしていないことが気にかかった。
それが、人手不足とかでスタッフさんに頼まれちゃいまして。一応ペンギンショーとちょっとコラボさせてもらう予定なので、断るのも悪いなあって……。入り時間が早かったので、暇してましたし
へらりと笑うあんなを見て、苛立ちが湧き上がってくる。
仕事に無関係な雑用を押しつけられているという自覚がないのだろうか。
それは、自分の価値を下げることに繋がりかねないというのに。
あのお嬢様は我が儘ではあったが、アイドルとしての矜持はしっかりと持っていた。
新人と比べるものではないとはわかっている。
わかってはいるが、我慢ならなかった。
あなた、アイドルとしてのプライドはないの!?
ひえっ!
新人だからって、いえ、新人だからこそ仕事はちゃんと選ばないとダメ! ましてや、仕事と関係のない雑用を引き受けるなんて、とんでもない! 自分を高め、実力を見せつけていかないと、今の時代、生き残っていけないわよ! それに出演前のアイドルがひとりでうろうろするなんて――
ひ、ひとりじゃないですよぉ。ほら、ペンギンたち、私に懐いてくれてて、可愛いんです。ほら
私の言葉を遮るように言い訳を口にしながら、しゃがみ込んでペンギンたちを撫でるあんなの姿に、ますます怒りが募る。
しかし、あんなはどう見ても子供だ。
ここは私が大人として、冷静に対処するべきだろう。
大きく息を吐いて、気持ちを落ち着ける。
マネージャーはどうしたの?
えっと、今はいないんです。私、またアイドルに……あああ、じゃなくて! アイドルをはじめたの、つい最近で……
マネージャーがいないから、そうやって無関係な仕事まで頼まれてしまうのよ。特にあなたはまだ若いんだから、マネージャーにきちんと管理してもらわないとダメでしょう
でも……
言い淀み、顔を俯かせてしまったあんなを慰めるように、ペンギンたちが小さな鳴き声を上げる。
はあ……仕方ないわね……
堪堪えきれないため息を漏らしつつ、腕時計に目を走らせた。
もともとショーを見るつもりだったので、時間には余裕がある。
予定に支障はない。
あなたに言っても埒が明かないわ。ショーのスタッフはいるんでしょう? そこへ連れていってちょうだい
え、ええー、そこまでしなくても……
こういったことを放置しておくとアイドル業界のためにならないわ。後顧の憂いを絶つためにも、ケジメをつけないといけない問題よ。ほら、早く行きましょう
うぅ……こっちです……
あんなは力なく立ち上がり、ペンギンを連れて歩きだす。
私はそのうしろを、少し離れてついていった。
案内されてやってきたのは、イルカプールの脇にあるスタッフルームだった。
入ってすぐのところに衝立が立っていて、ドアの前からでは奥がよく見えないようになっている。
スタッフさんに声をかけてくるので、ここでちょっと待っててください
わかったわ
奥へ行こうとするあんなの後を、ペンギンたちは拙い足取りでついていく。
どうやら、相当懐いているらしい。
あわわ、ここは人用のお部屋で段差とかあるから気をつけてね
あんなはそんなペンギンたちを放っておけないようだ。
度々足を止めては甲斐甲斐しく世話を焼いている。
その様を見て、しっかり監督してあげる人がついていないとダメなタイプの子だと確信した。
定説に則り、計画を組み、道筋を外れることなくこなしていけばうまくいくはずなのに、それができない人は多い。
私は、物心ついたときにはすでに予定を立てるという癖がついていた。
お遊戯会の練習や夏休みの宿題から就職活動まで。
すべてしっかり計画を練り、その通りにこなしてきたという自負がある。
人それぞれにやり方があるのは理解している。
だが、時間は有限なのだから、有効活用するに越したことはないはずだ。
そういえば、あの子の情報は届いた資料の中にはなかった。
私は改めて確認しようと鞄から資料を取り出す。
そのとき、奥の方からあんなの驚いたような声が聞こえてきた。
ええっ! 大丈夫なんですか!?
!?
とっさに衝立の奥へ向かう。
そこには、スタッフらしき人物と話しているあんなの姿があった。
二人とも困り果てた様子で顔を見合わせている。
何事?
あ、お姉さん。実は、ペンギンショーをやるはずだったトレーナーさんが急病で搬送されちゃったらしくて……
なるほど。それは心配ね
人手不足と言っていたが、もともと体調が優れなかったのかもしれない。
代わりの人は?
それがねぇ、ペンギンというのは本来ショーには向かない生き物なの。だから、ショーができるトレーナーは限られていて、今日はその人しかいなかったのよ
そんな……じゃあ、ペンギンショーは開催できないってこと?
うぅぅ……ペンギンショーだけじゃないです……
頭を抱えているあんなを慰めるように、足元でペンギンが小さく鳴き声を上げる。
それは、どういうこと?
このままだと、コラボ予定だったアイドルショーも中止になっちゃうかもしれないんですっ!
~ つづく ~