第二話 あらためて
おはようございます。
第二話 あらためて
おはようございます。
午後8時、俺は棺桶の前に戻ってきた。
俺だって25だ。
衝撃の2時から運命の8時までの間、ただオロオロしていたわけではない。
棺桶の中のアイツが何者なのか、
どうしてここにいるのか、
確かな理論と深い洞察のもとに推理し、
とりあえず弁護士の種村さんに電話をかけたのだ。
あーそうですか。
見ましたか。
さっそくですか。
なるほどですね
普通に生きていたら弁護士なんて種族にお目にかかる機会は無く、
俺も種村さんがマイファースト弁護士だったので、
こんなもんかと思ってはいたのだが
吸血鬼ってねえ、うけますよねえ
この人、大丈夫かな。
見ました?
十字架つきの棺桶に黒いマントってねえ。
ベタすぎますよねえ
種村さんがあまりに軽く、怯えている自分がばかばかしくなってくる。
やはりこれは誰かの悪ふざけなのだ。
俺もだんだん落ち着いてきて、このいたずらを寛大に受け止められる気持ちになってきた。
つかあれっすよね、
新種のドッキリするならもうちょっとね、
ヒネリがほしいっつか、
ハロウィンの衣装で勝負するなっつうかね(笑)
あー今年のハロウィン盛り上がりましたよね。
日本人もすっかりハロウィン好きになっちゃってねえ。
ですよねー
でもあれガチの吸血鬼ですから。
…………
ガ……
少々お待ちください。
ガチの吸血鬼ですかあ……
なんでも、
おばあ様が少女の頃に知り合って以来のつきあいだそうでしてね。
名前はジル・ド・バードリ。
ハンガリー人です。
大正からずっと日本在住なんで、
日本語通ペラペラですから。
心配しなくても大丈夫ですよ。
あのう
なんでしょ
すみません、
俺1年くらい家とコンビニの往復しかしてなかったんでわかんないんですけど、
吸血鬼がこの世に存在するって普通のことでしたっけ?
くされニートが億越えの遺産相続することより
まあ普通じゃないすかね。
さりげなく顧問弁護士にディスられたが、俺の精神は今そこに反応できうる状態ではない。
まあこれで分かったでしょ。
彼がいるからこそ
あなたが月光館の相続人に選ばれたわけです。
ま、詳しくはジル本人に聞いてください。
何時でしたっけ?
え?
彼が起きると言ったのは
8時だと…
夜か……彼らの時間だ。
彼らの時間……?
普さん。
昼間とは違います、注意をしてください。
一応やつも吸血鬼なんで、
起きてすぐは空腹で何するかわかりませんよ
会話にいまいちついていけてなかった俺は、はたと『吸血鬼』という言葉の本来の意味を思い出して戦慄した。
血ぃ、吸われるんすか、俺!?
そうならないように、ちょっと買い出し行っておいてもらえますかね
で、今まさに棺の扉が開かれんとしている午後8時。
俺は、コンビニ袋と雑誌、そして十字架とにんにくを抱えて待機している。
十字架とニンニクは種村さんから指示されたものではない。
俺なりの防御策だ。
ギ、ギ、ギ……と軋むような音をさせて、棺はすこしづつ開き始めた。
それは、昼間のあのあっけらかんとしたムードではなく、
夜の暗闇と、月光館の荘厳な雰囲気ともあいまって、
いかにも吸血鬼の登場らしいものだった。
今さらと言われるかもしれないけど、俺はごくりと喉を鳴らした。
親戚のおっちゃんが昼寝から起きるのを待つような気持ちでいたけど、
そんなんじゃない。
棺桶から、鋭い爪の伸びた手がぬるりと出てきて、それが少しづつふたをずらしていく。
俺は知らず知らずのうちに、十字架をぎゅっと握りしめ……
吸血鬼は暗闇にすっと立ち上がった。
改めて、おはよう、人の子よ。
おおおおおおおはよう、ございます
床に尻もちをついたまま、俺はガタガタと震えて返事した。
お前が、夜子(やこ)の子なのか
夜子。バーサンはたしかそんな名前だった。俺はカクカクカクと壊れた人形みたいに頷いた。
ま、孫です。しぶさわあまね25歳です
目と鼻筋が夜子に似ている。
どれ、よく顔を見せてみろ
おもむろに吸血鬼に顎をつままれ、
くいと横を向かされた。
ちょうど、首筋をさらけだすような恰好だ。
俺は緊張と恐怖がピークに達して、
思わず声を裏返らせた。
うぁぁぁぁぁぁぁああの、
あのあの、
これこれこれこれさしあげっ!
叫びながら、俺は吸血鬼にコンビニ袋を押し付けた。
うん?
いいいいい一日に必要な鉄分を完全補給し翌朝パッチリです!
種村さんが目覚めにはぜひこれを飲んでいただけと!
ほお……ドリンクとな
吸血鬼は俺とコンビニ袋を見比べると、
興味深げな顔をしてそれを受け取った。
彼が中を改めている間に、
俺は虫のように両手足で後ずさりをし、
距離を取る。
コンビニ袋の中には、鉄分補給ドリンク
「アイアンパワー」
と、鉄分補給グミ
「もっちり鉄」
そして、
エログラビア誌が入っている。
すばらしい。
目覚めの宴としては上々である。
アマネよ、褒めてつかわす
ははあ!
思わず俺は時代劇のようにその場にひれ伏した。
何故なのかは全くわからんが、
種村弁護士は吸血鬼の扱い方を心得ているようだ。
…………
…………
…………
…………?
そのまま、俺たちはなんとなく見つめ合った。
いや、食事するから出てくんない?
ははぁッッ!!
俺は手近なところにあったテッシュを
吸血鬼にうやうやしくささげると、
そのまま平服して奥の間から脱出した。
これが、俺が遺産相続した吸血鬼
ジル・ド・バードリとの、第一日目だった。