走って!!

私は、走り出す。

小森さんとくるみちゃんがその後ろを着いて、階段を駆け上がる。



その時私の脳裏に、ふいに何かがよぎった。

ねぇ、ナナちゃん

ああ、そうだ思い出した。

あれは、カスミと最後に会った日……。

ねぇ、ナナちゃん……

なあに?

当時、私はお父さんの仕事の都合で転校が多く友達はなかなか出来なかった。

ナナちやんは学校のお友達と遊ばなくて平気?

いつも、カスミとばかり遊んでいるけど……

たまたま、家の側の公園で仲良くなったカスミ。

彼女もまた、気が弱くて学校に仲の良い友達がいなかった。

いいのいいの!
わたしは、カスミと遊んでいるのが一番楽しいんだから!

うん……

運動が好きで男の子みたいだった私と、本が大好きで女の子らしいカスミ。

対照的だったけど、だからこそきっとお互いにどこか魅かれあっていたのかもしれない……。

あ、あのね、カスミ……

その日──

私は、カスミに大切な事を話さなければならなかったお父さんの仕事の都合で、また引っ越す事になったのだ。

その事をずっと言えずにいた……。

夕焼け小焼けで日が暮れて~♪

やまのお寺の鐘が鳴る~……

もう5時だ……

いつもアノ『夕焼けこやけ』が流れると、カスミはひどく悲しそうな顔をするから……。


お別れを言う事がうしろめたかった私は、引っ越す前日になってもまだカスミにそれを告げる事が出来ずにいたのだ。

ナナちゃん、明日もまたカスミと遊んでくれる?

えっ……?

明日……。

明日は引っ越しの日。

お別れを言わなきゃいけない。


カスミに言わないといけない。


もう、遊べないって……言わないと……。

う、うん。

いいよ……

ありがとう!
ナナちゃん!

あっ! お父さん!

カスミ、迎えに来たよ~

ねぇ、お父さん
カスミとナナちゃんの写真撮って!

カスミのお父さんの趣味はカメラで、よく公園でカスミの写真を撮っていた。

あの日も、持っていたカメラで私とカスミの写真を撮ってくれたっけ……。

さぁ、二人とも笑って~

ナナちゃん……

かすみ、この写真……ずっとずっと大事にするね……

うん……

ナナちゃんとカスミはずっと……
友達だよね……

うん、ずっと……

ありがとう

結局、私は言えなかった。

もちろん、その日の朝に引っ越した私は、カスミに会う事は二度となかった。



私は、全て忘れていたんだ──







ううん、違う!


カスミにお別れを言えなかった事、約束を破り友達だと言ったカスミに会えなかった事、全て、その全ての罪をカスミを忘れる事で私は……


心の中にしまいこんだんだ。

カスミ……

アナタ、一体何を考えてるの?

ここで死ぬのは、私とアナタ……

いいえ藤堂 カスミよ!

振り向くと、白木さん、ううん、カスミが
アノ機械の部屋へと向かっていく。


カスミは機械のあらゆる箇所を操作しだした。

ヤメテ! なにするの!?
私を……殺す気?

最初から死んでるわ、私もアナタも……

藤堂 カスミはもういないのよ……

出来るワケないわ、アンタなんかに!

父さんの横にずっといたのよ?

アナタの構造だって理解していたつもり

ヤメて! 


……ヤメロ! ヤメロ────!!

ケーブルがまるで生き物のように蠢き、カスミの体を一瞬で貫いた。

いっ……いっ、いやぁぁぁぁぁっ!!

うっ……

私は無我夢中で階段を駆け降り、ゆっくりと倒れていくカスミの方へと急いで駆け寄った。

カスミっ!!

私は必死に叫んだ。

カスミのお腹から大量の血が溢れている。

倒れているカスミを抱き起こし名前を呼んだ。

カスミ! しっかりして!!

……どうし……て……逃げなきゃ…………ダメよ……

微かに開いたカスミの瞼から、綺麗な瞳が私を見つめる。

だって、私……思い出したの!

ゴメンね、アノ時言えなかったんだ、お別れちゃんと言えなかったんだ……

カスミを悲しませるって、カスミに嫌われたくなくて……言えなかったんだよ……

……私を……カスミだって……言ってくれたのは……ナナだけだよ?

カスミ…………

カスミは、私の肩を支えにゆっくりと立ち上がる。

カスミ……?

震える足で目の前の装置まで行くと、中央のスイッチをカスミは押した。

そんなっ…………!!

──と

同時にホログラムのカスミが消え、機械はフリーズしてしまった。

データを消去したわ……

消えた……の……?

ええっ…………

でも、けたたましいブザー音はまだ鳴り響いている。
自爆装置のタイマーも止まらない。


私は今にも倒れそうなカスミに駆け寄った。

カスミは私の体に寄りかかるようにしてふらふらしながらも扉の方へと向かう。



そして──
私の体を勢いよく後ろへ押した。

カスミ!?

私の体は後方へと押し出され、その眼前で鈍色の扉が閉じていく。

ナナ……私、知ってたの……アナタが遠くへ行っしまう事……お父さんから聞いて……

えっ!?

私の本当の友達は……アナタだけだった……

ありがとう……私を覚えていてくれて……

カスミ……

でも、もう忘れて……

扉が閉じていく、そのほんの僅かな間からカスミの表情が見えた。



彼女は、微笑んでいた──

島崎さん!?
早く逃げないと!!

小森さんが扉の前でへたりこむ私の腕を引いた。
引き返してきてくれたみたいだ。


でも、今はカスミをなんとか助けないと!

カスミが!
カスミがこの中に……

その時──


扉の中で爆発音が聞こえた。

カスミ!? カスミ!?

…………もう、時間がない

辺りを見回すと、タイマーの装置がもうあとがないと5分を切りはじめていた。

行こう!!

……そんな、カスミ!!

引きずられるように私は、二階の階段を昇った。

おねえちゃんたち!

ここのドア開いてるよ!!

佐川さんたちの倒れていた部屋、暖炉の横の小さな扉が開いている。


私たちは身を屈め、そこをくぐり抜けた。


しばらく狭い通路を通っていくと、広い通路に出ることが出来た。
出口を探していると奥に階段らしいものを見つける。


そこを昇り、重い扉を開くと私たちは大きな屋敷の前に出ることが出来た。

あの部屋は地下にあったんだ……

私たちが地上に出たとほぼ同時に地響きがした。

カスミ………

その振動は、カスミがあの部屋と共に消え去ったことを示していた。

あ、あれ……!!
見て!!

くるみちゃんの指さす先に視線を向けると、屋敷の中が燃えていた。


地下の爆発の影響なのか、炎の勢いはドンドン増していく。


何もかも、この炎が消し去ってしまうのだろう。

………………

私は、ポケットの中に押し込んでいた白い封筒の事を思い出す。

グシャグシャに丸められた封筒、その封を破り中を見ると──

折り畳まれた紙と、もう一枚……写真?


ああ、そうだ……

これは、あの日。
カスミと最後に会った日。
カスミのお父さんが撮ってくれた写真だ。

ほら、二人とも笑って~?

ナナちゃん……

なに?

私ね、ナナちゃんの事ずーっと友達だと思ってるから!

うん……

ナナちゃんもカスミの事絶対忘れないで

ずっと友達だと思っていてね……

う、うん……

私はうそつきだった。
ゴメンネ、カスミ──

白い紙に書かれていた、私の罪の名は……


忘却

忘れない、私は絶対に忘れない。

カスミの事そして、この悲惨なゲームの事……

島崎 ナナ
私の罪は忘却。




私はこれから、この罪を背負いながら生きていく。

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